いや、正確には、何度か見かけていたのかもしれない。
だが、顔が分かる程の距離ではなかったし、言葉も交わしていないので、
見かけた本人かどうかは分からない。
その方は、少し離れた所の畑を使っている方だった。
いつも二人かそれ以上の人数で来ていて、
一人で来ているのは見ていなかったような気がしていた。
珍しくお一人でみえていた。
畑で一体ナンと言って声をかけてくるのだと夫が不思議そうにしている。
夫は、本宅近くの畑で何か頼まれた用をする事はあっても、
見知らぬ人から声をかけられるという事はまず無いのだろう。
畑で声をかけてくる、と言ったら、
「何を作っているんですか?」 これに尽きる。
いつもスーパーで見かけています、というのはあり得ないのだ。
男性は、いつもよりも近い所に居たので、
私からおはようございますと挨拶を申し上げたら近付いてきた。
そして、「何を作っているのか」というような事を言いながら
どんどん私の畑に入ってきたのだ。

その辺りの畑を作っているのは、群馬から来ている人なのだと
私が畑をお借りしているご主人から聞いて知っていた。
その男性は、山の向こうでキャベツを作っているのだ、と
自己紹介をなさった。
何を作っているのか、と仰った言葉が、
この辺りの言葉とは少し違った。
この辺りの方だったら「何作ってるダ」という言い方になる。
私は丁度ニンジンの畝の前に居て、
その方は「あぁ、ニンジンか」と合点が行ったようだった。
私が家に何匹も居るキアゲハの幼虫に食べさせる為のニンジンの葉を
どの辺りから採取しようと思案していた、とは想像できないだろう。
コレは、もっと肥料をやらないとダメだよ、とのっけから言われた。
鶏糞なら安いから鶏糞をやるとイイのだと仰る。
私は曖昧に笑いながら、自分は肥料はやらないのだ、と答えた。
これが相手が畑をお借りしているご主人だったらこんな風には答えない。
ご主人は慣行農業を推奨していらっしゃるので、
私にも窒素燐酸カリの化学肥料をいつも薦めてくるのだ。
窒素燐酸カリの割合がこういうのがどこそこで売っているから、と
丁寧に教えて頂いた事があった。
そうですか、なるほど、というように相槌を打つだけで、
私はそういったお話には自分の意見を返さないようにしている。
だが、この男性相手に、自分の意見を返してみようと思った。
少しやり取りすると、この男性は何か気付いたようだった。
農薬も使わないけれど肥料もやらない、という私の畑は、
そういえば結構雑草も生えているし、
このヒトは変わっているのだと理解したようだった。
かなり長い事話し込んで、最後はプチヴェールのアブラムシまで見に行った。
よっぽど何かしようと思ったのだが、
やっと思いとどまっていたプチヴェールのアブラムシだった。
木酢液を薄めてかけてしまおうかとちょっと思ったのだ。
4つ植えたプチヴェールのウチの1つがものすごく集られていた。
男性は、一応「よく効いて安全性もかなり高い消毒液もあるよ」と言っていた。
だが、私は腹を括って天道虫にお願いする事に決めたのだ。

男性は消毒消毒言わなかった。
消毒は効くけれど、益虫もやっつけちゃうからね、とだけ言った。
私がマゴマゴしないで自分のやり方を通しているのが分かったようだ。
その男性は最後に「もうすぐ寒くなって虫はみんな死ぬから」と言って
いた。
その通りで、あれから何日か経つが既に青虫の数が激減している。
もうすぐ青虫が凍り付いてヘンな色になって死ぬ季節になるのだ。
立場という枠の縛りが無い方を相手にして、
自分の意見をはっきりと返す事ができた。
あれから畑のあちこちで七星の天道虫を見つけると、
そうっと掬い取って一番やられているプチヴェールまで運んで行く。
天道虫はゴム手袋に掬い上げられて戸惑うのだが、
ぽとんと落とされたプチヴェールの頂で自分がご飯の真っ只中に居る事に気付く。
本当にすぐにアブラムシを食べ始めるのだ。
少し迷っていた自分であったけれど、
今回の事でまた一つ強い自分になれたと感じた。

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