2009年07月09日

キュウリが実を滅ぼす、実から出るサビ

首都圏の方とお話をしていると
「キュウリとか、収獲しているんでしょ?」とよく言われる。

夏の畑、というと、どうやら皆さん、キュウリ、を連想するらしい。

だが、残念ながら、私はキュウリは植えていない。

キュウリって、ほら、設備が要るんですよ、と答えると、
あぁ棒立てたりしなきゃならないんだよね、と納得してくれる。

だが、実は、棒はトマトの為に夫の本宅から借りているのだ。

余り大きな声では言えないが、
私はそれ程キュウリが好きではないから植えないのだ。

植えなくても、キュウリは夏になると必ず頂く事になる、というのが
農振地域での常識、というか、生活の知恵であるかもしれない。


なにしろ、キュウリ責め、というか、キュウリ地獄、というか、
苦しいくらいキュウリを頂く事になる。

キュウリを下さるのは、畑を貸して下さっているご夫婦だ。

奥様は、漬物普及委員会、長野県東信支部、支部長であるので、
勿論キュウリは漬物にもされているに決まっている。

そして、何十年も農業をされてきたので、
幾つくらいキュウリの苗を植えるとどの位の収量になるかの予測もできている筈だ。

それにも拘らず、家族では消費できない程の量のキュウリを作ってしまう。

そして、有り余るキュウリの行き先を思案する事になるのだ。


キュウリの行き先のターゲットは幾つかあるようだが、
本日は普段のターゲットに行き渡る以上の収獲があったようだ。

夕方、滅多に鳴らないウチの電話が鳴った。

奥様が「ひつじさん、ウリ、デキてるダ?いるダか?」と仰る。

あ、私、キュウリは作ってないですよ、いつもありがとうございます。

頂きにお伺いした。


キュウリターゲットに、まだあるからイイ、と言われてしまったのだろうか?

下さったキュウリは、13本もあった。


09-07-09_2153.jpg


今日とったのだから、ウマいダよ、
ウチの冷蔵庫には、まだ昨日のがあるダ、と仰る。

どうしてなのだろうか?

どうして、そんなに沢山作ってしまうのだろうか?

聞くワケにもいかないので、
お礼だけ申し上げて、帰ってきた。


昨年の8月の13日と18日に、地産地消のデッドヒートと、
そのヒートアップについて書いている。

冷蔵庫がキュウリとナスでいっぱいになった光景を思い出す。


キュウリが実から出たサビでその実を滅ぼす、という事を知ったのは、
長野に来て夏のキュウリ責めを体験してからだ。

東京では、キュウリは一本から売っていた。

余りキュウリが好きではない私は、余程気が向いた時に一本買う程度で、
キュウリで頭を悩ました経験は無かった。


長野で季節の始まりに初めてキュウリを頂いた時は、
デキたては、花ガラがまだくっついているのだ、と感心した。

だが、程なくして、キュウリ責め、キュウリ地獄、を体験する事になった。


そして、私は、経験から学んだ。

キュウリが実を滅ぼすのは、その実から出たサビ、からなのだ。


キュウリの実から出たサビ。

それは、その花ガラなのだ。


花ガラは、くっついたままで冷蔵庫に仕舞うと、
じきにぐにゃりと傷んでキュウリ本体に張り付き、カビが生えてくるのだ。

そして、本体が傷んでぐにゃりとしてきて、
そう遠くないうちに、どろり、として、びとびとしてくる。

こうなると、もう、隣のキュウリも、どろり、びとびと、だ。

ビニール袋の中で、何本もいっぺんに、どろり、びとびと、にしてしまった。

いくら、コンポストがあって、生ゴミリサイクルされる、としても、
びとびとなキュウリは、コンポストの中がどろりと水っぽくなる原因であるので、
好ましい事では決して無いのだ。

そういった事態を避ける為に重要なのは、
頂いたら、すぐにでも、全ての花ガラを撤去する、という事だ。

新鮮ナンだなぁ、と感心するのは、3秒だけでイイ。

ぽろっと取れても、まだ結構しっかりとくっついていても、
とにかく、全ての花ガラを撤去するのだ。


小鉢にとった二本は、お味噌を付けて美味しく頂いた。

初物のキュウリを頂いて、
キュウリ取り扱い最重要項目について再確認した日であった。

posted by ひつじ at 23:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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