2009年07月09日

キュウリが実を滅ぼす、実から出るサビ

首都圏の方とお話をしていると
「キュウリとか、収獲しているんでしょ?」とよく言われる。

夏の畑、というと、どうやら皆さん、キュウリ、を連想するらしい。

だが、残念ながら、私はキュウリは植えていない。

キュウリって、ほら、設備が要るんですよ、と答えると、
あぁ棒立てたりしなきゃならないんだよね、と納得してくれる。

だが、実は、棒はトマトの為に夫の本宅から借りているのだ。

余り大きな声では言えないが、
私はそれ程キュウリが好きではないから植えないのだ。

植えなくても、キュウリは夏になると必ず頂く事になる、というのが
農振地域での常識、というか、生活の知恵であるかもしれない。


なにしろ、キュウリ責め、というか、キュウリ地獄、というか、
苦しいくらいキュウリを頂く事になる。

キュウリを下さるのは、畑を貸して下さっているご夫婦だ。

奥様は、漬物普及委員会、長野県東信支部、支部長であるので、
勿論キュウリは漬物にもされているに決まっている。

そして、何十年も農業をされてきたので、
幾つくらいキュウリの苗を植えるとどの位の収量になるかの予測もできている筈だ。

それにも拘らず、家族では消費できない程の量のキュウリを作ってしまう。

そして、有り余るキュウリの行き先を思案する事になるのだ。


キュウリの行き先のターゲットは幾つかあるようだが、
本日は普段のターゲットに行き渡る以上の収獲があったようだ。

夕方、滅多に鳴らないウチの電話が鳴った。

奥様が「ひつじさん、ウリ、デキてるダ?いるダか?」と仰る。

あ、私、キュウリは作ってないですよ、いつもありがとうございます。

頂きにお伺いした。


キュウリターゲットに、まだあるからイイ、と言われてしまったのだろうか?

下さったキュウリは、13本もあった。


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今日とったのだから、ウマいダよ、
ウチの冷蔵庫には、まだ昨日のがあるダ、と仰る。

どうしてなのだろうか?

どうして、そんなに沢山作ってしまうのだろうか?

聞くワケにもいかないので、
お礼だけ申し上げて、帰ってきた。


昨年の8月の13日と18日に、地産地消のデッドヒートと、
そのヒートアップについて書いている。

冷蔵庫がキュウリとナスでいっぱいになった光景を思い出す。


キュウリが実から出たサビでその実を滅ぼす、という事を知ったのは、
長野に来て夏のキュウリ責めを体験してからだ。

東京では、キュウリは一本から売っていた。

余りキュウリが好きではない私は、余程気が向いた時に一本買う程度で、
キュウリで頭を悩ました経験は無かった。


長野で季節の始まりに初めてキュウリを頂いた時は、
デキたては、花ガラがまだくっついているのだ、と感心した。

だが、程なくして、キュウリ責め、キュウリ地獄、を体験する事になった。


そして、私は、経験から学んだ。

キュウリが実を滅ぼすのは、その実から出たサビ、からなのだ。


キュウリの実から出たサビ。

それは、その花ガラなのだ。


花ガラは、くっついたままで冷蔵庫に仕舞うと、
じきにぐにゃりと傷んでキュウリ本体に張り付き、カビが生えてくるのだ。

そして、本体が傷んでぐにゃりとしてきて、
そう遠くないうちに、どろり、として、びとびとしてくる。

こうなると、もう、隣のキュウリも、どろり、びとびと、だ。

ビニール袋の中で、何本もいっぺんに、どろり、びとびと、にしてしまった。

いくら、コンポストがあって、生ゴミリサイクルされる、としても、
びとびとなキュウリは、コンポストの中がどろりと水っぽくなる原因であるので、
好ましい事では決して無いのだ。

そういった事態を避ける為に重要なのは、
頂いたら、すぐにでも、全ての花ガラを撤去する、という事だ。

新鮮ナンだなぁ、と感心するのは、3秒だけでイイ。

ぽろっと取れても、まだ結構しっかりとくっついていても、
とにかく、全ての花ガラを撤去するのだ。


小鉢にとった二本は、お味噌を付けて美味しく頂いた。

初物のキュウリを頂いて、
キュウリ取り扱い最重要項目について再確認した日であった。

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2009年07月04日

ローズマリーの沈黙、シソの困惑

ローズマリーの沈黙は、頑ななほどであった。

全く、うん、とも、すん、とも、言わない。

ローズマリーについては、残念だが、諦める事にした。


シソは、はっきり言って、大変困惑していた。

全く持って、私の所為である。


そもそもの原因は、種蒔きの時にあった。

なぜだか、いっぺんに全ての種を蒔こうとした。

たまたま夫が一緒に畑に行った。

そして、南側半分は私が種を蒔き、北側半分は夫が種を蒔く、
という事になったのだった。


私が畝に筋目を付けて、慎重に少し間を置いて筋蒔きにしている間に、
夫はばら蒔きとみっちりと混んだ筋蒔きをしていた。

夫は間引き作業をした事が無いので、
筋蒔きといったら、それこそ蟻の行列のようにみっちりと混んだ筋蒔きをするのだ。

そして、その作業が終わった後で、
どこに何を蒔いたか忘れた、と言った。

ヒキつっている私に向かって、
芽が出れば何を蒔いたか分かるよ、と平気な顔で自己フォローしていた。


何をどこに蒔いたか分からない、という所為から、
私がミスをする事になった。

この畝にジャガイモの種芋を植えた筈だ、と思い、
狭かった通路の土を削った分を、畝の上に盛った。

程なく、隣の畝からジャガイモの芽が出てきて、
土を盛った畝は、ニンジンを植えた畝であった事が分かった。

コレは大変痛いミスだった。

ニンジンは湿度も必要だけれど、好日性なので種は浅く蒔くように、と
どこを見ても書いてある。

それなのに、ジャガイモだと思い込んで、畝の上に土を盛ってしまった。

盛っただけではなく、後から畝の形を整えたりしてイジクってしまった。

ニンジンには、本当に悪い事をしてしまった。

ニンジンの畝であると発覚してからは、一生懸命潅水したので直に芽は出てきたが、
夫のみっちりとした筋蒔きの所為で、本当に混み合っていた。

仕方なくダメモトで双葉の次位の芽を掘り返してバラして植え直した。


こういう経緯で、ニンジンにばかり潅水していた。

その所為で、他の種が水不足であったようだと気付いたのは、
かなり後になってからであった。

大根は、他のどの種よりも早く発芽したし、
コリアンダーもかなり早く発芽し、すぐにあの匂いをさせていた。

レタスもサラダゴボウも順調に成長した。


夫がばら蒔き植えをして、発芽しないのは、ローズマリーだった。

大根の隣の畝が、何時まで経っても雑草とマリーゴールドの芽しか出てこなかった。

大根の第一弾は、全て東京に持って行き、
大根第二弾をローズマリーを諦めた畝に植えて、既にこんもりと繁っている。


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現在大根第二弾のサイズは、三色ボールペン位の太さだ。

やはり雨で潤った成長は第一弾よりも早く、しかも若葉はとても柔らかい。


私の予想を超えて発芽が遅かったのは、バジルとシソだ。

バジルの畝については、まだのんびりと構えていたのだが、
シソの畝については、少し違った。

シソの隣はレタスの畝が二畝あった。


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レタスを二列植えた間にトマトを植えた畝と、
鷹の爪とコリアンダーとセージを植えた畝の間に、
シソを植えた筈の畝があった。

だが、何時まで経っても発芽しない。

イイや、レタスの第二弾をこの畝に植えよう。

レタス第二弾も、大根第二弾程ではないが、順調な成長を見せていた。


だが、ここで予想外の事が起きた。

シソの発芽が始まったのだ。

眠りから覚めたシソの成長は驚くほどの早さであった。


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あっという間にレタスの小さな苗を覆い始めた。

困った事になった、と思ったのは、私だ。

シソにしてみれば、逆であろう。

素敵な雨降りが続いて、ようやく地上にその芽を伸ばしてみたら、
そこにはレタスが筋になって揺れていたのだから。

シソの困惑は想像に難くない。

雨降りは具合がイイけれど、レタスと競争しなければ太陽の恩恵を受けられないのだ。

結果的に、レタスにもシソにも迷惑をかけてしまった。


反省して、明日からレタスもシソも適度に間引きして、
共存できるラインを模索しようと思っている。


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2009年06月30日

クミン種子島より来り、大根東京へと出発

コリアンダーを植えてみた。

発芽率は大変高く、しかも立派に成長している。

カレーに大量に使用するコリアンダーを、
自分の畑で収穫できるなんて、とても楽しみだ。


コリアンダー、と来たら、次に思い浮かんだのが、クミン、である。


カレー作りの、いろは、の、い、である。

オリーブオイルを熱して、クミンシードを投入してぱちぱち言わせるのだ。

カレーは、そこから始まるのだ。


クミンの種、で検索してみて、何かを見ていたら、
クミンの種、を販売しているサイトを見つけた。


クミンシード、と言ったら、クミンの種、の事なのだから、
クミンシード、を植えてもイイかな、とも思った。

だが、ジャガイモは種芋を植えるように、
クミンも取り寄せたクミンの種を植えてみる事にした。


ルッコラもトウが立ち、あと僅かなので、ルッコラも一緒に発注した。

発注したのが金曜日で、週末を挟んでしまい、振込みが月曜日になった。

火曜日の13時過ぎに発送した、というメールが来ていた。

だが、待てど暮らせど、種は届かない。

鹿児島県、って書いてあったよなぁ。

よく見てみたら、それは、種子島、であった。

クミンの種とルッコラの種は、土曜日にようやく長野県に到着した。


週末は、友人のノリオさん(仮名)が東京から来ていた。

コリアンダーが繁っているから、いくらでもあげる、とソソノカしたのだ。

だが、実際に畑に行ってコリアンダーを収穫してもらっても、
ちっとも減ったようには見えなかった。

ノリオさんの希望があったので、
土曜日のランチはヴィラデストにお出掛けしてきた。


いつ伺っても素晴らしいお料理と心のこもった接客で、
またぜひ伺いたいと思わせて下さる素敵なお店である。


前菜は、玉葱のヴィシソワーズ。
ベーコンがちょこちょこと乗ったパイが添えられていた。


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そして、自家製ソーセージ。
これは、コース以外の一品料理で、1500円だ。

白いソーセージの方が好きかも、と言いながら、
イヤ、でも赤いソーセージはビールに合いそう、とノリオさんが言っていた。

そう言うノリオさんは、さっぱりしている順番でグラスワインを飲んでいる。


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そして、前菜のアスパラガスである。

アスパラガスのピューレに囲まれた温泉卵と、
生のアスパラガスと焼いたアスパラガスだ。

グラスの中は、雑穀のサラダのコンソメジュレがけ、だ。
雑穀の下には、エビも入っていて、色彩も食感も楽しい一品であった。


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夫もノリオさんも、写真ばかり撮っているオタクで、
テーブルの上にはカメラが置かれ、テーブルから見えるこんな景色も撮っていた。


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そして、私が注文した鶏もも肉の香草ヨーグルト・グリルだ。

付け合せのジャガイモは、赤いジャガイモではなく普通のジャガイモだった。


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そして、夫とノリオさんが注文した、信州豚のハーブローストだ。

余計な脂肪分はさっぱりと落とした感じの素晴らしいお味だった。


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デザートは、カップに入った緩いチョコレートソースと、
シャーベットとクリームチーズだった。

チョコレートソースは、味を見てから夫にあげた。
美味しかったが、夫にあげた方が幸せそうに食べられるからだ。

このクリームチーズが秀逸であった、というのが、
三人の共通した意見であった。


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夫はコーヒーを、私とノリオさんはハーブティーを飲んで、
素晴らしいお食事は終わった。


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お食事の後でお庭を拝見してから海野宿に向かった。

私の運転であるにも拘らず、
ワインを三杯飲んだノリオさんは暫くうたた寝をしていた。


海野宿では、夫とノリオさんは再びカメラオタクと化し、
「うだつ」から「ツバメ」まで、撮りまくっていた。


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日曜日は、大根の第一弾組を全て収穫し、
その跡地に、種子島からやって来たクミンとルッコラの種を植えた。

ウチでランチを食べた後で、
大根とレタスを持って、ノリオさんと一緒に東京へと出発した。


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2009年06月24日

大根との競争にルッコラも参戦

昨年度は、大根との競争に惨敗した。

畑には、大根の屍が累々と横たえられる事になってしまった。


大根は勝ったのに、なぜ屍とならねばならなかったのか?


それは、私が大根の成長に負けたから、である。


大根の種はスジ蒔きした。

同じ時に蒔いたどの種よりも発芽が早く、発芽率も高かったように思う。


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こんなに小さな芽が最初なのだ。

そしてこんな風にスジになっている。


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昨年は初めての畑であったので、
自分としては結構間引きをした積りであったが、甘かった。

ある時点で、私の消費を大根の成長が越えた。

そのうちに、アブラムシが集り、スラム大根と化し、
一体どう手を付ければ良いのか図りかねているうちに、季節が終わった。

そして、大根は累々とその屍を晒す事になった。


だが、今年はそんな事はさせない。

徹底した間引きを実行した。


大根と平行して徹底的に間引きしたのは、レタスとルッコラだ。

直に、二十日大根もそのリストに加わった。


大根は、楊枝程の太さから、鉛筆になり、小さめのニンジン程に成長した。

そして、大人っぽく、ぐぅっと首を伸ばし始めた。


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今年の私には、大根との競争に勝算があった。

思い切った間引きを実施した所為で、
この時点で、大根は40本、という数だった。

そしてそこから10本程を東京に行くのに持参する予定があった。


今年は、大胆な事をしてみる事にした。

それは、次の競争の設定である。


隣にある、何を植えたか忘れたし、何も芽が出てこない、という畝に、
次の競争の為の大根の種を蒔いた。


最初の種蒔きよりも、気温が上がっている所為だろう、
種はあっという間に発芽した。


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奥の畝から大根を抜いて東京に持参した。

そして、この連日の雨降りのおかげで、目覚しい成長を見せている。


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この第二弾の種蒔きは、丁寧に間をとって蒔いたので、
少々成長しても、余り気の毒に混み合わないようになっている。

丁寧な種蒔きが、後の競争にはとても重要なのだと分かる。

第一弾の種蒔きの時は、この辺りは夫が担当して蒔いていた。

夫は間引き等の手入れには一切手を付けないので、
平気でびっしりとスジに蒔いたりするのだ。


そうこうしている間に、意外な追い上げを見せているのはルッコラである。

ナンと、既にトウが立ち始めているのだ。

少々押され気味ではあるが、
これも、次の競争の為の種を発注した。


野菜との競争。

それは、私が畑で成長する野菜を食べ尽くす、という事なのだ。

これからの季節は競争が激化する。

来週少し東京に行く予定だが、
それ以降は、夏の間は東京へ行かずに競走に専念しようと思っている。



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2009年06月22日

人と仕事と人生について思う事 8

先週末は東京に行ってきた。

土曜日の午後にセミナーがあったのだ。

不動産投資家の方三人と、不動産の業者さん三社が、
夫々25分づつの持ち時間でお話をする、という構成であった。

縁の無いお話と思える所では、
退屈凌ぎに窓の外を飛行機が飛ぶのを見て、目を瞑らないように注意した。


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夫は、そのセミナーに行く事を決めたお目当ての方に、
しっかり質問をして、お話を伺う事ができて満足そうであった。


私も、行って良かったと思えるお話しを別の方から聞く事ができた。

その方は、Mさんと言って、アメリカに物件をお持ちでいらっしゃる、
という事だった。

いずれイギリスにも持ちたいと思っている、というお話のヘンまでは、
諸外国と日本の税制の違いやら、セミナーっぽい内容であった。

だが、同席していたどなたかが何か水を向けて、話は大きく変わった。

Mさんがされている音楽スタジオの話になったのだ。


セミナーに出掛ける前に、夫に、今回のセミナーはどんなお話なのか聞いた。

夫は、お目当ての方が居て、暫く振りにその方のお話しも聞きたいし、
質問したい事もあるのだ、と言っていた。

君の知っている、福島の佐藤さんもお話するよ、と教えてくれた。

それともう一人、Mさんという方がお話するよ。

私、その方知らないなぁ、どんな方?と聞いたら、
去年お目にかかった時に、音楽スタジオを作りたい、と仰っていた、という。

音楽スタジオ? ふぅん、そうなんだ。


Mさんは、音楽スタジオを作りたいと思っていたので、
事業として銀行から融資を引こうと思い、事業計画書を提示したけれど、
実績が無い所為で融資を受けられなかったそうだ。

そこで、スタジオの為の資金はご自分で用意する事になった。

不動産事業で儲けた分で、スタジオを作ったのだ。

Mさんが仰るには、
不動産の王道から言ったら、そういうお金は返済に充てるべきではあるが、
自分は、スタジオをやりたかったから作った。

人生何があるか分からないのだ。

明日にも死ぬかもしれないんだから、やりたい事をやろうと思った。


Mさんは事業家でいらっしゃるので、
何ヶ月赤字だったらスタジオを畳む、という事も考慮していたし、
ご自分がバンドをやっていたりした経験を生かして、色々と工夫をした、
というお話を、防音工事や内装や、多彩に渡ってお話して下さった。

バンドでドラムを担当している、との事で、
ドラムセットは、ちょっとイイ物を入れちゃったなぁと仰っていた。


税制のお話をされている時とは、全く違うお顔をされていた。

こんな関係無い話でイイですか?と言いながら、
それは嬉しそうにお話していらっしゃった。

スパンが違うだけで、賃貸業ですよ、という事に、
本当にそうだ、と思った。


沢山あるスタジオの中から、立地と設備と雰囲気などから、
あのスタジオが好きだ、と選んでもらうのだ。


村上春樹さんの「国境の南、太陽の西」という小説に、
主人公の男性が、ジャズバーを経営する事になる、という件がある。

客層や内装や料金設定を考えて、メニューやオリジナルカクテルを考える、
というような所があるのだ。


Mさんのお話を聞いた後、この主人公のジャズバーの事を思い出した。

自分の好きな、自分ならではの世界を作る、という事だ。


自分の人生の時間は、どれくらいあるのかは分からない。


いつか準備を始めよう、ではなくて、
今この瞬間から自分の為に自分に向かい始めたいと思う。


私の好きな、私ならではの世界を作る為に、
私の周りにこうして素晴らしいお話が聞こえてくる事に感謝している。




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2009年06月17日

宵越しのレタス

夫から電話がかかってきたのは、15時頃であったろうか。

今夜はナンとかの会があるから夕飯は要らないけど泊まりに行く、
という電話だった。

夫が夕飯を食べると思っていた。

困った事になった、と思った。

夫が夕飯を食べると思って、お昼前に畑から野菜を収獲してきていた。

私一人で食べるには多過ぎる量の野菜だ。


昨日も一人で食べるには多過ぎる野菜を収獲してきてしまった。

しかし、サラダとお味噌汁に入れて、頑張って全部食べた。

それは、本当に頑張って食べなければならない程の量だった。

さすがに懲りた。

今日は、夫が夕飯を食べるだろうから、昨日みたいな事にはならないぞ、
と思って、夫と二人分の適度な量を収獲した積りであった。

それなのに、夫は夕飯は要らない、と言うのだ。


とうとう、レタスに宵越しをさせる事になってしまった。



月曜日まで4日間東京に行っていて畑を見る事ができなかった。

丁度、お天気も崩れて雨になりそうだったから、
下手をしたら東御のウチに居ても、畑に行かないかもしれない、と思った。

出掛ける前に、ちょっと大胆になった積りの間引きをした。

私が居ない間に少し成長しても、隣同志が窮屈にならないようにしたのだ。

だが、東京から戻ってきて、
この4日間での予想以上の成長の著しさを認めない分けにはいかなかった。


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上の写真は二週間程前のモノだ。
下の写真は先程撮影したモノである。

思えば、最初の頃は3〜4センチの幼いレタスを間引きしてきては、
とても長い時間をかけて処理してはサラダにしていた。

余りに小さいうちは、相当数収獲しなければサラダにできなかった。


それが、すっかり成長して、それはイイ娘さんになられた、という感じだ。

大きめの株なら、一株でサラダにできる。


大切な娘さんを収獲させて頂くのだから、
やはりその日の内に頂くべきだと思っていた。

だが、今日のような事情では致し方あるまい。

娘さんも納得してくれた、と思いたい。

株の根元を切り離さないで、包んで冷蔵庫に仕舞った。


自分で畑から収獲してきたレタスに宵越しをさせるなんて、
どうも、ナンだか、とても悪い事をしている気がして、後ろめたい。

posted by ひつじ at 21:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

スルタンと踊り子とおひねり  イン赤坂

昨夜は、Aさんと、友人のナオちゃん(仮名)とお食事をしてきた。

赤坂でトルコ料理を頂いた。

今夜のスルタンはAさんだ。

その店で、ベリーダンスショーを見せて頂いた。


今回は、ナンと私が段取りをする、という事になった。

すっかり困ってしまい、別の友人に助けを求めて、
レストランを検索するサイトを教えてもらった。

サイトを見ると、様々なレストランが登録されている。

余りに沢山あるので、かえって迷ってしまって、また困ってしまった。

夫は、それを見て、
沢山あり過ぎる、というのも、困るモノだな、と言っていた。

ナンとか決めて、予約の電話をした。


木曜日と金曜日はベリーダンスのショーを無料で見せて頂ける、という事だったが
予約の電話の時は、ショーは無いけれどイイか、と聞かれた。

それでイイと返事をした。

ショーが無いなら他の店にする、とは、思っていなかった。


バイトは少し早めにレジを精算して、サッと閉店作業を済ませた。

荻窪から地下鉄丸の内線で赤坂に向かう積もりだったので、
荻窪駅までのバスに乗った。

所が、ナンとこんな日に限って、荻窪駅前に「麻生たろう君」が来ている。

本人の姿は特に見えなかったけれど、ビラがべたべたと張ってあって、
荻窪駅前は大混雑していた。

おかげでバスは中々バス停に付けられず、クラクションを鳴らしていた。

やっと降りて、改札に向かったら、
今度は、私が焦って、JRの改札を入ってしまった。

駅員さんにカードを直して貰って、地下鉄に向かったけれど、
あと何秒かの所で一本逃してしまった。

これで、遅刻が決定した。

赤坂見附の駅で地上に出た所でAさんに電話を入れて謝った。


お料理はとても美味しかったけれど、
照明が暗くて、写真は上手く撮れそうに無かった。

しかも、三人で話に夢中になっていて、誰も撮ろうとしていなかった。


かなり暫くしてから、更に照明が暗くされた。

ナンだろう?

BGMから曲が変わった。

ベリーダンスショーの始まりだった。


踊り子さんは、ヴェールと衣装がお揃いの薄紫で、
金のスパンコールのブラジャーをした肉感的な美人さんであった。

最初は、ヴェールさばきの素敵な曲で、
次はカスタネットの様に持つ金属でできた鳴り物を使い、
更に、剣の舞、と休む暇も無く舞い踊って下さった。

手拍子をしながらうっとりと見とれていると、
隣の席の男性二人が踊り子さんから促されて一緒に踊りだした。

男性と同席していた女性二人も促されて加わった。

そして、踊り子さんは、勿論私達三人にも、にっこりと誘いに来たのだ。


吉祥寺のトルコ料理レストランで、ベリーダンスショーは見た事があった。

だが、自分が踊る事になるとは、露程にも思っていなかった。


踊り子さんを囲んで、客達がタコ踊りをしている、と言う図だ。

しかし、楽しかった。


もしも、客席が満席だったら、
ああいう事は不可能だったろうと思われる。

お店の方には申し訳ないけれど、
お客さんが少ない所為で踊れたので、ものすごく楽しかった。


曲調が変わり、素人は席に戻り、プロの踊りを見せて頂いた後に、
「おひねりタイム」があった。

踊り子さんは、店員さんのトルコ人男性と踊った後に、
その方からおひねりを見本のようにブラジャーに挟んでもらってから
客席にやってきた。

先程の男性客二人が、踊りを止めない踊り子さんのブラジャーやウエスト
細く折ったお札を挟もうと苦労していた。

見ると、Aさんもお札を取り出して細く折っている。

Aさんは、大胆にも、金色のブラジャーの胸の真ん中にお札を挟んでいた。

その後、また踊り子さんから促されると、
今度は皆結構平気になってフロアーに出て、楽しくくねくねと踊った。

まるでフォークダンスみたいだった。

リオのカーニバルで踊ってみたいと夫が言っていたので、
夫がもし居たら喜んでいただろうし、おひねりもさせて貰っただろう。

三人で踊り子さんのベリーダンスに参加したのだ、と夫に話したら、
それは圧巻であったろうと羨ましそうにしていた。


店内が暗く、写真が撮れなかったのは残念であった。

代わりに春先にナオちゃんと行った高田馬場のトルコ料理の写真をアップしよう。


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美味しいモノは沢山あるけれど、一人だったらただ美味しいだけだろう。

大切な友人や夫と一緒であるから、
美味しいお料理が更に楽しいお食事の時間になるのだ。

次回のお食事は、またエスニック料理に付き合ってもらえるように
既にお願いしてある。

それまでに、私は、何か私なりの進歩をして、
友人に報告をしたい、と大それた事を考えている。




posted by ひつじ at 00:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

ノースリーブとクチナシの花

東京に行く前に、天気予報を見た。

明日はちょっと暑くなるみたいだ。


東京に行くのに、暑くなる、という事は、
それに比例して、クーラーで冷える、という事と同義なのだ。

ノースリーブのブラウスに、少し厚みのあるカーディガンを着て出掛けた。


高速バスの車内は、既にクーラーが効いている。

肩と首にストールをかけて眠った。


上里に着いて、いつものスイートポテトのお菓子を買って、
車内に戻って発車してから食べた。


東京は、やはり蒸し暑い感じがした。

風が吹いていない所為だろう。

長野アパートの辺りは、湯の丸からの冷えた風が吹き渡っている。


一度家に行き、荷物を置いて、カーディガンを脱いでから買い物に出掛けた。


見たところ、ずっと東京で生活されていると思える方々は、
現在は、半袖、のレベルの暑さだと判断されているようだった。

いきなりノースリーブのヒトは、まだ居なかった。

いかにも、どこかから来た、という感じだ。


ちゃちゃっと買い物をして、帰宅して食事をした。

明日からのバイトに持っていくお弁当のおかずを煮ながら、
見ると、前回に食べきったお味噌の入れ物があった。

しまった。
お味噌を買いに、もう一度買い物に出掛けなければならない。


長野だったら、こういう時は、もう打つ手が無い。

日没後にアパートから一人で出掛ける事は、全く有り得ないし、
スーパーマーケットも8時に閉店してしまう。

長野では、私のアパートの辺りには、街灯が無いし、
徒歩で出掛けようという、出掛け先自体が皆無なのだ。


東京では違う。

長野のアパートで畑に行く位の距離に、スーパーマーケットがある。

そのスーパーマーケットは11時まで営業しているし、
もしももっと遅い時間だとしても、8分も歩けば24時間営業のスーパーが2軒ある。

24時間働いている方がいらっしゃるのだ。

それを必要とされる方がいらっしゃる、という事だ。

ご苦労様。 お疲れ様、だ。

私も、長野に居ると、長野的な時間で生活しているけれど、
東京に来ると、途端に、10時を過ぎてもお味噌を買いに行く気になる。

食事をした後に、パソコンを開いてメールのチェックをした。

明日、友人のナオちゃん(仮名)と、先日お電話下さったAさんとお食事の予定だ。

お返事をお送りしてから買い物に出掛けた。


お散歩している老夫婦が居たり、自転車の若者が居たりする。

東京ナンだなぁ、と感じる。


ふっと、甘い香りがした。

これは、クチナシの花の香りだ。

夏、なんだなぁ。


クチナシの香りは、濃く漂っている風だった。


東京は、風が吹いていない、と思ったけれど、
余り風が吹いていないおかげで、クチナシの香りがまったりと漂うのだと分かった。

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2009年06月06日

考察  地勢の好みについて  2

「君、地勢の好みについて書くの?
 随分、デカい事書くねぇ」  夫に言われた。


勿論、私が見て感じた、ほんの一部についての、「私が感じた事」である。

けれど、デカい事であるのは確かである。


どうしてこんな事を書こうと思ったかというと、
先週ある方からお電話を頂いたからだった。


木曜日の晩に、その電話はかかってきた。

東京のAさん、という方だ。


Aさんに最初にお目にかかったのは、昨年の春先に銀座であったセミナーだった。

セミナー後の懇親会で親しくお話をさせて頂いた。

あのセミナーと懇親会が、私にとっての一つの転機であったのだと感じている。

昨年の10月の21日と28日に「付帯設備付き物件」という所に、
その時に考えた事を書いている。


Aさんとは、その後も一回お目にかかったけれど、
最初にお話をさせて頂いた時のようには時間も無く、
ご挨拶だけさせて頂いたような事でお帰りになってしまわれた。

それでも、お帰りになる所をお見送りに行き、
銀座でお話をさせて頂いた事がとても刺激になって、
あれからブログを書いております、とだけ申し上げてお礼の気持ちを伝えた。

Aさんは、他の皆さんからは、とてもすごい方だと一目おかれている方なのだ。

だが、私は、そういった事は何も知らずにお話をさせて頂き、
「それで?」と相槌を打って下さるAさんに自分の付帯設備付き物件物件案を
向こうで聞いていた夫が感心したほど熱心に語ったのだった。


その、Aさんからのお電話だった。

セミナーの後で一度お電話させて頂いた私の番号を、
まだ保存していて下さった、というだけでも驚愕と恐縮至極であったのだが、
Aさんの仰る事で更に驚いてしまった。

Aさんは、ご自分が不動産業を始められた経緯等をさらっとご説明下さってから、
私の付帯設備付き物件案に共感を感じている、と仰るのだ。


まだ憶えて下さっていた、というのと、
ひつじさんご夫妻の不動産業に対する姿勢がイイ、と言われたのと、
ナンだか色んな事がたまらなく嬉しくて、
私は言葉がつっかえそうであった。


セミナーで知り合ってお話をさせて頂いた方から、
不動産の事で直接、私が、ご連絡を頂いた、等という事は初めてであった。

私は、セミナーに行っても、「○○さんの奥さんのひつじさん」であって、
不動産業的に経験した事からお話できるのは、リフォームの一部だけだったのだ。


Aさんは、「ひつじさんの付帯設備付き物件案は、どうなっている?」
と言って下さる。

最近は、築古戸建のリノベーション工事をしまして、
ちょっとセルフビルドに大きく傾いていたトコロなんです、と申し上げた。

Aさんは、近いうちに東京に来たら、またゆっくりお話しましょうと言って下さった。



それから、今度Aさんとお目にかかったら、どんなお話をしようか考えていた。

そして、地勢について思う事を、ある程度まとめておきたい、
と思うようになったのだ。


こうして文章を書いているだけでも、
どういう言葉を使おうかと考えたりしながら、絶えず思考しているが、
どなたかと意見を交わそうと思うと、
更に、曖昧さを排除し、要点を絞れるかどうか熟考したいと思うようになる。


地勢の好みは、その人の人生の方向性のようなものなのかもしれない。


地勢も含めた、不動産業という大きなものを改めて考えさせて頂く機会を頂戴し、
皆様には感謝をしております。



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2009年06月02日

考察  地勢の好みについて  1

地勢の好みについて、考えた。

海沿いがお好きな方もいるだろうが、
今回は山に限定して考えたいと思う。


長野県で暮らし始めてから三年以上経つが、
以前から長野県にはスキーに良く来ていた。

しかし、偏った事に、中央道からのアプローチは殆ど無く、
確か、二度電車とバスで白樺湖辺りに行った記憶があるだけだ。

それ以外は、志賀高原斑尾やらにツアーバスやシュプール号で行ったり、
友人と何人かで長野市内の友人宅を拠点に菅平や志賀高原に足繁く通った。

思えば、スキーをしながらも、スキー的に地勢を考慮していた。

左右のどちらかに斜めに傾いたバーンは調子が狂うからイヤだ、とか、
あのゲレンデは早く日陰になるからアイスバーンになりやすい、とか、そんな事だ。


長野県は、全体の標高が高いのだ、と何かに書いてあった。

その中でも、山岳地帯が突出して高く、
続いて、酪農や高原野菜の栽培をすることが出来る程度の高地があり、
更に、新幹線や高速道路が通る、山と山の間や、大きな川に沿った町があり、
いくつかの「○○平」と言われる広い平地がある。

私が夫と出歩いてみたのは、長野県のほんの一部に過ぎないが、
私なりにそんな風に感じた。


私が住んでいる東御市は、千曲川に沿った町があり、
新幹線の駅は無いが、川に沿った在来線が通り、少し北側に高速道路がある。

そして、地勢は、湯の丸の山が北側にあり、真南に遠く蓼科山が見え、
東西に流れる千曲川に向かってかなりの勾配の傾斜地である、という所だろうか。


地勢の好みは、また、地域の天候の好みでもある、という事であろう。

湿った雪が多く降るけれど、それ程寒くない所や、
降ってもとても軽い雪が一冬で何度かしか降らないけれどとても寒い所もある。

日照時間も長く全国的に見ても少雨地域であるらしい東御のような所もあれば、
軽井沢のようにしっとりと苔むした霧が出やすい地域もある。


地勢と天候、と来たら、次に来るのは土質であろうか。

地勢と天候と土質によって、農作物の種類に向き不向きが出てくると思う。


そして、そういった実際的な事以外にも、
景色の好み、という精神的な向き不向きもあるのだと思うのだ。


「○○平」というような、広い平地を好む方も居るだろう。

例えば、佐久平なら、広い平地の向こうに浅間山が噴煙を上げている様子が
ゆったりとした山すそを含めて見ることができるだろう。

佐久平から小海の方へ向かえば、南北に流れる千曲川の両岸に山並みが迫り、
川に沿って小海線が通り町並みが見える、という景色が続く。

逆に小諸・上田方面へ向かえば、千曲川は川幅を広げて大きく曲がり、
東西に流れ、山並みも少し遠くなる。

川に沿ったしなの鉄道が通り、町と農振地域が交互に続き、
その合間に工場や会社の建物が点在している。

上田では、更に広がった川幅と、遠くなった山並みで、
川の両岸の勾配はかなり緩くなっている。


ほんの近くで、私が少しは慣れてきた地域だけで考えてみても、
実に様々な地勢があるのだ、と分かる。







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2009年05月31日

夫がくれた休暇  3

アウトレットの駐車場で、夫がおねだりの目つきをしていた。

私に運転してほしい、という事なのだ。

仕方ないなぁ、くねくね道の前までだよ。

だが結局は野辺山のドライブインまで私が運転をした。


昨年キャベツ工場に行った時は、夫とけんかをしてしまったけれど、
あれからはよく相談をしながら代わりばんこに運転をして、
楽しくお出掛けする事ができるようになった。
本当に良かったと思っている。

「キャベツ工場とピクニックシート」
http://nemureruhitsuji.seesaa.net/archives/20080721-1.html


夫は、来た時と違う道を帰ろうと言ったが、
私は、同じ道を帰りたかった。

私は都心の道を憶える事は結構自信があるのだが、
なぜか山間部の道は中々憶えられない。

せっかく来たのだから、できるだけ憶えて帰りたかった。


山登りをする知人が、長野でなら八ヶ岳の辺りが好きだ、と以前言っていた。

八ヶ岳のどういう感じが好きなのか考えてみた。


私が感じたのは、野辺山の辺りは高原野菜の栽培と酪農が盛んで、
清里や小淵沢は、まぁ山梨県なのだが、別荘と観光地とソフトクリーム、
という印象だろうか。


運転して通ったのは、八ヶ岳公園道路、という名前だった。

アウトレットを出て少ししてから、国道141号線にぶつかるまで、
たった一台の車も居なかった。

なんて寂しい所なのだろう、と思った。

かなりうっそうとした木立の中に別荘が時々あって、
いきなり開けた農振地区には段々の斜面に田んぼがあった。

そしてまた木立の中に入って、緩いカーブとアップダウンが続いた。

樹木の種類は分からなかったが、大きくて密生していた。

ここは、本当の山奥なのだ、という感じがした。


こうして出掛けて来てみると、川沿いに人々の暮らしがあって、
そして道路や鉄道ができていったのだ、と分かる。

東御に居ると、千曲川は東西に流れている川だけれど、
佐久平の大きな開けた景色で見えた山が迫ってきて山間部に入ると、
今度は川は南北に流れて谷を形成している。

地域によって様々な趣を見せてくれる。


八ヶ岳が好きだと言った知人は、こういう地域が好きなのだ、
という事なのだろうと思った。

すぐそこに深い山があって、木立は暗くしっとりとしていそうだ。

農振地区の開けようが余りに対照的で、夫と私はちぐはぐな印象を受けた。
あれは、とても大変な開墾をされたのだろう、と話した。


私は、夫が東御にアパートを持っていて、本当に良かった、と思った。

東御は、北に湯の丸の山があって、東西に流れる千曲川に向かって南に下がる地勢だ。

川を渡った向こうに八重原がある。
ここもまたぐっと登った上はなだらかな景色が広がっている。

年間降雨量も少なく、からっとしていて日照時間も長いそうだ。

私の住む辺りの標高650m付近に立つと、真南に甘食の形をした蓼科が見える。


私は、本当にここが気に入っているのだ。

こんなに気分のイイ所に、夫がアパートを持っていて、本当に良かった。

私のような、イジケやすくて暗い性格には、これくらいカラッと爽やかな所が、
とても有難くぴったりしていると感じる。


中学の時の同窓会で、違うクラスだった男性が声をかけてきた。
彼の名前は知っていたけれど、一度も話をした事の無い人だった。

最近はどうしているのか、と聞かれたので、
東京バイトもしているけれど、殆どは長野で生活しているのだと答えた。

彼の私の印象は、画廊やギャラリーで受付とかが似合いそうだ、という事だった。

お菓子の販売の仕事だと言ったら、それは意外だ、と言われた。

更に、長野で暮らしている、というのを、
人里離れた山奥の別荘地のような所を想像したらしく、
スーパーに歩いて行ける、と話したら、山奥じゃないの?と驚いていた。

君は、偏屈で人嫌いなヒトだという印象だ、と言われたと同じ事かもしれない。

まぁ、当たってはいるのだ。

だから敢えて広々として爽やかな風が吹き渡るカラッとした所に居るのだ。


夫が休暇をくれて、お出掛けして知らない所を見てきた。

素敵な景色もあったし、またぜひ出掛けたい所もあったけれど、
やはり、こうして東御のアパートのウチに帰ってきて、
ここで本当に良かったなぁと思うのだ。


楽しく有意義な休暇であった事を、夫に感謝している。

posted by ひつじ at 23:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

夫がくれた休暇  2

小淵沢の道の駅で、楽しくお買い物をした。

正確には、楽しく、というのを越えて、夢中で、という事であろう。


夫と一緒に売り場に入った私は、
ひと時売り場を見渡した後に、すぐに入り口に戻り買い物籠を手に取った。


そういう私の動きを、夫はやれやれハマったか、といった顔で見ていた。


少し後で私の所に来た夫は、買い物籠の中を見て、
どうしてこんなに「草」ばかり買うのだ、と言ってきた。

夫の言う「草」とは、「葉菜」の事だ。

だって、レタスとルッコラは100円だし、ホウレン草なんて70円だし、
このGマスタードって150円だけど、きっとちょっとぴりっとして
美味しいんじゃないかなぁ。

夫は「ひつじちゃん、レタスは沢山植えたじゃないの」と言うが、
私が畑に植えたレタスは、まだ4cm程なのだ。

夫は少しだけ私の顔つきを見てから、諦めたようだ。

道の駅で野菜の買い物に夢中になっている私に、
つける薬は無いのだ、と、既に学習済みなのだ。


ひとしきり屋内の野菜売り場を点検してから、夫に買い物籠を手渡し、
更に屋外へと進んだ。


夫は、をいをい、と言いながら付いて来る。


屋外にあるのは、野菜やその他の植物の苗や鉢植えなのだ。

夫が、ひつじちゃん、まだ増やすの?とどこか遠くで言っているようだ。


余りよく聞こえなかった私は、スイベルというモノを見つけた。

この間ハスカップが枯れてしまったのだが、
スイベルは大型のハスカップのようなモノらしい。

早速手に持った。


次に見つけたのは、レモンバームとレモンバーベナだ。

どちらもとても爽やかなレモン風味の香りがする植物だ。

私は、大抵の人工的な匂いは大嫌いなのだが、
植物の花の香りやこういったハーブ等やヒノキチオール等の香りは大好きなのだ。

更に手に持った。


ナンだか、まるでバーゲン会場で、気に入った商品を吟味しているようだ、
と、今振り返って感じる。

しっかりと掴んだ植木を持って、夫の所に行くと、
ひつじちゃん、またこんなに買って、どこに植える積り?と言う。

畑じゃないよ、畑はもういっぱいじゃない。
これは鉢植えにするの。
こないだ枯れたハスカップの鉢も空いてるし。


畑はいっぱいだし、樹木の類は植えてはならないのだ。


だが、結局は、畑に植えるモノも買ってしまった。

小葱の束が売っていて、「長葱の苗にもなります」と書いてあった。

長葱かぁ。
土寄せして白くするって本に書いてあったなぁ。
植えてみようかなぁ。

結局、買った。


スイベルの苗が高くて1200円だったので、
全部で2278円だった。

とても良いお買い物をさせて頂いた。


29-05-09_1956.jpg


満足したら、ふと、思い出した。

そういえば、さっきどこかでアウトレットって看板があったんじゃない?

18時を過ぎていたけれど、まぁせっかくだから覗いてみようと向かった。


アウトレットは、軽井沢のそれとは、趣も規模もかなり違うものだった。

私はコットンガーゼのストールを買って、
夫はジーンズを買った。


リゾナーレや道の駅やアウトレットは、定休日が無いのが有難い。


アウトレットを出て、19時過ぎであったが、
まだ暫くは少し明るい道を帰路についた。

posted by ひつじ at 22:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

夫がくれた休暇  1

夫が休暇をくれた。

別に、「おヒマを出された」という事ではない。

私が、オーダーの犬の洋服に56個もボタンを付けて納品した、と話したら、
「ひつじちゃん、頑張ったね。ちょっと休憩する?」
と休暇の提案をしてくれたのだ。


以前、夫に、八ヶ岳や清里にちゃんと行った事が無い、と話してあった。

正確には、八ヶ岳には行った事はある。
20歳頃に、友人と誰かの貸し別荘に行ったのだ。

10人位の人数で行って、飲んで騒いでテニスでもしてきた、と思う。
アレでは、果たしてどこに行ったのか印象が殆ど無いのも無理は無い。

夫が、君が行きたがっていた清里方面に行こう、と言ってくれた。

明日10時に迎えに来るよ、と言って、
夫は本宅に帰って行った。


長野県の雑誌「KURA」の清里方面の号を出してきた。

見てみると、コレと思うレストランは水曜日が定休日であった。

やれやれ、困ったなぁ。
明日、夫と相談しながら、どこか探さなくちゃ。


夫が「平らな所はひつじちゃんが運転してね」と言っていた。

ナンとなく曇り空の下を、私の運転で出発した。


佐久平の見知った町並みを過ぎて、
小海線と千曲川に沿ってひたすら南下した。

小海線の汽車を見たかったが、延々と走っても結局小海線の車両は見られなかった。


ファミリーレストランがあり、踏切を渡った。

ここから山道っぽくなるんだ、と夫が言った。

夫に運転を代わって貰ったが、小海の町の中で既に雨が降り出していた。

激しい雨が、強くなったり弱くなったりしていた。


「八ヶ岳だよ」 野辺山で夫が教えてくれた。


27-05-09_1212.jpg


雪があるのが見えた。

いつも真南に見えている蓼科山を追い越して、南側に来ているのだ。

いつも見ている蓼科山を追い越しただけでなく、
いつも居る650mの標高の倍以上の標高の場所に居るのだ。

そして、周りはさながらレタス工場のようだった。


27-05-09_1214.jpg


白いビニールマルチにびっしりとレタスが植えられていた。

また雨が降り出したので車に戻り、ドライブインを目指した。


このドライブインで、恐ろしい雷とアラレに遭った。

金属的な音がしたものすごい雷だった。

早くお昼ご飯を食べに行こうという事になったが、
素敵なレストランは定休日で、ちょっと遠いレストランは一時間かかった。

仕方ないので、清里の有名な「S」(仮名)に行く事にした。


所が、やっとたどり着いた「S」のフロントでは、
今日お食事ができるのは少し遠いカフェテリアだけだとの事だ。

もう一度車まで戻り、そのカフェテリアのような建物まで移動した。

「S」も多分水曜日はレストランは休みで、
カフェテリアとパンの店しか営業していないのだ。

この地域に水曜日に来てはならなかったのだと散々思い知らされた。


27-05-09_1320.jpg


雨が上がっていたので、テラス席に座った。

だが、山の風は冷たく、夫が車にシャツを取りに行っている間に
再び雨が降り出してきた。

高い木の梢でカッコウが尻尾を振り振り啼いているのが見えた。

だが、風邪をひきたくなかったので屋内の席に移動した。


夫はポークカレーを注文して、
私はチキンドリアを注文した。


先に、夫のポークカレーが来た。

夫は、メニューに写真が出ていないモノを注文したので、
来たカレーをじぃっと見入っていた。

そして、それは悲しそうな顔で私を見た。

悪いけれど、100円のレトルトカレーに
しゃぶしゃぶ用の豚肉がひらひらと入っているようにしか見えない。

夫は、1200円のポークカレーなのだから、一口では頬張る事のできないような
サイコロ型の豚肉がゴロゴロ入っているのを想像していたようだ。

だが、100円のレトルトカレーみたいだとはとても言えなかった。

夫が余りにかわいそうだったので、
上ずった声で「お肉がぷりぷりしてるよ」と言ってあげた。

辛らつな批評をしない私を、夫は不審そうに見ていた。


私のチキンドリアも似たようなモノだった。

カレーはヒドいけれどドリアはマトモ、というのはあり得ない。

それでも一応歯応えが感じられる程度の大きさのチキンが入っていたので、
夫にあげた。

夫は、地獄で仏、みたいに嬉しそうにしていた。


夫と、また二人でヒドいモノ食べちゃったね、と話した。

丁度一年位前に、記念的にヒドいモノを食べたのを思い出した。


「新婚気分のイケアでゲレ食」
http://nemureruhitsuji.seesaa.net/archives/20080530-1.html


もう二度と「S」には来ない、とまた降り出した雨の中で思った。

「S」のほんの少し先に、素敵なパン屋さんを見つけて、
ちょっと行き過ぎていたのをUターンして入ってみた。

さっき「S」で二人分で2400円も支払ってしまった。

こちらの素敵なパン屋さんで、お買い物した方がずっと良かった。

まぁイイや、二度と行かなければイイだけだ。


リゾナーレに行き、丸山コーヒーで濃くて美味しいコーヒーを頂いた。

北欧雑貨のお店で素敵なテーブルセンターを買った。
ノーベルディナーの時に使われるテーブルクロスを作っている会社なのだそうだ。


27-05-09_1649.jpg


それから小淵沢の道の駅に行った。

隣の温泉宿泊施設のエントランス前にある藤棚がそれは素敵だった。
ガラス張りのカフェらしき建物が建つ斜面に、
円形の藤棚がとても大きく回りを囲んでいる、というものだ。


この、小淵沢の道の駅でのお買い物が一番楽しかった。





posted by ひつじ at 23:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月25日

今夜は落合さんのお世話になって

今夜は落合さんのお世話になった。

久しぶりの事だった。


夕方、犬の洋服屋さんからのオーダーが一段落した。

一段落、と言っても、全部終わったワケではない。

ボタンを付けてボタンホールを作る前までの段階に達した、という事だ。

服の形が整うまでは、直線縫いだけの職業用のミシンとロックミシンを使用し、
ボタンホールを作るのはコンピューターミシンを使用する。

オーダーはアロハシャツで、全部で15枚だった。

4種類の生地だったのだが、少し違う質感の生地で作るのを一番最後にしたら、
その生地は折り目が付きにくく縫いにくい、という難儀な生地だった。


大体、15枚も同じ種類のモノを作り続ければ飽きてくる。

その最後が一番扱いにくかったのだ。

ペースも落ちて、イヤイヤ作業しているのを認めないワケには行かなかった。


やっと形が整い、さてボタンホールに取り掛かろう。

コンピューターミシンをよっこらせと台に乗せた。


ボタンホールの付け位置を確認しようとパターンを取り出してみたが、
どうも、はっきりしない。


犬の洋服屋さんは今日は定休日なので、
奥様の携帯に電話をしてみたが留守電だった。

仕方なく返事待ち、という事になった。


この時点で、緊張の糸が切れたようだ。


リフォーム工事中の夫に電話をかけたら、
夫は今夜はお夕飯はいらない、と言う。

でも、お茶飲みに寄ってから帰るでしょう?

うん、そうだね、もう暫くしたら、という事だった。


ちょっとお買い物にでも行こうかなぁ。

冷蔵庫の中を点検していると、犬の洋服屋さんの奥様からお電話だ。


ボタンホールの位置を確認して、
明日発送する積りだとお話してから電話を切った。


このままボタンホールに取り掛かるべきだろうかと少し思ったが、
気分転換に買い物に出掛ける事にした。


徒歩12分程かかるスーパーで買い物を済ませ帰宅して、
恐らくもうすぐ夫が来るだろうと思ってお茶を淹れる為のお湯を沸かし始めた。


先日、私の大好きな部屋の模様替えをした。

昨夏に寝室に使っていた部屋が、冬の間物置のようになっていた。

その部屋を片付けて、別の部屋の押入れの下段に仕舞いっぱなしになっていた
二つの本棚を並べた。

私が想像していた通りの、ライブラリーを兼ねたゲストルームになった。


久しぶりに本棚を見てみて、
ふと村上春樹の「スプートニクの恋人」を手に取った。

それ以来、ちょっとした時間この部屋にこもっては読書をしている。


お湯が沸くまで、少しだけ続きを読んだ。

丁度お湯が沸いた頃に夫がやって来て、
二人でニルギリを飲みながら、今日のあれこれを話した。


夫は19時少し前に本宅に帰って行った。


夫が夕飯を食べて行くなら、そのまま夕飯の支度をする所であったが、
夫は本宅に帰って行ったのだ。

私は、読書の続きをしに部屋に戻った。


読み終わり、時計を見たら、20時を少し回っていた。


ナンだか、パスタが食べたい、と思った。


夕飯にパスタを食べる、という事は、殆ど無い。

どうやら、本の中に、パスタを食べた、という箇所があり、
その所為で私もパスタを食べたくなってしまったようだ。


読んでいたのが「ダンスダンスダンス」だったら、
冷奴とワカメのお味噌汁が食べたくなったかもしれないが、
今日読んでいたのは「スプートニクの恋人」だった。

こんな、20時過ぎに、パスタを食べたくなってしまったなんて。

そうだ。

今夜は、落合さんのお世話になる事にしよう。


トマトのソースを作るのにトマト缶で二人分作れてしまうし、
ナンだか今からぶちぶちニンニクを炒めるのも面倒だ。

こういう時は、落合さんの出番だ。


落合さんの「予約でいっぱいの店のボロネーゼ」にしよう。
SB食品のレトルトパウチに入った落合さんのパスタソース一人前だ。


ボロネーゼとアラビアータを常備してある積りだけれど、
丁度最後のボロネーゼが一つあるきりのようだ。

こういう急いでパスタが食べたくなった時に、
落合さんは本当に頼りになる。


ニンジンとキャベツを蒸したものがあったので、
それで簡単にスープにした。


思えば、ボタンホール位置確認の電話を待っている頃に緊張の糸が切れてから、
ネジを巻き直す積りにもならないでのんびりと過ごした。


落合さんには、すっかりお世話になりました。
ご馳走様でした。


明日はボタンホールを作り、ボタン付けをして発送する積りだ。

お風呂を沸かす間に、ボタンホール位置の印を付けておこう。

posted by ひつじ at 22:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

サブリースの王子様

今日は、夫とセミナーを聞きに出掛けてきた。

サブリースの王子様のセミナーだった。


実は、私が「セミナーの王子様」と呼んでいた方が別に居た。

だが、夫が今日セミナー中に小さな声で私に言ったのだ。

「セミナーの王子様に似てる」

確かに、兄弟みたいだ。


そういう事で、今まで「セミナーの王子様」と呼んでいたKさんは、
これからは「リフォームの王子様」と改名して、
今日の方は「サブリースの王子様」と呼ぶことにしようと思う。


セミナーの内容については、ここには書かないけれど、
せっかくだから私も行ってみて良かったとは思っている。


しかし、ああいった不動産関係をお仕事とされている方に、
新築マンションモデルルーム写真を見る時に感じる違和感を覚える事がある。


一つの例えでしかない、とは思うのだが、
「思い切ったイメージチェンジ」の例に出てきた部屋の内装が、
「黒い部屋」だった。


黒い部屋。 夫は、驚いていた。

夫が何か私に言ってきたので、
インパクトのある内装と居心地の良い内装は違うよね、と答えた。


よく、新築マンションのモデルルームの写真に、
コルビュジェのスリングチェアが使われている。

あくまでもイメージ、なのは、そうなのだろうが、
私は、どうも、違和感を感じてしまう。


あれは、ちょっと高級な暮らし、というようなモノの象徴として
使われているのだろうか?

それとも、実際に腰掛けたり生活の場で使用した事のある方が、
あの椅子のある生活は、心地よくてお勧めだから、と推薦したのだろうか。



色々と思う事はあるけれど。
皮肉屋な私の意見は、余り書かないでおこう。


私だったら、もっと違う事を考えるなぁ。
posted by ひつじ at 23:13| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

新しい帽子と古い紐

帽子が余り好きではなかった。

髪に跡が付いたりする、という事もあるが、
家系的に頭でっかちなので、帽子が似合わない、と思っていた。

だが、畑仕事をするには、帽子が必要だ。

昨夏、パタゴニアの帽子を買って畑仕事に被って出掛けた。


だが、この、パタゴニアの帽子。

実は、私には小さいのだ。

やはり、頭でっかち、なのだ。


パタゴニアの服を買う時は、
海外の製品であるので、私でも大概はSサイズだ。

ナンと、ものによっては、XSサイズのものも買った事がある。

昔々、まだパタゴニアの服を買い始めた初心者の頃に、
Mサイズの上着を買ってしまった事があった。

今だったらサイズ交換をお願いする所だが、
なぜかは忘れたけれど、交換してもらわずにそのまま今に至っている。

夫も着る事が出来るほど大きめな上着であるが、
袖口を折り返して重宝に着ている。

私のたった一つのMサイズのパタゴニアの服だ。


だが、昨夏に買ったパタゴニアの帽子は、Mサイズなのに、小さいのだ。


Mサイズなのだから、被る事ができる筈だ、と無理に被っていたけれど、
おでこに格好の悪い帽子の跡が付く。

どうしても、跡が付く。

どうしても、小さい、という事だと諦めざるを得なかった。


この帽子、もう、被らないからあげるよ。
あなたなら、跡、付かないでしょ?


夫にあげようと思ったけれど、夫も、自分もキツい、と言う。

私はきっとかなり嬉しそうな顔で、そう?あなたもキツい?と言ったと思う。


今度、姉の旦那さんにあげよう。
彼は家系的に頭が小振りなのだ。きっと余裕だろう。



新しい帽子を買わなければならない。

余り農作業色が強過ぎず、埃と汗まみれになる事を厭わず、
値段は上限3500円ほど、という条件で探す事にした。


吉祥寺のデパートで、何年か前から素敵な麦藁帽子を売っているのを知っていた。

外国製で、細いけれど張りがありそうな麦藁でできていて、
繊細なお揃いの紐が飾りにぐるりと回っていて、お値段は20000円前後だ。

西荻や吉祥寺で、よくあの麦藁帽子を被っている女性を見かける。

あの麦藁帽子は、本当に素敵だ。

しかし、私にとっては現実的では無い。

使い道と予算があるのだ。

まぁ、3500円が上限だ。


通信販売カタログも見てみたけれど、
帽子、というモノは、被ってみなければどうにも分からないモノなのだ。


ふと、思い付いて、荻窪の洋品屋さんに入ってみた。

帽子があった。

晴れ雨兼用やらツバの形が変えられるモノや、色々とある。

1050円のモノがいくつもあった。


ナンでもインターネット、じゃないよなぁ。

ちょっと見に来てみれば、こんなにイイのがあるじゃない。


飾り、と思しきボタンが付いていたが、余り趣味ではないので、
帰宅して早速取り外した。

被った感じは、ゆったりしている。

髪に跡も付かないし、勿論おでこが赤く跡になったりもしない。

これなら農業色も無いから、お買い物に出掛けるのに、
日傘の代わりに被っても中々良さそうだ。

長野に帰ったら、アゴの下にゴム紐でも付けよう、と思った。


パタゴニアの帽子は、おでこが赤く跡になる程キツかったので、
風に飛ばされそうになった事は無かった。

だが、新しい帽子は、ゆったりしていて締め付け感が無い程だ。

風に飛ばされないように対策を施さなければならない。


帽子のアゴの下には、普通、ゴム紐が付いているよな、と
ナンとなく、反射的に思った。


けれど、ゴム紐を色々と出して見ているウチに、ふと、思ったのだ。


紐、を付けてみようか。


生成りの平織りや綾織のコットンの紐がある。

帽子が茶系なので、生成りの紐も映えそうだ。


だが、平織りの紐、で、茶色の紐があったような気がした。


あった、あった。
父の頂き物に付いていたお菓子屋さんの紐だった。


そんなに古いモノではないけれど、何かに使ったのだろうか、
ちょっとシワシワ、と言えなくも無い。


二等分に切り離して縫いつけよう。


帽子を被ってみながら、紐を縫い付ける位置を検討した。

耳の後ろからアゴにかかるようにするには、
帽子の真横ではなくて、かなり後ろ中心側に付ける事になるのだと分かった。


農業や職業用として、ホームセンターで売っている種類の帽子以外では、
アゴにゴムや紐が付いている帽子は、子供用くらいかもしれない。

釣り用、というジャンルも紐が付いているだろう。


私は、紐を付けて、リボン結びにして端を長く垂らす事にした。

ゴムではなくて平織りの紐にした事は、
自分らしくて、とても的を得ている、という感じがする。


万人向けではないけれど、小さな自分らしさを見つけて、
丁寧に生活の中で楽しんでいきたいと思っている。




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2009年05月20日

カッコウの初啼き

東京に出掛ける数日前に、
ウチにやって来た夫が「遅霜がありそうだ」と言った。

本宅で天気予報を見たのかもしれないし、
新聞に書いてあったのかもしれない。

確かにかなり冷え込み、その朝は久しぶりにストーブを点けた。

大きなストーブはとっくに仕舞ったけれど、
小さなストーブは、まだ点ける事がきっとあると思い、出してある。


恐る恐る畑に行ってみると、
植えた苗の葉がちりちりになっている。

霜は本当におりたのだ。

天気予報を聞いて、霜対策に何か施した方は助かったのだろうが、
私は、何もしなかった。

事の推移を見守ってみよう、と思ったのだ。

それに、慌ててビニールマルチをしたり、プラスティックのカップを被せたり、
そういう事をする積りは毛頭無かった。


畑をお借りしているご夫婦から頂いたトマトの苗は、
余りちりちりになっているようには見えなかった。

少々ヤラレている感じがする、という程度だ。

だが、トマト以外の植えた苗は、全てちりちりになっていた。

ピーマンと鷹の爪とパプリカとズッキーニと小玉スイカだ。


それに引き換え、種を植えて芽が出たものは、違った。

全くダメージを見受けられないものが殆どだった。

コリアンダーは、暑い所の植物なイメージであったが、
とても発芽率も良いようだし、ダメージも無いように見える。


次の日も、続けて霜はおりたかもしれなかった。

さすがに冬を乗り越えてきた玉葱は、へっちゃらそうにしている。

為す術も無かったので、全員に声をかけただけで帰った。


東京に行っている間に、雨が降った。

夫に電話で長野でも降っている事を確認して、
霜でダメージを受けた野菜達が、優しい雨に癒されている事を願った。


昨夜東京から戻ったので、今日は久しぶりに畑を見にいけると思っていた。


すると、カッコウが啼いている声が聞こえた。

玉村さんの本に、カッコウが啼けば霜の心配が無くなったという事だと
聞いたと書いてあった。


夫を起こして、カッコウが啼いている事を教えてあげた。

夫の本宅の方では、カッコウは居ないようなのだ。


東京では、東京なりにとても楽しく過ごす事ができるのだけれど、
やはり、こうして長野で鳥の声を聞きながら、夫と一緒に食事をしたり、
畑に出掛けたりするのがこの上なく幸せだ。


今日の畑の様子を見てみると、かなりダメになったものがあるようだ。

ズッキーニと小玉スイカは買い直さなければならないだろう。

鷹の爪とピーマンはもう暫く様子を見てみよう。


カッコウが啼いたのだ。

もう霜の心配も無いし、素敵な歌を聞かせてもらえる日々の始まりだ。


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2009年05月19日

ラウンドミッドナイト 東京の夜は更ける

ラウンドミッドナイトを初めて聴いたのは、
多分、21歳の頃ではなかっただろうか。

ある年上の男性から、一番好きなジャズの曲なのだと教えられた。

あれから様々な演奏のラウンドミッドナイトを聴いた。


最初に聴いたのは、誰が演奏していたのか、今ではもう思い出せない。


マイルス・デイヴィスやソニーロリンズが演奏しているものも聴いた。

今夜は、ビル・エヴァンスが演奏するラウンドミッドナイトを聴いた。


土曜日から東京に来ている。

土曜日の晩は、知人のライブを聴きに青山のライブハウスに出掛けてきた。


日曜日は、バイトの後で行きつけの美容院に行った。

ビューエルに乗っている美容師さんは、お店で色々な音楽をかけている。

私はここで、ボブ・マーリーやレニー・クラヴィッツやらを聴いてきた。


日曜日にかかっていたのは、
レッド・ツェッペリンだった。

聴いた事の無いライブ・ヴァージョンの「天国への階段」がかかっていた。


今日は、友人のゆきさん(仮名)と田町で待ち合わせて、
美味しいサムゲタンを頂いてきた。

久しぶりにゆきさんと会って、楽しくお喋りをしてきた。

帰宅したら、明日の朝ご飯を炊いておかなければならない、と思っていた。


そこそこ夜遅くになるとラジオは消してしまうのだが、
今夜はご飯を炊いている間は聴いていようと思ってつけっ放しにしていた。


そうしたら、ラジオから聴こえてきたのは、
ビル・エヴァンスのラウンドミッドナイトだった。


音楽は、人を、遠い所まで運ぶ事がある。

時間に埋もれていた記憶を、
鮮明に目の前に取り出して見せて心を揺さぶるのだ。


私は、間断なく音楽を聴いていたいと思う事はない。


静かに夜が更けていく中で、
私の中に響き残ったラウンドミッドナイトが聴こえる。


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2009年05月12日

不吉、じゃない電話

滅多に鳴らないウチの電話が鳴った。

漬物普及委員会、長野県東信支部、支部長からであった。

畑を貸して下さっているご夫婦の奥様である。


しかし、この時期に普及活動をするのだろうか?

イヤ、お茶の誘いのお電話かな?

それにしては、朝の九時だ。


奥様は、「ひつじさん、トマトの苗はいるダか?」と仰る。

トマトの苗が余っているので下さる、と言うのだ。


だが、私は躊躇した。

トマト栽培には、棒やら屋根やら傘やら、設備が必要だからだ。


前の晩に夫がウチに泊まっていたので、
私が「トマトですかぁ、えぇ〜と、どうしようかなぁ」と歯切れが悪いのを聞き
棒なら本宅から持ってきてあげるから、と言ってくれる。


だが、私は、まだ躊躇していた。

正直言って、植える場所がもう無いのだ。


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サラダごぼう、大根、バジル、シソ、ルッコラに、
セージ、コリアンダー、ラベンダーローズマリー

ニンジンとレタスと二十日大根は、まだ種が残っているのだ。

更に、苗も植えた。

鷹の爪を5本、ピーマンを3本、パプリカは赤黄オレンジを各1本、
それに、ズッキーニと小玉スイカと、パセリも2株植えた。


植える所がもう無いと小さな声で答えたけれど、
奥様は、まぁどこかに植えられるダ、と朗らかに仰る。

これから取りに来るダ、と言われて、
お味噌汁に丁度ワカメを投入してしまった所であったが、
夫が小さな声で、ちょっと行ってきなよ、と言ってくれるので、行く事にした。


伺うと、ご主人の育苗室に案内された。

三種類のトマトを、種から育てたのだが、余っている、と仰る。

いるだけ持って行って、あとは捨てるから、と言われて、困った。

夫が、本宅にももらって帰って植えるから、と言っていたので、
全部で8本頂く事にさせてもらった。


ご主人は、ご親切に棒も貸して下さる、と言って下さったのだが、
夫が持ってきてくれるので大丈夫です、と申し上げた。


ご主人は、更に、芽欠きのコツや色々と教えて下さる。

私は、お味噌汁の鍋の中でワカメがぐにゃりとしている様子を想像していた。


芽欠きをした箇所を指で触らないように、というご注意の後で、
「ちゃんと消毒もするダ」と言われた。

今は、色々な種類があって、消毒して次の日に食べられるのもあるダ。
消毒して一週間食べられないっていうのもあるから、
よく見てから買ってくるダよ。


私は、その場では爽やかにお返事をして、
お礼を言って苗を頂いて帰宅した。


お腹を空かせた夫が、納豆を混ぜて待っていた。

少々ぐにゃりとしかけたワカメのお汁を温めなおしてお味噌を入れた。


ねぇねぇ、消毒って、しなくてもバレないよねぇ。

夫は、消毒すると白っぽくなるから、消毒してあれば分かる、と言う。

じゃあ、消毒してないと分かっちゃうんだ。

別に、点検に来たりしないだろう、と夫は至ってのんきに言う。

しかし、消毒の頃合に、もう消毒したダか?と聞かれて、
もし、まだだと答えて、「消毒しておいたダよ」なんて事になったら、
ナンだか、困るなぁ。


ご主人はごく一般的な農業観をお持ちなので、
畑は耕運機でおこして、化学肥料を施して、農薬を使用する、とお考えなのだ。


私は一般的ではなく、変態的なので、
畑はおこしたくないし、化学肥料と農薬は勿論、ビニールマルチも使わないし、
キアゲハの幼虫やカエルと戯れる楽園を目指している。


どうなることか分からないが、
とりあえず夫に本宅から棒を持ってきてもらった。

夫に水を持ってもらい、私は苗と棒を持って畑へ向かった。

検討した結果、幅広の畝に二列レタスを植えてある、
畝幅の真ん中が適当であろう、という事になった。

棒の立て方で夫と意見が割れたが、
もし倒れても直しに来るのは私なので、私の考えの立て方にした。


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畑が立体的になった。

これだけで、とてもちゃんとした感じに見える気がする。


この日は大変暑くなった日だった。


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雨が上がった後で、いくつもの芽が出ていたが、
まだびくともしていない畝もあった。

だが、毎日行く度に、ジャガイモが芽を出していたり、
今日は、サラダごぼうが芽を出しているのを見つけた。


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アパートの窓辺では、クコの鉢植えの枝の途中に設置しておいた、
拾ってきたカマキリの卵が孵っていた。

わくわくする季節の始まりだ。


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2009年05月11日

欲張りな女

雨に打たれたライラックが、頭を垂れて風に重たそうに揺れていた。

雨は15分から20分置きに断続的に強弱を繰り返して降っていて、
暫く止みそうに無かった。

もしかして、少しだけ雨が降るかもしれないと感じて、
旅行鞄にいつも入れてある三段に折り畳めるとても小さな傘を持って出ていた。

この傘を持って出ていなかったら、
雨が降り出した時点で踵を返した筈だった。

朝、雲の隙間から少しだけ陽が射した。

火曜日からもう三日間も雨が降ったのだ。
今日はさすがにもう晴れるだろうと、洗濯をしてしまっていた。

夫が急いで出掛けたそうにしていたけれど、
郵便局まで少し遠回りだけど送ってくれる、と言う。

だが、洗濯物を干してから出掛けたいから、と、
夫には先に出掛けてもらった。



木曜日の晩に、ふとオークションを見てみたら、
カザルスの弾くバッハの無伴奏チェロ組曲のCDを見つけた。

以前、ミッシャ・マイスキーのものを持っていたのだけれど、
人に貸して返ってこなかった。

また買おうとは思っていたけれど、今度はカザルスにしてみるか。

夫に頼んで落札してもらった。


何種類か振込みの方法があったが、
都銀はこの辺りには無いので、コンビニから振込みすると結構手数料がかかる。

郵便局にしよう。

明日、郵便局からお振込みを致します、と申し上げておいた。

明日を逃すと月曜振込みになる。

明日13時までに振り込んで、なるべく早くに発送してもらいたいと思った。



ちゃんと晴れてから洗濯物を干すのがベストではあったけれど、
晴れ上がるのを待っていては、遅くなってしまう。

見切り発車して、洗濯物を干して出掛けた。

だが、ほんの5分も歩いた所で、ぽつぽつと雨が降り出した。

洗濯物も気になったけれど、私が一番に優先したのは、振込みだった。

早くカザルスが聴きたかったのだ。



しかし、中継地点のスーパーマーケットに着く前に、
既に靴には水が入り、一足毎にブクッチャブクッチャと音を立てていた。


洗濯物を干そうと欲張らないで、夫が出掛けた時に送ってもらえば、
うんと早くに用を足せて、雨が降り出す頃には帰宅できたんじゃないだろうか。

そもそも、早くカザルスを聴きたいと欲張って、
天気も分からないのに、明日振り込みますと答えた私がいけなかった。

この、大好きな靴がブクッチャブクッチャ言う事になってしまったのは、
私の欲張りの結果なのだ。


東京のウチなら、こんな事にはならない。

西荻のウチには、ゴムの靴があるし、とても大きな男性用の傘を使っている。

長野のウチには、そもそも雨の日に出掛ける想定が無いのだ。

夫がくれたビニール傘が一つあるけれど、
あれでは私の三段折り畳みの傘とどっこいどっこいであろう。



中継地点のスーパーマーケットで雨宿りしながら、
夫に電話してみたけれど、不動産屋さんでお話をしている所だと言う。


うん、あのね。
こっち、すごい雨が降ってきたんだよ。
お話中にゴメンね。 切るね。


仕方ないので、買い物をした。

帰りに寄ろうと思っていたのだが、もしこれ以上雨が強くなったら、
これはタクシーを呼ぶしかないかもしれない、とちらっと思った。


けれど、買い物を済ませて表を見ると、
雨は信じられないほど小降りになっている。

よし、郵便局だ。

まだ10分は歩かなければならない。


一応傘をさしておこうか、といった程度の降りだったのが、
暫くするとまた強い降りになってきた。

雨は、どうやら強弱を繰り返しているようだった。

次の本降りになる前に、郵便局に駆け込むことができた。



郵便局の軒先で雨宿りをしながら考えてみた。

どうやら、雨は15分から20分置きに強弱を繰り返しているようだ。

郵便局からウチまでは徒歩最高速で30分近くかかる。

今度、雨が峠を越して小降りになりかかったら勝負にでるのだ。


オークションで安く買う事ができたCDの代金の振込みの為に出掛けて、
タクシーを使う羽目になったりしたら、本末転倒である。

私の雨の読みは当たり、本降りになりかけたぎりぎりの所で帰宅できた。


雨に濡れてしまった洗濯物を取り込んで、
じっとりと濡れて冷たくなった靴下を取り替えた。

私の欲張りの所為で、大切な靴を濡らしてしまった。

適度な欲は、生活を楽しくしたり、やる気を喚起するので大いに結構であろう。

今回は結果として、少々自分の欲の適度な範囲を超えてしまったようだ。

夜になって、夫に不動産屋さんとのお話中につまらない事で電話した事を
謝ったら、夫は風邪をひかなかったかと心配してくれた。

自分の欲張りを反省した。








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2009年05月07日

プロジェクト 「起承転結」の後に続く事

プロジェクトは、既に終わっている。


だがそれは、夫と私にとって、終わったのであって、
入居者さんにとっては、これからがあの物件での生活の始まりなのだ。



私が最後までどうしようか迷っていたのは、
カーテンを私が付けておくかどうか、という事だった。


ホームセンターで売っている、
ありきたりなレースのカーテンを付ける積りは無かった。

吉祥寺のコットンフィールドでとても私好みの外国製のカーテンを売っている。

アパートの私のウチにも、買ってきて作り、かけてある。

私が付けたカーテンは、レースを二種類と、スペイン製のテキスタイルと、
綿縮緬に遮光生地を裏打ちしたカーテンだ。



私は、コレ、という気に入った生地に決めるまでは、
カーテンを付けなかった。


当時は1階に住んでいたので、窓の向こうは駐車場だった。

カーテンが無ければ丸見え、という所だ。

だが、私は、大嫌いな押入れの襖を二間分外してあったし、
ダイニングから六畳の個室に入る引き違い戸と、隣の部屋との間の引き違い戸も
外してあった。

この外してある戸を、毎日夕方になると駐車場に面した窓に立てかけた。

部屋の内側にある雨戸みたいな感じだ。

とりあえずホームセンターで適当なカーテンを買ってきて目隠ししよう、
とは全く考えていなかった。

気に入るカーテンを手に入れるまでは、無しで過ごす、という私の考えに、
夫は呆れかえっていた。



プロジェクト物件にカーテンを付ける事を検討していて思ったのは、
入居者さんが付いているカーテンをどう思うだろう、という事だった。


とりあえず、付いていればナンでもイイや、と思う方は、
この物件は選ばないのではないか、と思った。


逆に、素敵なカーテンが付いていれば、
物件が更に素敵に映るだろう、とも考えた。


実際には、考えている間に、入居が決まった。



カーテンの他にも、できたら良かった、と思っている事があった。

長野では、冬季にタイヤを換えるので、タイヤ置き場があると親切なのだ。

だが、これも、予算の関係で実現しなかった。



入居したのは、友人の弟さんだ。

彼は、元が古い物件である、という事を理解して、
慈しみながらこれからも育てていこう、という考えのようだ。

タイヤ置き場は勿論、作業スペース等も、
物件の外観を損ねないようにいずれ作り足したいと仰っていた。



プロジェクトは、既に終わっている。

起承転結した後に続くのは、入居者さんと物件の未来への歩みなのだ。


家族で庭を作ったり、柱に背丈を刻んだり、
幸せな時間を積み重ねて行って欲しいと願っている。


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プロジェクトの記念に、持ち帰ったギボウシの小さな株がやっと芽吹いた。


裏庭にあった大きな株は、もみじの木の下と玄関脇の鉢植えに移した。

とても小さな株は、私が持ち帰り、
アパートの窓辺と、東京にも持って行き、鉢植えにした。

楽しかったプロジェクトの思い出と、
物件と入居者さんへの感謝の気持ちを忘れずにいたいと思う。


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2009年05月06日

ひつじ的連休の正しい過ごし方 その3

ひつじ的連休の正しい過ごし方。

のっけからナンではあるが、
ひつじには、毎日がお休みのようなモノなのだ。

私は、そういう生き方を第二の人生として選択したからだ。

だが、それでも連休という事になると、少々事情が違う。

連休にしか無いモノ、があるからだ。


それは、遠くから訪ねて来てくれるどなたかの連休的時間の過ごし方であったり、
連休の間だけ開催される催し物だったりする。


連休の間だけ開催される催し物、と言ったら、
益子の陶器市だ。

昨年は、春の陶器市には電車で一人で出掛けたが、
秋の陶器市は行かなかった。

暫く前から行く気満々で、友人に陶器市に行くのだと話していたら、
東京の友人が行くと言う。

直前までああでもないこうでもないと話し合い、
こちらは月曜日当日に車で向かい、友人は東京から電車で来る事になった。


陶器市に 出掛けるのに、新しいブラウスを着ていこうと思っていた。

犬の洋服のオーダーが丁度切れているチャンスなのだ。

久しぶりに楽しく自分の服を作ろうと思っていた。


それなのに、話はそう簡単には行かなかった。


少し前から、アパートのゴミ置き場が野良猫に荒らされる事があった。

とうとう、野良猫だけではなくカラスもゴミを散らかしていた。

随分前に一度夫に提案してそのままになっていた、
有害鳥獣対策ネットを設置しなければならない、という事になった。


ホームセンターに行き、ネットの切り売りがあるのを確認した。

だが、ネットは2メートル幅だ。

ゴミ置き場の囲いの幅は、2・2メートルだと夫が言う。

2メートル幅のネットと1メートル幅のネットを買って、
後は私がナンとかするから、と言って3メートルづつ2種類のネットを買った。

二つのネットを連結させる為に使う紐と、
ネットの端に付ける棒も買った。


その日は、夫は本宅に帰って行った。

一人になって考えた。

この有害鳥獣対策ネットが仕上がらないと、出掛けられないぞ。

ブラウスを作っている場合ではない。

ネットの製作が先だ。


夜なべはしなかったが、かなり頑張ったので翌日の日曜日の午後には仕上がった。

ゴミ置き場に設置しておいた。

夫が来て、買って来たネットがもう出来上がって設置されているのを見て
大変驚いていた。

早く仕上げて、自分のブラウスを作りたかったのだ。


だが、結果から言うと、ブラウスは間に合わなかった。

月曜日の朝の七時に出掛けよう、という計画だったので、
前の晩に翌朝車の中で食べるサンドイッチを作らなければならなかった。

タマゴと、ポテトと、ハムチーズのサンドイッチにした。

途中まで往生際が悪く、ブラウスを作っていた。

夕飯は、多めに作ったポテトと余ったハムだった。

でも、もう本当に間に合わないのだ、と認めて、
残念であったが、ブラウスを仕上げる事は断念した。


明日益子へ向かうのに、夫と代わりばんこに運転するのだ。

しかもいつもよりも早起きまでするのだ。

いつまでももたもたしていないで、きっぱり諦めて寝なければいけない。


月曜日は少し曇っていて、陶器市を見るのには適度な日和だった。

高速道路も、長野から益子への横移動は殆ど混んではいなかった。

東京から来る友人が、二人から一人に減ったのは残念であったが、
陶器市は秋もあるので、また来る機会はあるだろう。

大変な人出で賑わう中を、一番奥の「陶芸広場」から駅まで歩いた。


私一人であったら、親しくお話をさせて頂く方に少しご挨拶をしながら
さらっと見て帰るのだが、
やってきた友人は、陶器市が初めてであったので、
それはそれはじっくりと見て廻っていた。

夫と二人で共販センターのタヌキの写真まで撮っていた。


益子からは三人で車に乗り東京に向かった。

途中常磐道がのろのろ運転の箇所があったが、
ラジオの交通情報で聞く他の高速の渋滞に比べれば楽なモノで、
暫く行った先からは渋滞は無く、かなり調子良く帰宅できた。


火曜日は、弱い雨が降ったり止んだりする中を、
三郷のイケアに行き、買い物をしてから長野に向かった。

イケアから上里まで私が運転をして、上里からは夫が運転した。

陶器市に来た友人は、私と夫が代わりばんこに運転するのだと話したら、
ラリーで代わりばんこに運転しているみたいだ、とスゴイ事を言っていた。


連休最終日である今日は、たっぷりと雨が降っていた。

私は、やっとブラウスを仕上げる事ができた。


犬の洋服屋さんからオーダーの連絡が入った。

明日からはまたオーダー仕事が始まるのだ。


連休中に東京に来るのだったら、バナナケーキの作り方教えてって
ホームパーティーの常連の友人からメールが来ていたけれど、
ちょっと時間が取れなかったなぁ。


今年の連休で一番美味しかったのは、昨夜の夜のお食事だ。

夫が佐久のSINに行こう、と言ってくれた。

夜のお食事にSINに行くのはとても久しぶりだった。

お腹が空いていたので、写真に撮るのを忘れてミネストローネは食べてしまった。

温野菜のサラダと、夫は真ダコのトマトスパゲティ、
私は海の幸の生トマトソースのタリオリーニ(生パスタ)と、
メインには豚のロースのグリルにした。

美味しいものを夫と一緒に楽しく頂けたのが、
連休中で一番嬉しかった事だ。


連休という特別期間は終わった。

明日は気持ち良く晴れるだろうか。

さっぱりと洗濯をして、畑を見に行き、次のオーダー仕事にとりかかろう。




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ひつじ的連休の正しい過ごし方 その2

ひつじ的連休の正しい過ごし方。

のっけからナンではあるが、
ひつじには、毎日がお休みのようなモノなのだ。

私は、そういう生き方を第二の人生として選択したからだ。

だが、それでも連休という事になると、少々事情が違う。

連休にしか無いモノ、があるからだ。


それは、遠くから訪ねて来てくれるどなたかの連休的時間の過ごし方であったり、
連休の間だけ開催される催し物だったりする。



暫く前にホームセンターで野菜の苗を買ってあった。
だが、どうにも腰が痛くて、畑に行く事ができないでいた。

連休初日の雨は、それはたっぷりと降り続いた。

あぁあ、この雨降りの前に苗や種を植えておけたらよかったのになぁ。

腰の痛みが少し良くなったので、夫の協力を仰いで畑に行く事にした。


今年は、昨年の反省もあり、ナスとオクラは止める事にした。

ナスには水が足りなくて、オクラには地温が足りないようであった。

それもこれも、私がビニールマルチをしない所為であるのは分かっている。

だが、今年もビニールマルチはしない。

昨年とても良くできた、ピーマンやトウガラシを沢山植えよう。


ピーマンを3本、鷹の爪を5本、パプリカを赤黄オレンジを各1本、
ズッキーニを1本、小玉スイカを1本、パセリを2株、ジャガイモを2キロ。

そして、種も沢山植えた。

サラダごぼう、大根、レタス、ニンジン、ロケット、バジル、シソ、
セージにラベンダーローズマリーにコリアンダーにはつか大根。


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せっかくあった筈の畝を「ホジクり屋さん」におこされてしまったので、
また畝を立て直した。

夫が私の何倍もの速さで格好良く畝を立てて、一息入れている間に、
私がとろとろと要領悪く畝を立てる。

寝転んでいた夫は、いつの間にか起き上がって、
違う違う、もっと思い切って鍬を入れて、脇に土を跳ね上げるダよ。

こうかな?
うん、まぁヨシ。

苗は二人で植えたのだが、種は夫々で蒔いた。


私がスジを付けて種を混まないように植えている間に、
夫は向こうの畝で適当にばら蒔き植えをしていた。

だが、後から尋ねたら、何をどこに植えたか忘れた、と言う。

やれやれ。

夫は自分で、芽が出れば何を植えたか分かるから大丈夫、
等と言ってフォローしていた。


レタスって、苗しか植えた事無いダよ、と夫が言う。

そう? でも、レタスの種、210円だったんだよ。
種の方がずっと安いじゃない?


欲張って、通路が狭い程に畝を立てたのだが、
何もかも全てを植えるには、かなり工夫が必要であった。


とにもかくにも、一応全ての種類を植える事ができた。

まだ、ニンジンとはつか大根とレタスの種がある。
追々植えようと思っている。


植えた次の日からは、腰が少々痛くてもそんな事は言っていられなかった。

水を入れたジョウロとバケツを持って、畑とウチを往復した。

焼け石に水、砂漠に水を蒔く、
そんな言葉が頭の中に浮かんだ。

向こうの果樹園には、リンゴの花が咲いていて、作業をしている方が見えた。

きっと、ジョウロとバケツを持って往復している私の姿もよく見えただろう。


月曜火曜と出掛けたので、畑はからからになっていただろうと思う。

ニンジンは発芽するまでお水をあげて、と種の袋に書いてあるんだよなぁ。

悪いけれど、二日間我慢してもらうしかない。


だが、皆さんに我慢してもらうのは、一日だけ、だったようだ。

昨日の午後にはこちらも雨が降り出したと思う。

東京は朝から弱い雨が降ったり止んだりしていた。

そして次第に強い雨降りになった。


今日は終日雨降りだった。

連休は雨降りに始まって、雨降りに終わった。


明日は、眩しい程のお天気であろう。
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ひつじ的連休の正しい過ごし方

ひつじ的連休の正しい過ごし方。

のっけからナンではあるが、
ひつじには、毎日がお休みのようなモノなのだ。

私は、そういう生き方を第二の人生として選択したからだ。

だが、それでも連休という事になると、少々事情が違う。

連休にしか無いモノ、があるからだ。


それは、遠くから訪ねて来てくれるどなたかの連休的時間の過ごし方であったり、
連休の間だけ開催される催し物だったりする。


三年前の連休には、神奈川から二人の方がみえた。
確か駒ヶ根で待ち合わせをして、ダチョウ料理を頂いたあとで上田まで移動して、
上田ではジャイプールでインド料理を頂いて、
次の日は、軽井沢に向かい、ドライブしながら面白い別荘を見て周り、
お昼は川上庵でお蕎麦を頂いて、夕方は然林庵でお茶、夜はイタリアン
最終日のお昼は軽井沢の榮林で中華を頂いて夕方にお帰りになったと思う。

あの三日間はジェットコースターみたいだった。

あれは、考えたら、連休の直前であったか。


今年の連休の直前には、夫と二人で木曽へ出掛けた。

妹の旦那さんの外人ファミリーの妹が、三週間来日していた。
お土産を頂いたので、お返しに木曽で塗りのお箸を買おうと思った。

せっかくあちら方面へ出掛ける機会なので、
夫に諏訪も廻って行けないか聞いてみた。

諏訪大社の上社前宮に行きたいのだ。

先ず前宮に行き、お昼を食べてから木曽に向かう、という案に決まった。


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他の三つに比べると小振りな前宮であるが、
とても清々しく、しかもものすごく素敵な清流が流れている。

何回も同じ場所を訪れたがる私を夫は少々呆れているが、
出雲大社や諏訪大社や香取神宮など、機会を作って何度も伺いたい神社がある。


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前宮の神様のお母様の神社だと、本宮の神主さんが教えてくれた神社にも
お伺いするのを忘れない。


諏訪湖の湖畔でお昼を頂いて、
私がうとうとしている間に権兵衛トンネルを抜けて、奈良井に着いた。

平沢まではすぐだ。

平沢の好きなお店を一軒見てから、道の駅でお茶をして、
木曽でお箸を買うのに一番品揃えが良く値段が安い店に寄った。

私は指が長く手が大きい所為で、婦人用の箸では小さ過ぎる。

夫と同じ男性用の箸が丁度良いので、いつも同じモノを二膳買う。
今回は昼食用だ。

これで、朝食用の縞の箸、と夕食用の貝が嵌め込んであるきらきらした箸と、
昼食用の箸、と三膳揃った。



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こうして、夫と長野県内の一般道路を代わりばんこに運転していると、
峠道の走行が必ずある。

私は、自分の車を所有した事は無いが、
東京と行き来する道なら途中一度休憩を入れて、一人で往復する事ができる。

だが、今回痛感したのは、峠道の走行は一時間が限度だ、という事だ。

東京へ二時間半一人きりで運転する事は問題無いけれど、
峠道は一時間運転すると、交代して爆睡する事になるのだ。

夫は、運転を交代しても、ちっとも寝られやしない、と文句を言っていたが、
峠道の走行には、夫の優しい励ましの言葉が必要だ。


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この日は少し曇っていて、暑くならなくて楽だった。

次の日の土曜日は終日雨降りだった。

木曽への快適なドライブの後で、
雨降りで大型連休は始まった。

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2009年05月01日

ひつじの洋裁屋

東京から戻った後で、犬の洋服屋さんからオーダーがあったワンピース
一着仕上げて発送した。


ワンピースのパターンに少し変更を加える、との事で、
生地は既にこちらにあるけれど、一旦パターンを送り返した。


オーダーが久しぶりに切れた、という事だ。


チャンスだ、と思った。


ずっと前から生地を裁断したところで作業が止まっていたモノがあるのだ。

友人の「ミツバチぶんぶん」さんへのプレゼントだ。


何日間かしっかり集中して作業をして仕上げる事ができた。


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この「ミツバチ」テープを見つけた時に、
ぶんぶんさんにプレゼントするモノに付けようと思って買っておいたのだ。

私は自分の服にはこういうラブリーなアイテムは付けないけれど、
「ミツバチぶんぶん」さんには似合いそうだ、と思ったので、
いつか何かに付けようと狙っていた。

自分には似合わなくても、こういうラブリーなモノを扱うのは、
かなり楽しい気分になって、作っている私も嬉しかった。

早く送らなければ、と思っている。



オーダーは、まだ来ない。


チャンスだ。


次に作ったのは、夫のシャツだ。

これも、作りかけのまま暫くハンガーにかかっていた。


かなり前に、新しいシャツの本を買ってあった。

昨年の秋に、初めてこの本でシャツを作ってみた。


この、新しいパターンでのシャツ作りは、挑戦であった。

今まで、多分30枚前後は作ってきたパターンは、
全くの素人向けであったのだ、と痛感した。


グレー系の、コードレーンという細い縞の生地で最初の一枚を作った。

夫はとても喜んでくれたが、どうも、ちょっとサイズが大きかった。

次はMサイズで作り直しだ、と思い、Mサイズのパターンを写し直した。


今度は、綿麻の紫がかった薄茶色の生地を使った。

ボタンは前回は白の蝶貝だったけれど、
今回は茶の蝶貝の4つ穴タイプにした。

そして、今回は更に、ボタンホールは手縫いにする事にした。


このシャツは、確か、年末のバイトに東京に出掛ける前に仕上げる事が出来ず、
それ以来手を付けていないモノだったと思う。

いくつかのボタンホールを縫って、そのままハンガーにかかっていて、
そういう中途半端な状態で目に付く所に在るのは、かなり目障りだった。


そういう中途半端なモノが待機しているウチは、
自分のモノを楽しい気分で作る事はできない。


夫も、いつの間にか「いつ出来るの?」と言わなくなっていた。

よし、今日仕上げるぞ、と思った。


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ボタンホールを手縫いするのは、気分がノッている時にしている。

犬の洋服でも、オーバーオールを作った時に、山吹色の太い糸で手縫いした。


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私はこうした手仕事が結構好きだ。

ボタンホールや千鳥掛け等のこつこつとした繰り返しが作る、
連続したラインが気に入っている。


ボタンホールは、コンピューターミシンで出来るので、
手縫いするのは、自己満足のようなモノではある。

私は、学校には行かずに本だけで見よう見まねで作ってきたけれど、
一応、買って来たモノに見える、と言って頂けるようになった。

買ったようにしか見えない、というのも、ナンとなく寂しいので、
「手」仕事もしたい、という気持ちなのかもしれない。


Mサイズは、夫にぴったりだった。

シャツの本と同じ方の、コートの本、というのも買ってある。

ステンカラーのコートに挑戦しよう、と目論んでいる。



まだ、オーダーは来ない。

チャンスだ。

やっと自分のブラウスを作ろうと思う。


こないだ東京に行った時に、久しぶりに素敵な気分で4冊も作る本を買った。

ブラウスもイイけれど、ルームシューズも作りたいし、ワンピースもイイなぁ。

ひつじの洋裁屋は、生地を広げたり畳んだり楽しく妄想している。



posted by ひつじ at 19:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

ひつじの床屋 

本日、プロジェクト物件の賃貸契約が結ばれた。

最後に庭を少し片付けて、夫が草刈機でざぁっと草を刈った。

本宅から軽トラに草刈機を積んで来た夫は、
私の住むアパート駐車場の草刈もしてくれた。

少々風邪気味の夫は、上田のアパートまで草刈に行く気力が無くなったと言って、
そのまま私のウチで夕方のお茶を飲んで休んでいた。


昨日から季節が逆戻りしたように肌寒くなった。

夫は、お風呂に入りたい、と言い出した。


本当は温泉に行きたい気持ちなのは分かっていた。

だが、今朝からどうにも腰が痛く、余り身動きが取れない私を気遣って、
ウチでお風呂に入ろうと言ってくれる。


ホントは温泉に行きたいんだよね。
気遣ってくれてありがとう。

そうだ、お風呂に入る前に、髪切ろうよ。


暫く夫の散髪をしていなかった。

夫と付き合いだしてから、散髪は私がしている。

私は、ビューエルに乗っている西荻の美容師さんに切ってもらっている。
高校生の時からずっとこの方一人だけだ。


このあいだ東京に行く前に散髪をしようという話はあったのだが、
結局しないまま東京に行き、セミナーに行ったりしてしまった。

今日は切ろうね。


散髪をする時は、小一時間は時間を見て、
新聞紙6枚を少しづつ重ねて敷いて真ん中にスツールを置く。

そして、散髪用の白いカッパみたいなモノを羽織る。

これは、私がビューエルの美容師さんから頂いたモノだ。

夫の散髪をするのだ、と話したら、使うでしょ?とくれたのだ。


右の耳の辺りから切り始めて、側頭が済んだら、
左の耳の辺りから左側頭を攻める。

そして、後頭部の髪を切るのだが、一気には切らない。

後頭部の出っ張りの辺り直径5cm程を必ず切り残すのだ。


一応、夫にお伺いを立てる。

ねぇ、今日はココ残す?

もしかしたら、今日は後頭部の髪を伸ばしたい気分かもしれない。

二ヶ月か三ヶ月伸ばしたら、ゴム紐で縛れるようになるかもしれない。


夫は手を伸ばして切り残された髪を触りながら、
せっかくだけど、やっぱり切ってもらおうかな、と言う。


今日は切らないでとっておこうか? 
「薔薇の名前」っていう映画に出てきた昔の外国の僧侶みたいだよ。


夫は、せっかくだけど、切ってもらうよ、と言う。

遠慮しないでイイんだよ、とっておきたいんじゃないの?
と聞いても、いいよ、切ってもらうよ、と言う。


そう? じゃあ、切るよ。
でも、今度、伸ばしたかったら言ってね。


この、映画に出てくる昔の外国の僧侶みたいな髪型を見るのが楽しみだ。

モヒカン刈りみたいに、上から下まで残しても面白いかもしれない。


もしも、夫が何か、私が理不尽に感じるような事をしたりしたら、
散髪した時に、昔の僧侶かモヒカンに切り残してやろうと思っている。

夫にも、ちゃんとそう言ってある。


この切り残しの格好のままどこか行ったら可笑しいだろうねぇ。

美容院に行って、妻に切り残されたのでココ切って下さい、
っていうのも、ちょっとカッコ悪いよねぇ。


夫は、私が本当はそんな事はしない、と思っているので、
結構、余裕、といった顔で、うん、カッコ悪いねぇ、などと言っている。


ひつじの床屋は、この、昔の外国の僧侶かモヒカンみたいな頭にして、
ひと時髪の毛を弄ぶのが楽しみなのだ。


だが、もしも、夫が本当にモヒカンをゴム紐で結わえたいと言ったら、
否決して切り落とそうと思っている。



posted by ひつじ at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

不吉な電話 その後

あの不吉な電話が来たのは、丁度一ヶ月前の事だった。

だが、あの電話から4日後頃に、まだ後日談が続いたのだった。


4日も経てば、ホジクりも埋め戻されただろうと思い、
私は「ぼかしあえ」のバケツを持って畑へ向かった。

道路から私のお借りしている畑を横切った溝は埋め戻され、
畑よりも奥側の部分にまだ1メートル程の溝がそのままになっていた。

その脇に今さっきまで誰かが居たように、
工事用シャベルが突き立ててあった。


私のコンポストは、畑の南寄りの箇所にぽんと置いてあった。

だが、なぜか蓋が無い。


移動した時にきちんと閉めていなかった所為だろう。

私は今までに蓋が無くなっていた事なんて一度も無かった。


もし、見つからなかったら… と一瞬考えたけれど、
眼鏡をかけていなくても、道路向こうの果樹園に蓋が落ちているのが見えた。

きちんと閉めていなかった蓋が風で飛んだのだろう。
すぐに見つかって本当に良かった。


先日ニンジンを掘り起こした辺りにコンポストを据える事にした。


コンポストの裾が少しだけ土に埋まるように据えて、
ぼかしあえバケツの中身を空けた。


だが、次の日の朝に、また、不吉な電話がかかってきた。

勿論電話は、畑を貸して下さっているご主人からだ。


今度は一体ナンだというのだろう?


今度は、ナンと、私のコンポストを壊してしまった、というのだ。

ホジクりの業者さんだかが、コンポストを壊してしまったので弁償したい、と
ご主人に電話がきた、との事であった。


あの? 私、昨日のお昼頃に畑に行きましたけれど、
コンポストはナンともなかったですよ?


どうやら、私がコンポストを据えた後で、事件は起きたらしい。

思うに、コンポストが据えられているのに無理に動かそうとして
壊してしまったのだろう。

ホジクりの業者さんからご主人がお金を預かったので、
二軒もホームセンターを見て廻って少し大きかったけれど買ってきた、
とご主人が仰っていた。


ご主人には、大変な手間をかけさせてしまった事をお詫び申し上げて、
すぐに畑の様子を見に行った。


ご主人がちらっと言った一言が気になっていた。


ホジクりの業者さんが、ナンか、畑を起こしておいた、とか、
そんな事を言っていたから、と言うのだ。


畑の奥側の溝は埋め戻されていた。

そして、真新しい大きなコンポストが置かれていた。

私のコンポストの破壊箇所を確認した。

少し深めに据えればそう問題も無いだろうと判断した。

それにしても、昨日せっかく入れたぼかしあえが、
コンポストだけ移動されて白日の下に晒されていた。

どうして、ぼかしあえの上にすっぽり被せてくれないのだろうか?

このホジクり業者さんのやる事は、全く私と気が合わない、と思った。


ホジクりの業者さんは、わざわざ畑を起こしてくれたようだ。

大きな大きなため息が出てしまった。

畑は、起こさないで欲しかった。


重機で蹂躙されて気の毒に思っていたニンジンとホウレン草は、
跡形も無く、起こされた土に混ざってしまったらしかった。

踏みつけられて気の毒に思っていたけれど、
気の毒、を通り越してしまった。

せっかく冬を乗り越えたのに、人災にあってしまったのだ。


私がしようと思っているのは、
耕運機で畑を起こさないで野菜を作る「自然農」だ。

シーズンもビニールマルチは張らなかったし、化学肥料も施さなかった。

勿論、農薬も無しだ。
毎日イモ虫チェックをしたのだ。

耕運機が無ければできない農業、は、私の目指す所ではない。


だが、しかし、如何せんお借りしている畑だ。

私に主導権は無い。


不幸中の幸いは、玉葱には被害が及ばなかった事だった。

この辺りの方は、玉葱にもしっかりとマルチを張ってあるのに、
よく私のマルチを張っていない玉葱の列に気付いてくれた。



昨日は雨降りだった。

今日ようやく畑に行く事ができた。

久しぶりに長靴を履いて収獲バケツに鋏と小さなシャベルと草カキを入れて
畑に向かってかぽかぽ歩いていった。


起こされていない玉葱の列の周りがぺんぺん草だらけになっていた。

玉葱を数えるためにぺんぺん草を抜いた。

三割近く減ってしまったようだが、
マルチ無しでも玉葱は育っている。


二つに増えたコンポストを据え直そうと行ってみたら、
少しホジクり返されて根が出ているアスパラガスの株を見つけた。

アスパラガスは畑の奥寄りの端に植えた所為で難を逃れたのだろう。

ホジクり返された根に土をかけてあげた。


コンポストを据え直した向こうに奇妙な芽を見つけた。

私は胸を打たれた。

それは、プチヴェールの残骸だった。


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プチヴェールの残骸が、発根して芽を出していた。

植物の逞しい生命力には感動させられる。

今年の秋も、必ずプチヴェールを植えようと思う。

プチヴェールさん、どうもありがとう。

posted by ひつじ at 23:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

春の使者

10日程東京に行って帰ってきた。

長野はすっかり春になっていた。


出掛ける前は、東御では梅が咲いていた。

東京に行ったら、桜はもう終わっていた。


春、を実感できないでいた。


夫は、私と一緒に東京に行ってセミナーを聞いて、
先に一人で長野に戻っていた。

だが、プロジェクト現場でゴミを燃やそうとして、
竹を折ろうとした拍子に腰を痛めてしまった。

かなり長い事、車に乗れないほど苦しんだそうだ。


私が月曜日の晩に帰宅した時は、何とか運転はできるようになっていたので、
約束通り迎えに来てくれた。

本当は東御の私の部屋に、私が出掛けている間の植木鉢の水遣りに
来て欲しかったのだが、腰を痛めてからは来ていなかった。


植木の水遣りもだが、
他にも気になっている事があった。


東京のウチの庭を、黒アゲハ蝶が飛んでいた。


私が気なっていたのは、東御のウチの北側の部屋に置いてある
キアゲハのサナギだった。

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昨年の10月下旬に最後のキアゲハの幼虫がサナギになった。

そしてサナギのまま越冬したのだ。


サナギは北側の部屋の壁にかけておいた。

東京に出掛ける前に確認したが、全く変わりはないように見えた。


だが、東京で黒アゲハ蝶が飛んでいるのを見て心配になった。

夫が腰を痛める前に東御に行った時に、
植木鉢に水遣りをして、キアゲハのサナギの確認もしてくれた。

しかし、夫が腰を痛めてから、私が帰宅するまでに
既にかなり時間が経ってるのだ。


もしも、の事態に備えて、北側の部屋のドアは締め切っておいた。

帰宅して北側の部屋に行き、サナギを確認したら、
予想通り、サナギは空になっていた。


キアゲハは、すぐに見つかった。


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火曜日の朝に、日が差している東側の窓辺で撮影させてもらった。

あの、大きなウンチをしたり、激しく歩き回っていたのは、
もう半年も前の事なのだ。


美しい春の使者は、風に乗ってあっという間に遠くに飛び去って行った。


今年も私の畑のニンジンとパセリにぜひお越し願いたい。

posted by ひつじ at 19:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

羊歩しつつ進化変貌を重ねる その2

今日はバイトが休みだった。

新宿のオカダヤという洋裁材料の大きなお店に出掛けてきた。


家を出て歩いていると、後ろから自転車がやってきた。

7年程前に家の近くで引ったくりにあってから、
後ろから追い越して行くモノに敏感になった。


だが、後ろからやって来て追い越して行った自転車は、
子供を乗せる台を付けた主婦の方の自転車だった。

そして、その方は結構大きな鼻歌を歌っていた。


私も知っている曲だった。

昔、子供の頃に習ったヴァイオリンの曲だ。

モーツァルトかビヴァルディの曲だったと思う。


自転車はあっという間に去って行った。

でも、その曲は私の中に響き残り、私は暫くその曲を口ずさみながら歩いた。

勿論、小さな音量の鼻歌だ。



子供の頃、7〜8年、ヴァイオリンとピアノを習っていた。

習っていた時は、余り好きだとは思えなかった。


しかし、こうして大人になってから思い出すのは、当時の楽しかった事ばかりだ。


教室に行くと、美しいチェンバロが置いてあるホールでレッスンを受けた。
先生は、優しくて雰囲気のある美しい女性だった。


私は熱心な生徒とは言えなかったし、
レッスンを辞めた後は余りヴァイオリンを聴きたくなかった頃もあった。


だが、何年も何年も経ってみると、私はヴァイオリンを好きになった。

自分は聴く側の人間になったのだという事に、
やっとしっくりと収まれたからかと考えている。


時を経て、色々な事は変化していくけれど、
自分もまた変化していき、それを自分で気付く事ができると中々に面白い。


先日のセミナーの後の懇親会で、夫は皆さんから
「奥さんが不動産に理解があるだけじゃなくて手伝いまでしてくれてイイですね」
と言われていた。


ちょっと、違うんだけどなぁ。
退去後のお掃除嫌いだし、美味しいランチがあるからリフォームも行くんだし。

それに、今回のリノベーションプロジェクトは、特別なのだ。

私が見つけてきてやりたがったプロジェクトだからだ。


セミナーにしても、自分としては結構意外に感じている。

夫が講師としてお話をさせてもらうから聞きに来ないかと言われて、
顔を出してみて、それ以降お手伝いをさせて頂いている。

知らない方とお話をするのが苦手だったけれど、
楽しい事なのだと感じるようになった。

こうしてブログも書くようになり、
セミナーでお目にかかる方に「えっと、私もブログ書いているんです」
と小さな声だけれど自分から言ってみたりするようになった。


変わっていく私は、中々に面白い。


羊歩は、決して急がない。

また次のプロジェクトを検討しながらゆっくりと歩いて行く。



今回のプロジェクトは、特別なプロジェクトであった。

私が、自分でプロジェクトを運んで行きたいと思って携わったのだ。

今後もこうしたプロジェクトを積極的に作りたいと思っている。


私は、自分の畑を持ちたいという自分の内奥の野望だけではなく、
プロジェクトと言う作品を作り発表したいという野望も実現していく積もりだ。


自分が進化変貌をしていくというスィッチを押し、
羊歩ながら歩を進めていこうと決めたのだ。

変わっていく自分を楽しもうと思っている。


posted by ひつじ at 23:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

羊歩しつつ進化変貌を重ねる

牛歩、という言葉はある。

だが、私が自分に思うのは「羊歩」である。


牛歩に人が思うイメージは色々あるかもしれないけれど、
私が思う羊歩は、多分かなり違うモノである、と思っている。


私が思う羊歩とは、ほぼベジタリアンでありながら、紙幣も食しながら進む。

澄み渡った青空に、雲が浮かんでいるのを眺めながらのんびりだ。

時々歩みを止めながら、ちょっと考え事をしたりする。

イケアで見たガーデンチェアの事を思い出したり、
吉祥寺で見た無垢材の家具松本民芸家具を思い出したりする事もある。

プロジェクト現場に吉祥寺で素敵なカーテン生地を買おうかと思案してみたり、
ルームシューズの本を買ったから長野に帰ったら麻で作ってみようと思ったり。


もぐもぐが止まっていた事に気付いて、また咀嚼を始める。


次の事をまた考える。

セミナーのお手伝いに行った時に、もっとお役に立てる事は無かったかなぁ、
そんな事をあれこれ考えて、セミナーで聞いた言葉を思い出し、感慨に耽る。


また、もぐもぐが止まっていた事に気付いて咀嚼する。

或いは、美しい雲や花を見ながら、少し移動してみたりする。

羊歩は、決して急がない。



私が羊歩を始めたのは、第二の人生が始まってからだ。

何年か前に体調を崩し、まさか、という事態を我が事として想定した時に、
私の思考は第二の人生にシフトした。


知人の女性が癌で亡くなったのは、彼女が40歳の時であった。

私は、常に自分が自分の人生に正面から向かっているか問い続ける。

自分が幸せを感じているかを検証する、という事だ。

もっとお金があったら、という可能性を想定して考えるのではなく、
もっとお金が無かったとしてもやりたい事は、というような考え方だ。

もし、人生の限りが見えたとして、その時間内にやりたい事は、という事だ。



私は、決して急がないで歩きたい。

足元にアスパラガスの芽が伸びてきているのを見つけたり、
蟻が忙しそうに何か運びながら巣を出入りしているのを眺めたり、
トンビが高く舞いながら素敵な声で鳴くのを聞いたり、
陽が当たって暖かくなった石の上にすぱしっこいトカゲを見つけたり、
そういうものを楽しみながらゆっくりと歩くのだ。


そして、私は人と何かを分かち合う事が苦手な人間であるけれど、
何か少しでも暖かい気持ちを人と分かち合えるような方向を目指して
ゆっくりと進んで生きたいと願っている。



こうしてブログを書き始めて一年が経った。

書きたい事があっても更新できないでいる時があるけれど、
更新しなくてもご覧下さる方がいらっしゃる。

昔の記事を見て下さる方がいらっしゃると、
がっかりなさらなかったか気になる。


夫は、私が細かい事に気を病み過ぎると笑うけれど、
内容はともかくとして、せめて漢字の間違いはしないように気を付けたい。


ご覧下さっている皆様に、心からお礼を申し上げます。
どうもありがとうございます。

posted by ひつじ at 23:45| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする