2009年11月14日

揚げ物許可制度導入について

揚げ物許可制度の導入については、
以前から検討していた事項であった。

それがここに来て、一気に導入の運びとなったのには理由がある。


私が体調を崩し床に就くようになって以来、
夫が様々なモノを差し入れてくれた。

私が解熱剤を持ってきて欲しいと最初に頼んだ時は、
特に頼んでいなかったのにコンビニで海苔弁のような物を買ってきてくれた。

それ以降も、自分がこちらに泊まる時には、
夕飯のおかずにとスーパーお惣菜コーナーで何かしら買ってきてくれる。

私が頼んだ、豆腐や豆乳や卵や納豆やらもきちんと買ってくれるのだが、
夫がおかずにと購入するのは、それは必ず揚げ物なのであった。


ある時は、チキンカツと串に刺さったから揚げだったし、
またある時は、自分一人で食べる積りだったというから揚げのパックだった。


私は思い切って意見する事にした。


なぜ、毎度毎度揚げ物ばかりを買ってくるのか?

私が普段から揚げ物を余り食べないようにしているにも拘らず、
この床に伏せっている人間に揚げ物ばかりを買ってくるのはなぜなのか?

しかも、私はそう厳しくはしていないが、ダイエット中でもあるのだ。

一体どういう了見で揚げ物ばかりを買ってきているのだ?


夫の答えは、
お惣菜コーナーには、揚げ物しか無い、という事であった。

そして、おいら豚カツにしたいのにチキンカツにしているじゃないか、
と必死の反論をしてくる。


私が、アジの開きでも買ってくれば、焼くだけで食べられるじゃない?
と提案したのだが、
夫は、アジの開きなんて買ってきたら、焼かなきゃたべられないじゃないか、
と反論してきた。

夫の理屈では、焼かなきゃ食べられないようなモノを買ってきたら、
君が起きてこないとならないから、
君が起きてこなくても食べられるモノを買ってきた、という事だった。

やれやれ。
そういう理屈ですか。

夫に、お味噌汁を作って欲しいとお布団の中から頼んでみたら、
夫は、雷に打たれたような顔をしていた。

夫に、アジの開きを焼いて食べる事は求められないのだと分かった。


それにしても、お惣菜コーナーには本当に揚げ物しか無いのだろうか?


考えてみたが、夫がお惣菜コーナーと言っているのは、
店内の調理室で揚げた物を並べてあるコーナーであって、
全てのおかずがそのコーナーに集約されているというワケではなかった。

スーパーで出来合いのおかずを買ってくる、と言ったら、
餃子とか、豆腐と鳥ひき肉のハンバーグとか、他にもあるではないか。

夫は、そうだね、気付かなかった、と言う。


そこで私は言ったのだ。

これからは、揚げ物は許可制にするからね。



以前から肉食に関しては、申告制を導入していた。

私の目の届く範囲では、夫が食べた肉を私がカウントし、
私が見ていない所で夫が食べた肉については申告する、という事だ。

例えば、唐揚げを買ってきた夫に、
またお肉でしかも唐揚げ? 
あなた、こないだファミレスでステーキ食べてたわよね。
と言う風に、きちんとしたデータの下に夫を説得する。


夫がうるさがらずにちゃんと私の話を聞くのにはワケがある。

結局は、私が夫の健康と、夫が真剣に対策している髪の毛の存続について、
有効である方法を提案しているのを理解しているからだ。

ただ闇雲に揚げ物を敵視しているワケではないのだ。


それに、二度と食べてはいけない、というような極端な話ではないし、
一年に一度、お誕生日の時だけよ、と言っているワケでもない。

ただ、ナンとなく日常的に買ってきては食べる、という食生活を改めましょう、
と言っているだけなのだ。



私だって、揚げ物が大好きな子供時代があった。

母は、ロースは好まなかったので、
いつも脂身の少なく安い一口カツでよく豚カツを作ってくれた。

生姜とニンニクと醤油と酒の汁に浸して下味を付けた唐揚げはとても美味しく、
私は今でも時々作る唐揚げは、母の唐揚げが原点になっている。

コロッケも天ぷらも作るし、以前は春巻きやメンチカツも作った。

私にも人並みの揚げ物の歴史があったのだ。



だが、時代は変わった。

10年程前に、就いていた整体の先生の勧めで、
何年かの間、一切の油と肉から足を洗っていた頃があった。

暫くして勝手に油と肉を復活させたけれど、
一度体から抜いた油と肉は、以前と同じには私には馴染まなくなっていた。

それ以来、私はタマの楽しみ、という範囲を超えては肉を食さない。

動物性の脂肪をそれと認識しながら食すのは、
普段は牛乳と、少々頂くジャージーヨーグルトだけだ。

牛乳とヨーグルトは、無脂肪の物だと味気無く、
食べる楽しみに欠けるからだ。


だが、夫は違う。

一人でリフォームにどこかのアパートに出掛けると、
お昼に唐揚げ定食だとかを食べているのは分かっている。

そして、本宅での食事についても、何かしらおかずを購入している筈だ。

それは、決してお魚のおかずではない。

だが、夫が真剣に対策している髪の毛の存続に有効なのは蛋白質ではあっても、
排除しなければならないのは脂であるのだ。

更に、重要な問題は、夫の成長し続けているお腹だ。


私なりの知識でしかないのだが、
きちんと説明をすると夫は素直に話を聞いている。

揚げ物許可制度の導入については、
驚いた夫は泣きべそ顔になっていた。

だが、買ってきた唐揚げの脂っぽいもったりした衣よりも、
私の作る片栗粉のさくっとした衣の方が好きでしょう?という説得に、

うん、ひつじちゃんの唐揚げ最高、と納得してくれた。


posted by ひつじ at 23:06| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

ちょっと遠い世界、そして更に未踏の世界からの帰還

ちょっと遠い世界へ行ってきた。


まだ少し微熱があったが、以前から楽しみにしていた物件見学があったので、
茅野まで出掛けてきた。

初めてお目にかかる方もいらっしゃったし、
思ったよりも遅くまで話が弾んだ。

遠方よりえのっちさんがみえただけでなく、
今回は大シマさんという思いがけないゲストまでいらっしゃったのだ。

やはりちょっと無理をして伺って良かった、と思った。


20時を過ぎて解散し、帰路についた。

152号大門街道だ。


前に、木曽に行く時に茅野周りで行った時にここを通った。

茅野に入り、諏訪大社の前宮にお参りして、近くでランチをしてから木曽に向かった。

あの時は平日で交通量も多かったので、
私は後ろに沢山の車をつっかえさせてしまう事になってしまった。


ごく最近になって、夫からカーブにおけるハンドルの切り始めについて
レクチャーを受けた。

スキーで曲がる時も同じなんだよ、と言われた。

少々ではあるけれど、運転技術が向上したので、
隣に乗っている夫は乗り心地が良くなったようだ。


だが、今回は私が体調も万全ではないという理由で夫に運転してもらった。

おかげで私は夜なりに辺りを見回す余裕があった。


最初に目に飛び込んできたのは、カモシカだった。

カモシカが二頭、反対車線の路肩の向こうに居るのが見えた。

路肩でヒッチハイクでもしているような位置で、
何かを食べているように見えた。


カモシカ! カモシカだよ!

え〜そう? と夫は車を停める事無く走り過ぎた。

長野にはスキーをしに数え切れないくらい来ているが、
カモシカを見た事があるのはたった一度きりだった。

車に驚いたカモシカが木立の中に入っていく後姿の
巨大なお尻をよく憶えている。

あれは本当の真夜中であった。

だが、こんな時間でまだ少しは交通量もあるのに出没するのだ。

擦れ違った対向車に、この先にカモシカが居ますよ、と教えてあげたかった。


次に遭遇したのは、鹿だった。

今度は左手に赤い目が見えた。
そして、すぅっとした首と両側に広がる耳が見えた。 鹿だ。


ねぇ、鹿だよ! 鹿!

私はすっかり興奮してしまったが、夫は車を停めずに走り過ぎた。


次はキツネで、その次はまた鹿だった。


この際だから、猪や熊、まで行って欲しかったが、
最後のシメは、タヌキであった。

ちょっと出掛けてきただけなのに、
そこは野生の王国だったのだ。

興奮している私に、夫は、自分もこんなにいっぺんに見る事は無いよ、
鹿が増えすぎている、という事なんだなぁと言っていた。

程なく帰宅し、夫は本宅へ帰って行った。



翌日から、また私は具合が悪くなった。

ファミレスで皆さんとお話をしている間に、
空調の風が顔に当たっていた所為だろうと分かっていた。

アレで治りかけていた喉が完全にヤラレた。

本気で龍角散を頼りにしなければならない事態になってしまった。


そして、私は、とうとう未踏の世界まで体験した。

38度7分の世界だ。

余りの高熱に驚いて、夫に電話を掛けた。

夫は心配してくれたが、喉の炎症は龍角散のおかげで峠を越えていて、
げほげほ言う咳はかなり無くなっていた。

汗も随分出てきているので、悪い方向ではなかった。

これからそちらに行った方がいいのではないかと言ってくれる夫に、
辛い程でも無いから大丈夫だと答えた。

食事の支度をする力は無かったけれど、
少しマシな時に蒸かしておいたサツマイモがあったのでそれを食べた。

イヤ、正確には、お昼もそのサツマイモだった。

38度を越えても、何か食べられる自分は、スゴい、と感じた。



そして、私は、帰還した。

微熱でもなければ、獣も居ない、いつもの世界に帰還したのだ。


一晩中大変な量の汗をかいた。

恐らく2時間置き位に、二枚重ねのTシャツを替えた。

起きる度に、ポットに入れてある少し塩を入れたお湯を飲んだ。


残念ながら洗濯をしようと思えない雨降りのお天気だ。

でも、久しぶりにいつもの世界に帰還し、いつもの朝ご飯にする事ができた。

お豆腐とワカメのお味噌汁に玄米ご飯と、納豆と卵だ。

いつものように、お味噌汁にはおろし生姜と玉葱の皮の粉末とすりゴマを入れた。


いつもの朝ご飯が、体の隅々までぽかぽかと行き渡るのを感じた。


いつもの世界は、何て幸せなんだろうと思った。



野生の王国は、それは素晴らしいけれど、
それは、向こう側、であって、
お互いの共存ラインを意識しながら共栄していくべきなのではないかと感じる。

そして、高熱の世界は、できたら縁遠くいたい世界だ。

夫が二回位「お医者に行くっていうもんじゃないか」と言ったけれど、
私は病院に行く事は全く考えなかった。

10年にいっぺん位、高熱の世界に行く、というのは、
それはそれで人並みなのかもしれない、と感じた。



午後から夫がやってきて、お昼にウドンを食べたい、と言った。

ウドンを作って、食後にコーヒーを淹れてあげた。

そして夫は「おいら、ちょっとダルい」と言って寝ている。


遠い世界から帰還したら、早速いつもの世界だ。

posted by ひつじ at 16:38| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

遠い世界からの帰還

今頃夫は、
きっとピンクがかった肌を撫でて戯れている頃だと分かっていた。

悔しかった。

しかし、仕方なかった。

私は遠い世界へ来ていた。



当初の予定は、夫は午前中早い時間から催し物のお手伝いに出掛けて行き、
そこへ適度な頃合に私が電車に乗って訪ねる、というものだった。

そして、ランチは私の好きなイタリアンのSINで、
久しぶりに鹿肉のラグーソースの手打ちパスタにしたいなぁと
勝手に決めていた。

そして更に午後からは別の催し物会場に移動する積りであった。


だが、その朝、目覚めてすぐに、
計画の中止を認めないワケにはいかなかった。

私は既に遠い世界へと来ていた。



遠い世界。

それは、発熱、という世界だ。

私は滅多に発熱しないのに、
どうしてこのような特別な計画のある日に限って発熱するのだろうか。



これほどくっきりと発熱したのは10年程前以来だった。

金沢旅行に行こうとしていて、西荻で早朝に食事を済ませて出発した。

風邪気味だった私は、食事の後で風邪薬を飲んで出掛けたのだが、
金沢に到着して少し遅いお昼ご飯を食べた頃には、
朝飲んだ薬が切れてきていたらしく風邪がぶり返してきたのだ。


あの時は、今回よりも更に遠い世界まで行った。

38度5分の世界まで行ったのだ。

私の人生で最高峰の世界だった。

重力だって変わった。

横たわった私は、非情な重力によって指一本すら動かせなかった。

38度5分の世界は果てしなく遠い遠い世界だった。

二度と行きたくない。



今回は、38度1分の世界まで行ってきた。

余りに久しぶりの遠い世界に、
私はこのまま未踏の世界まで行く事があったりしたら、と不安になった。

夫は、私がそんな遠い世界に行っている事も知らずに、
ピンクの肌と戯れているのだ。


もし、このまま未踏の世界まで行く事があったりしたら、どうなるのだろうか?

38度5分であの重力の世界になるのだ。

39度を越えたりしたら、私は意識が混濁してくるかもしれない。


夫の携帯に電話したが出なかった。

夫は、ピンクの肌に夢中なのかもしれない。

きゃははは〜うふふ〜。
抱っこしたりして戯れているに違いない。


姉の携帯に電話した。

姉は薬剤師なので、発熱のパターンで季節性か新型か分かるかもしれないし、
これからどう対処すればいいのか教えてもらおうと思ったのだ。

それほど私は発熱しないのだ。

大体、風邪で病院に行った事が無いのだ。

姉が言うには、発熱には個人差があるので、分からない、という事だった。

だが、夫から本宅のお方様に私の風邪がうつるのを心配して、
私は夫にこちらに来ないように言ってあったのだが、
もしも、私の発熱が未踏の領域まで行く事を懸念しているなら、
解熱剤を買って持ってきてもらっておいた方が懸命だろうと言われた。


もう一度、夫に電話した。

今度はすぐに電話に出た。

もう帰宅している、と言う。 
さっきはバイクで移動中で聞こえなかったようだ。

私は、38度1分の世界まで行っている事を話した。

38度1分の世界では、重力は通常よりも軽く感じる程であるが、
38度5分の世界まで行くと、それは反転し、何倍もになるのだ。

朝電話で一度は風邪がうつるといけないから来ないでくれと言ったが、
事態は変わり、このまま未踏の世界まで行く可能性も出てきたと話した。

姉に言われたまま、夫に薬を買ってきてもらえないかと頼んだら、
既に解熱剤を購入してあると夫は言う。

ピンクの肌におぼれないで、
私が風邪で伏せっている事を気にかけていてくれたのだ。

嬉しかった。


暫く後で夫がやってきた。

これが今夜食べるお弁当で、こっちは明日用のパンで、
これは今日のお土産で、こっちはおやつのバウムクーヘンだよ。

葛根湯と龍角散とうがい薬を買ってきてくれた。


ねぇ、ピンク色だったんでしょ?
抱っこしなかったの?

抱っこできなかった。イヤがるんだよ。
でも、おいらの手を舐めたよ。


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あぁあ、一年に一度の催し物なのに、
今年も行く事ができなかった。

ピンクのあったかくってドキドキしている小さな体を、
来年こそは抱っこしに行きたい。


結果的には、38度1分が計測においては最高峰であった。

結局、苦しいほどの未踏の世界までは達しなかったので、
薬は一切飲まなかった。


私は、38度の遠い世界から帰還した。


だが、まだ夕方になると37度を越える。

今暫くの養生が必要なようだ。
posted by ひつじ at 21:33| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

私を考えさせてくれる出会い そのA

見知らぬ男性が声をかけてきた。


いや、正確には、何度か見かけていたのかもしれない。

だが、顔が分かる程の距離ではなかったし、言葉も交わしていないので、
見かけた本人かどうかは分からない。

その方は、少し離れた所の畑を使っている方だった。

いつも二人かそれ以上の人数で来ていて、
一人で来ているのは見ていなかったような気がしていた。

珍しくお一人でみえていた。


畑で一体ナンと言って声をかけてくるのだと夫が不思議そうにしている。

夫は、本宅近くの畑で何か頼まれた用をする事はあっても、
見知らぬ人から声をかけられるという事はまず無いのだろう。


畑で声をかけてくる、と言ったら、
「何を作っているんですか?」 これに尽きる。

いつもスーパーで見かけています、というのはあり得ないのだ。


男性は、いつもよりも近い所に居たので、
私からおはようございますと挨拶を申し上げたら近付いてきた。

そして、「何を作っているのか」というような事を言いながら
どんどん私の畑に入ってきたのだ。


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その辺りの畑を作っているのは、群馬から来ている人なのだと
私が畑をお借りしているご主人から聞いて知っていた。

その男性は、山の向こうでキャベツを作っているのだ、と
自己紹介をなさった。


何を作っているのか、と仰った言葉が、
この辺りの言葉とは少し違った。

この辺りの方だったら「何作ってるダ」という言い方になる。

私は丁度ニンジンの畝の前に居て、
その方は「あぁ、ニンジンか」と合点が行ったようだった。


私が家に何匹も居るキアゲハの幼虫に食べさせる為のニンジンの葉を
どの辺りから採取しようと思案していた、とは想像できないだろう。


コレは、もっと肥料をやらないとダメだよ、とのっけから言われた。

鶏糞なら安いから鶏糞をやるとイイのだと仰る。

私は曖昧に笑いながら、自分は肥料はやらないのだ、と答えた。


これが相手が畑をお借りしているご主人だったらこんな風には答えない。

ご主人は慣行農業を推奨していらっしゃるので、
私にも窒素燐酸カリの化学肥料をいつも薦めてくるのだ。

窒素燐酸カリの割合がこういうのがどこそこで売っているから、と
丁寧に教えて頂いた事があった。

そうですか、なるほど、というように相槌を打つだけで、
私はそういったお話には自分の意見を返さないようにしている。


だが、この男性相手に、自分の意見を返してみようと思った。


少しやり取りすると、この男性は何か気付いたようだった。

農薬も使わないけれど肥料もやらない、という私の畑は、
そういえば結構雑草も生えているし、
このヒトは変わっているのだと理解したようだった。

かなり長い事話し込んで、最後はプチヴェールのアブラムシまで見に行った。

よっぽど何かしようと思ったのだが、
やっと思いとどまっていたプチヴェールのアブラムシだった。

木酢液を薄めてかけてしまおうかとちょっと思ったのだ。

4つ植えたプチヴェールのウチの1つがものすごく集られていた。


男性は、一応「よく効いて安全性もかなり高い消毒液もあるよ」と言っていた。

だが、私は腹を括って天道虫にお願いする事に決めたのだ。


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男性は消毒消毒言わなかった。

消毒は効くけれど、益虫もやっつけちゃうからね、とだけ言った。

私がマゴマゴしないで自分のやり方を通しているのが分かったようだ。


その男性は最後に「もうすぐ寒くなって虫はみんな死ぬから」と言って
いた。

その通りで、あれから何日か経つが既に青虫の数が激減している。

もうすぐ青虫が凍り付いてヘンな色になって死ぬ季節になるのだ。


立場という枠の縛りが無い方を相手にして、
自分の意見をはっきりと返す事ができた。


あれから畑のあちこちで七星の天道虫を見つけると、
そうっと掬い取って一番やられているプチヴェールまで運んで行く。

天道虫はゴム手袋に掬い上げられて戸惑うのだが、
ぽとんと落とされたプチヴェールの頂で自分がご飯の真っ只中に居る事に気付く。

本当にすぐにアブラムシを食べ始めるのだ。


少し迷っていた自分であったけれど、
今回の事でまた一つ強い自分になれたと感じた。


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posted by ひつじ at 22:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

私を考えさせてくれる出会い

段々と寒くなってきている。

そして、冬が近付いている証拠に、
毎日それはよく眠っていて、すっきりと目覚める時刻が遅くなってきている。

もうすぐ冬眠の季節なのだ、と分かる。


最近二つのイベントに行ってきた。

一つはこの近くの広場でのイベントで、
もう一つは、栃木県の茂木ツインリンクでのバイクレース観戦だ。


イベントで、私を考えさせてくれる出会いがあった。

広場のイベントでは、日本蜜蜂を飼っている方とお話をする事ができた。

最近、普通に流通している蜂蜜は加熱殺菌してあって、
せっかくの酵母が死んでしまっている、というような事を読んでいたので、
そういった事も聞いてみる事ができた。

そして、毎年蜂がせっかく越冬する為に蓄えた蜜を
根こそぎ取り上げていないかも聞いてみた。


そして、蜂が二年蓄えた蜜を自然に滴り落ちる分だけ
瓶詰めした蜂蜜を譲って頂けた。

勿論対価はお支払いしたけれど、
それは、お金に換算できないモノなのではないかと思うのだ。

味見させて頂いた蜂蜜は、すっきりとした甘さで、口どけの良いものだった。


昨日は、夫と夫の友人と三人でサーキットに行ってきた。

夫のスキーの知り合いが出場していて、
少しだけ出資している夫に割安チケットを案内してくれたのだ。

私も結構好きな方だ。

サーキットは20年位前の鈴鹿8耐以来だった。

カストロールの香りと、バックファイアの刺激的な爆音。

堪らない刺激に魅せられる事になった。


あの若者は、ピットでにこやかに談笑していた直後に、
あの過剰な世界へと身を投じて行った。

ああいう生き方もあるのだ。


どちらも、自分がこれだと思う世界から目を逸らさない生き方だ。


自分が、これだと思う世界。

私には私の世界がある。

その事に気付けた事が、私の第一の幸運であったと感謝している。



posted by ひつじ at 21:56| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

個の力とその限界 そのA

個の力とその限界について思った。

力、とは、能力と言えるかもしれない。

色々な力、色々な能力について考えさせられた。



週末は、夫の本宅近くに出掛けてきた。

夫の友人であるスナイパー、ではなくハンターのデュークのお宅で飲み会があった。

デュークは、狩人なのだ。

飲み会は、猪やら熊やらの頭部の剥製の下で行われ、
焼肉のメインは、熊の心臓と鹿の舌と横隔膜と買ってきたマトンだった。

買ってきたのはマトンだけだ。

熊と鹿はデュークの獲物だ。

熊の心臓。

珍しいモノなので、せっかくだから私も食べてみた。

ひつじではなくて、熊になったかもしれない気がした。


夫はその晩は泊まれないと言っていたので、
飲み会終了後に私は一人で東御のウチまで運転して帰らなければならなかった。
お酒は飲む気が無いのでどうと言う事は無い。


ねぇねぇ、
帰り道の途中のナンとか観音とか言う辺りで熊が出た事あったよねぇ?

皆さんが口々に、アレはカモシカだったのだ、と言う。

カモシカってずんぐりしているから、
斜面に前足を掛けながら後ろを振り返るとよく熊に見間違われるんだよ。

そうか、カモシカだったのか。

でもさぁ、カモシカだって、もし車に向かってきたりぶつかったりしたら、
車も相当のダメージ受けるよね?

だが、それ程遅い時間にならなければ遭遇する事も無いだろうと言う。


デュークのお宅での飲み会は、22時頃にはお開きとなった。

そこから東御のウチまでは20分程かかる。

22時、東京なら、まだもう一軒行こうかな、という時間だ。

しかし、長野は一段と寒くなる季節だ。

東京に行って帰ってきた所為で、二段位一気に寒くなった気がする。

本宅の前で、夫におやすみなさいを言って、
東御に向かって一人の夜のドライブを始めた。


東御のウチの辺りに比べれば、アップダウンは少ししか無いけれど、
現れては消えていく集落の間には、かなりなS字コーナーが続く。

私は慎重に運転した。

車は殆ど通らなかった。

だが、カモシカはともかく、
もしかしてタヌキが飛び出してきて事故を起こす事だって有りうるのだ。

ヘンな所でコースアウトしたら、目も当てられない事になりそうだ。

そして、もしも、携帯が繋がらなかったりしたら、
一本道の前か後ろか、どちらが集落に近いか、私には分からないのだ。


私が用心深くなるのは、
車屋さんで仕事をしていた時に、一人っきりで困った経験があるからだろう。

まだ大丈夫だから運転するように言われて、
その車がガス欠ですぅっと止まった事があった。

山手通りの真ん中の車線で、冷却水漏れの所為でエンコして、
急病に間違われて救急車が来た事もあった。

一人っきりでも対処できたのは、
バッテリーの弱かったオペルが雨の日に出先でエンジンがかからなくなって、
用心に積んでいたブースターバッグを恐る恐る繋いでみて何とかなった時だけだ。

赤と黒を繋いでいたら、どうなったのだろう?


ガス欠の時は、たまたま車屋さんの近くの顔見知りのスタンドのお兄さんに、
かなり無理にお願いして助けてもらえた。

エンコの時は、事情が分かった救急隊員の方々が、
本来はしないのですが事故防止の為に、と路肩に車を押してくれた。

私一人で判断して対処できるような事は、全く微々たる事だけで、
困った事になった時は、既に私の能力を超えた事になっているのだ。




先週、東京から帰ってくる時に、私は、かなり怖い目にあった。

いつも高速バスに乗る東京の途中のバス停で、
雨宿りをしながら一人でバスを待っていた。

バスは定刻よりも遅れていた。

私はバスが遠くに見えてこないか、歩道に立ってバスが来る方を見ていた。


歩道の向こうから中年と思しき女性が歩いてきた。

時間と場所が違ったら、「ご機嫌な酔っ払い」に見えるような感じに、
手を「指揮棒を振るように」るんるんと振りながら歩いていた。

歩道は車が通れる位の幅があり、
たまたま他に一人も人も自転車も通っていない瞬間だった。


その女性は、私がバスを見ている方向から来たので、
勿論視界に入っていた。

けれど、歩道は広く、私は歩道の幅のかなり建物寄りに立っていた。

そして、言うまでも無く、
私はバスが見えてくるであろう彼方に視点を合わせていた。


「ぅぎゃおおっ!!」


擦れ違い様にその女性が私の顔30センチ以内に噛み付くように叫んだ。

恐怖に固まった私は、敵意に満ちた女性の視線を至近距離に感じた。

全くふざけてはいなかった。

その目は真剣だった。


私は、全く無防備にただ固まっていただけだった。

荷物を取り落とす事も無かったが、防御の構えもできなかった。


女性は敵意に満ちた視線と野犬のような表情のまま、
まだ何かを言いながら、次第に離れて行ったけれど、
30メートル程先で立ち止まり、何か叫びながら私の方を見ていた。


どうして、こんな時にバスは来ないのだろう?

私はバスが来る方と、逆側にいる女性を変わりばんこに見ながら恐怖の時を過ごした。


直にまた歩行者が通るようになったけれど、
女性はかなり長い事、そこから私を見ていた。


バスがやっと来た。

乗り込んだ高速バスがその女性が立っている所を通り過ぎても、
暫く胸が不安な動悸でざわついていた。

夫は、私が何かで遅れて、バスに乗り遅れたのではないかと心配していた。

だが、もし、女性が私を突き飛ばしていたりしたら、
どうなっていたか、それは、分からないのだ。

引ったくりの時も同じだったが、
もしかして、ぶすっとやられていたかもしれないのだ。

人生は、どこでいつ何があるか、分からないのだと思った。


空手のお稽古に行っていた時に、
一度だけ護身術のような事を教えてもらったことがあった。

だが、あれは、痴漢撃退法のようなモノだ。

今回のようなケースには該当しないし、
第一、私は全く固まってしまって防御の構えもできなかった。




一人の夜のドライブは、カモシカにもタヌキにも遭遇する事無く、
無事に東御のウチに到着する事ができた。

だが、危険は、どこに潜んでいるのかは分からないのだ。

常に運転は慎重にしようと思うし、
次回バスを待つ時は、誰が噛み付いてきても防御できるように
気を張らねばと思っている。
posted by ひつじ at 22:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

個の力とその限界 その@

個の力とその限界について思った。

力、とは、能力と言えるかもしれない。

色々な力、色々な能力について考えさせられた。


4、5日東京に行っていた。

以前から調子の悪かった携帯電話を、良い機会だから機種変更しようと思っていた。

機種変更しようと思っていたから、というワケでもないのだが、
出掛けてきて気付いたら、充電器を持ち忘れていた。

今回の東京は、誰とも会う約束をしていなかったので、
携帯が使用不可能になると致命的、という事は無い、筈であった。

しかし、充電器を忘れてきた事は、想像以上に不安な気持ちになるものだった。

大体、私は夫の携帯番号を覚えていないのだ。

勿論、非常時の主要な連絡先として、常に持ち歩いているリストに書いてある。

しかし、7年程前に引ったくりにあった時のように、
全ての持ち物を失ったとしたら、その時に頼りになるのは自分の記憶力だけなのだ。



引ったくりにあったのは、夜の11時半過ぎだった。

自宅から2分の所で引ったくりにあい現場検証をしていた私は、
警察の方に電話をお借りして自宅隣の父に電話をかけた。

こんな時間まで出歩いているからだ、家族の迷惑も考えろ、がちゃん。

出かかっていた涙も引っ込んだ。

誰も頼りにはできないのだ、と分かった。

警察署で調書を取っている間に、盗られた荷物の中の銀行のカードが気になった。

友人の電話番号を記憶していた。

恐らく12時半近かったと思うが、友人は電話に出てくれて、
カードを止める為の番号を調べてくれた。


結局、何日か後に、免許証と財布のお札1万円ちょっとと
祖母の形見の腕時計とクロスのボールペンと眼鏡が抜き取られた状態で、
携帯電話も通帳も保険証も家の鍵もそのままそっくり出てきた。


盗られた晩は、電話をして頼んでいたので父が私の家の鍵を開けておいてくれた。

そうでなかったら、私は家にも入れなかったのだ。

海外旅行をしている時の、パスポートの重要さは頭では理解している積りだ。

だが、自宅至近であっという何秒かの間に引ったくりにあった事でさえ、
個としての危機があり、その能力が試される事になるのだと悟った。



記憶力、という能力においての、顕著な衰えを認めない訳にはいかない。

メモってはいけない暗証番号はある方法で記憶しているが、
それ以外は全ての事をリストやメモにして持ち歩いている。

長野の自分の家の電話番号と郵便番号と住所のメモすら持ち歩いている。

出先でちょっと何かを宅配便で送ろうという時に困らないようにだ。


昔に覚えた事は忘れずにいるのに、
最近新しい事を覚えようとすると、それが覚えられない。

だが、これから先も、この能力の尻を叩きながら
ナンとかやっていかなければならないのだ。

脳、としての能力は、ダメージを受けるとサポートが働き出すというような、
素晴らしい働きをするらしい、という事をどこかで読んだ。

そして、刺激したり負荷をかけたりする事で、鍛える事もできそうである。

個としての能力の一つとして、もう少し鍛えていきたいと思っている。

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2009年10月01日

BREAKOUT

ブレイクアウト。

私のとても好きな曲だ。

歌っているのは、スィングアウトシスター。

歌詞の意味は、まぁ、分からないけれど、
そういうのはヌキにして、分からないなりに唯好きだという事だ。


若い時分に流行っていた頃は、よく耳にしていた。

当時から好きだったけれど、他にも心を揺さぶる曲があった様な気がする。

けれど、こうして今になって思い出すのはこの曲なのだ。

正確に言うと、今聞いても気分をアゲる曲なのだ。

時折ラジオ等で耳にしては、やはり好きだなぁ、と思っていた。

ふと、思って、オークションを覗いて見たら、
ベストアルバムが出ているのを見つけた。

早速夫に頼んで落札してもらった。

ミシン仕事をしながら聞くと捗ってイイものだ。


ブレイクアウト、とは、どういう意味で使う言葉なのだろうと思って調べてみた。

脱獄、だとか、強行突破、だとか、突然出現した吹き出物?などと書いてある。

まさか、吹き出物の歌、ではあるまい。

まぁ、イイや、と思った。


イイや、と思ったすぐ後に、
文字通り、ブレイクしてアウトしたモノを見る事になった。


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これは今年の私のペットのうちの一匹だ。

二番手なのに、一番手よりも早くブレイクアウトしてしまった。


最初は1ミリちょっとの小さな卵だった。

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卵からゴミみたいな幼虫が孵る。

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ゴミみたいだったのが、少しづつ大きくなる。

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そして十分に大きく育つとこんなに立派な姿になるのだ。

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この後、最後のちょっと水っぽい糞をした後で、
適度な場所を探してからサナギになる準備を始める。

サナギになる体勢が整うと、段々縮んでくる、というのはスゴい。

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そして、暫くすると最後の脱皮をして、若々しい色のサナギになる。

そして少しの間に、枝のような色に変化するのだ。

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ブレイクアウトした蝶は、一日以上の長い間、枝に掴まっていた。

鉢植えの木立ちベゴニアの枝でサナギになっていたのだった。

だが、洗濯物を干したかったので、
フラワーボックスに置いていた植木鉢を動かしたら、とうとう飛んでいった。

サナギはあと5つある。

次のブレイクアウトもそう遠くないだろう。


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posted by ひつじ at 21:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リフォーム現場に潜む悪魔

リフォーム現場には悪魔が潜んでいる。



先日久しぶりにリフォームの現場にお手伝いに行った。

前の晩に夫がこちらにお泊りしていた。

そして、私は丁度犬のお洋服のオーダーを納めた所であった。


何か手伝えるような事ある?

聞いてみたら、無くはない、と夫は言う。

けれど、夫の本音は、
現場までの行き帰りの車の運転をして欲しいのだ。

まぁ、何かやる事は無くはないらしいから、
久しぶりにお手伝いに行く事にした。


夫が「君に向いているんじゃないかなぁと思ってたんだ」というのは、
コルクタイルの端始末だった。

壁際の柱やらのデコボコや、決して真っ直ぐではない部屋の形に合わせて、
夫が敷き終えてあるタイルの壁際の始末をする、という事だ。

洗濯機置き場辺りから始めて、暫くの間集中して作業をしていた。


少し遅いお昼ご飯を食べに、
車でちょっと行った所にある美味しいラーメン屋さんに行った。

そして食事の後で、ラーメン屋さんの少し先にあるホームセンターに行った。


このホームセンターの並びには車屋さんや様々な店舗があり、
ファストフードの店もあり、そしてミスタードーナツもある。

私は、このホームセンターに来る度に、悩む事になっている。

ホームセンターの帰りにミスドに寄るか寄らないか、悩むのだ。

東京に居る時には、決してミスドに惹かれる事は無いのだが、
こちらに居ると、ミスドやモスに激しく惹かれる事が時々ある。

夫はそういう私の悩みを分かっているので、
「いいんだよ、寄っても」と唆す。

おやつであるミスドは、私の支払いになるので、
夫は私さえその気なら生クリームチョコレートドーナツ食べる積りなのだ。


だが、私はダイエット中だ。

ダイエット中にも関わらず、暫くの間迷っていたけれど、
心を鬼にして「止めておくよ」と言って寄らずに現場に帰った。

夫はちょっと残念そうにしていた。


そして、現場に戻ると、そこには、悪魔が潜んでいた。


その悪魔は、夫が居るにも拘らず、常に私にだけ誘いをかけてくる。

私が居ない時に、夫も誘われているかどうかは、私は知らない。

だが、私がたまに現場に行くと、どの現場でも必ず私を誘ってくるのだ。

悪魔は、抗い難い力で強引に私をねじ伏せてしまう。


現場に潜む悪魔。

それは、睡魔と言う名の悪魔だ。


玄関を入り、さてと、と夫が言っているのを横目に、
するっと奥の部屋に入り、悪魔に誘われるままに横になる。

「をいをい、ナニ?マジ?」とどこか遠くで夫が言っているのが聞こえる。

だが、悪魔が強引な事は、夫も既に承知しているので、
多分ちょっと首を振って諦めるしかないのだ。

悪魔の為すがままになっている私に、
優しい夫はコルクタイルを4枚「使いなよ」と持ってきてくれた。


コルクタイルは、その上に座って作業をしていても温かい感じがするし、
こうして枕に使うにも中々適している。

コレは良いリフォーム材料だ、と思った。


暫くすると、夫も隣の部屋に来て横になったようだった。

けれど、ほんのちょっと後に立て続けにに電話がかかってきて、
残念ながら悪魔は退散してしまった。

しかも、余り愉快ではない電話だった。

気の毒であったし、私も起きて作業を再開する事にした。

直にコルクタイルがある分を張り終わってしまった私に、
夫はミスドを蒸し返して「今から買いに行ってもイイんだよ」と言っていた。

本当は夫が食べたいのだ。

だが、お互いのダイエットの為に、何とか思い止まった。



リフォーム現場に潜む悪魔の誘惑は、なぜああも甘美なのだろうか?

夫は一応抵抗を見せて声はかけてくるのだが、
私が抗いもせずにその誘惑に身を委ねるのが分かっているので、
もう無理に引き戻す積りは無いのだ。

誘惑されるがままに、その甘美なひと時を過ごせば、
私はまた自ずから夫の元に帰る事が分かっているからだ。


これからの季節は、悪魔の誘惑に備えて、しっかりした装備が必要だ。

リフォーム現場でお昼寝をして寝冷えした、
という事が無いようにしなければならない。



posted by ひつじ at 18:41| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

ズッキーニを悼んでカポナータ

かわいそうなズッキーニは、トボってしまった。


「トボる」とは、こちらに来て初めて聞いた言葉だ。

朽ちてしまう、というような事を指しているのだろうと思う。


夫がよく、本宅の畑に何かを植えた気がしたけれど見当たらない時に言う。

「アレは、トボっちまった」

夫は、言われるがままに植え付けをしたけれど、
その後はすっかり忘れ果てて、もう随分経ってから思い出した時に見てみる。

そして、どうやら見当たらない、となると、トボった、と言うのだ。


だが、私のズッキーニはそうではない。


私の畑のズッキーニは、三度目の正直がトボったのだ。


最初に植えたズッキーニは、ピーマンやパプリカと同じ時に植えたのに、
多分株に元気が無かったか、少し寒かったかして、トボってしまった。

次に植えたズッキーニは、遅霜に当たってトボった。


遅霜の時は、本当に危機的状況だった。

ピーマンとパプリカと鷹の爪もかなりマズい感じになっていた。

だが、結果的には、完全にトボったのはズッキーニだけだった。

もうダメかと諦めかけた鷹の爪も随分時間は掛かったけれど芽を出し直した。


私は、まだ諦めずに、三度目のズッキーニを購入した。

これは順調に成長を見せていた。

だが、畑の境界ぎりぎりまで除草剤を撒かれた時を境に、
あっという間に弱り、またトボってしまった。


次のズッキーニは、もう無かった。

文字通り、ホームセンターの苗売り場にもうズッキーニが売っていなかったのだ。


三度もトボってしまったズッキーニを悼んで、
今年はズッキーニを食べなかった。


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シーズンは、ズッキーニはとても沢山採れた。

私の手首位あるものが幾つも採れたし、
随分長い事実を付けてくれた。

今年も同じ積りで、ホームセンターで苗を吟味して購入した。

本来は私の趣味であるので自分で購入するところであるが、
「コレは食費だから」と主張して、夫に買ってもらった。

夫にせっかく買ってもらったのに、今年はズッキーニはトボってしまった。

返す返すも残念だった。


パプリカは三色購入してあった。

真ん中に黄色を植えて、両脇にオレンジと赤を植えた。

一番最初に実を付けたオレンジが、長雨で一つクサって落ちた。

黄色と赤が、雨をどうにかやり過ごし、
長い長い時間をかけて、やっと熟して完全な黄色と赤のパプリカになった。

パプリカは、完全に熟すのに3週間かかる、と本に書いてあった。

今年の長雨では、日照不足でもっとかかっただろうと思う。

何とか黄色と赤のパプリカを一つづつ収穫できた。


私は、自分の畑で採れた野菜でカポナータを作りたかった。


けれど、ナスは昨年植えてみて、良いものができず、
相当水を運んでやらなければならない事がわかった。

今年はナスは植えなかった。

どうせ頂く事もあるだろうし、直売所で購入したってイイのだ。

昨年はズッキーニとピーマンが素敵に沢山できた。

今年は、買うと高いパプリカも植えてみよう。


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畑で作ってカポナータに使う予定だったのは、
ズッキーニとピーマンとパプリカとバジルだ。

だが、ズッキーニはトボってしまい、ピーマンとパプリカは中々できなかった。

ピーマンが本領を発揮し始めたのは、ごく最近の事だし、
パプリカが完全に熟したのもついこの間の事だった。

既にバジルはトウが立って、余り使いたい気持ちにはならなかった。


大きなパプリカを二つ持ち帰り、
暫く食卓の上に飾り眺めていた。

そこへ、ナスを頂いた。

これは、カポナータを作るべき時が来た、という事なのだと悟った。


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物足りないのは分かっていたが、ズッキーニは入れなかった。

来年は、またズッキーニを植えるのだ。

場所食いのズッキーニには1平米程は畑を空けてやらなければならない。

来年は、またふっくらした美しい黄色の花を見たい。
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2009年09月21日

果たして夫は気付くだろうか?

果たして夫は気付くだろうか?

今日は、結婚記念日だ。


今月初めに、夫は、突然思い出したように言った。

「ほら、今年は、あそこ、ご飯食べに行くの、少し延ばそうか」

毎年結婚記念日にヴィラデストに食事に行くのに、
今年は連休中に当たるから延ばそう、という提案だ。

その時に、毎年の結婚記念のお祝いのクリストフルの注文もしよう、と言う。

今年は、4回目だ。

テーブルスプーン、テーブルフォーク、の次に、
昨年はソーススプーンを買ってもらった。

スプーンならあるじゃないか、という夫に、
プリンがとっても食べ易いんだよ、とソーススプーンを提案したのだ。

スプーンによって使い道が違い、中々に便利なのだと夫に分かってもらえた。


そして、今年は、スープ用のスプーンにしたのだ。


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だが、夫は、先日クリストフルを注文した事で、
「ちゃんと憶えていた、おいらって、スゴい」と思い、その後は忘れている。

今日が結婚記念日だ、という事に気付いていない。


けれど、夫に、そういった記念日をソツなく憶えていて貰わなくてもイイのだ。

夫が、そういった種類の事をきっちり憶えていたりしたら、
私はちょっと調子が狂うだろう。

それに、私の楽しみも減ってしまう。


私の楽しみは、夫を驚かす事なのだ。

夫が小さな目をパチクリッとさせて、そしてハッとして、
適当な言い訳をするのを、「忘れてたね?」とちょっと怒ってみせる。


夫が「今から帰るね」と電話してきた。

今日はスープスプーンのデビューなので、ポタージュスープにした。

そして、夫が喜ぶハンバーグだ。


さて、
果たして夫は気付くだろうか?

posted by ひつじ at 19:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月17日

もうすぐひつじカフェでお茶

もうすぐひつじカフェでお茶するんだ。

そう夫にメールをした。


今日は一人で軽井沢に出掛けてきた。

夫は、どこかにバイクで走りに行ったようだ。

ナンだか、
「おばあさんは、軽井沢へ目の保養をしに、
 おじいさんは、どこかの峠を攻めにバイクで出掛けました」
そんなお話みたいだ。


11時半頃に着く電車に乗って行った。

一回りしてからカフェでランチにした。

一回り、と言っても、私が見る店は決まっていて、
その店舗と新しく入っていたイタリアバッグの店を見ただけだ。

カフェで休んでいたのは、恐らく30分程だったろう。

カフェを出て、インフォメーションセンターがあったので入って、
帰りの電車の時間を調べてみた。

少し前に一本あったらしく、次の電車までは40分以上時間があった。

午後の早い時間は、電車は一時間に一本なのだ。

次の14時半過ぎの電車で帰る事にした。

ナンだか、早く帰りたかった。
私は、つまらない気分になっていた。


先日来た友人が、私のウチに来る前に、軽井沢に行っていた。

軽井沢、余り面白くなかったよ、と友人は言っていた。

私とは回る店がかなり違う。

私がいつも回る店の事を久しぶりに思い出した。
そうしたら、軽井沢に行きたくなった。


先だって東京に行った時に、吉祥寺に行くタイミングが無かった。

吉祥寺をうろうろしたかったなぁ。

新宿でオカダヤに行き、材料は色々買い込んできていた。

だが、街や色々な洋服雑貨を見ながらうろうろする時間が取れなかった。

そうだ、うろうろが足りない。
軽井沢に行ってうろうろしてこよう。


この、うろうろしよう、というのが、良くなかったのかもしれない。

ナンか買うぞ、という購入モードではなかった、という事だ。

うろうろモード、だったらしい。

結構良いモノもあったし、中々お買い得だと思ったモノもあった。

だが、今一歩、購入に踏み切る何かが足りなかった。

どうしても欲しい、という気持ちに欠けたし、
こういう理由でコレを買うのだ、という理由を拵える事も無かった。


買ったのは、手拭一枚だけだった。

代官山のギャラリーに行く時に、手前にある手拭屋さんに必ず寄る。
最近は新宿でも買えるけれど、やはり代官山のお店の方が品揃えが違う。

軽井沢で代官山の手拭が買える。
まぁ、どこで買っても素敵な手拭だからイイや。

だが、手拭一枚しか買っていないのに、
つまらない気分になって早く帰りたくなるとは、思ってもみなかった。


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軽井沢に、素敵なカフェが無い、というワケでは決して無い。

ただ、徒歩では到達が不可能に近い、という事実がある。

アウトレットにはスターバックスもあるけれど、
では、スタバに行って、いつまでうだうだしているのか、と思えば、
もう、次の電車で帰ろう、という結論に達した。


そう思ったら、すぐにでも帰りたくなった。
だが、まだ40分以上時間がある。

仕方ないから、また店を回ったり、フランスの鍋の店に入ってみたりした。

しかし、余り心は弾まなかった。

これが「ストウブ」の店だったら、色々迷っちゃうんだろうなぁ。
私は最近ストウブの鍋に興味があるのだ。

ナンとか時間を、文字通り「潰して」次の電車に乗った。

30分程、黄金色の田んぼや雄大な浅間山を見ながら考えていた。


私が、欲しいモノ、とは、どんなモノなんだろう。


こうして、消費と無駄と虚飾に触れると、
自分がどうしても欲しいモノって、どういうモノだろうか、と、
考える機会になると感じた。


先シーズンは、美しい色合いのシルクカシミアのツインニットと、
ケーブル編みのカシミアのニット帽子をブルックスブラザーズで買った。

あとは、シルクカシミアの部屋着のスパッツを買って、
カシミアの編地が内側に張ってある皮手袋をバーニーズで買った。

先シーズンは、とても良いお買い物をした、と思う。


今日だって、結構良いモノはあった。

けれど、今日色々見た後で思ったのは、
私が今求めているのは、「材料」なのだ、という事だった。

このあいだの新宿オカダヤで、帆布と目打ちを買えばよかった。


少し考え事をしている間に、降りる駅に着いた。

夫にメールをしよう、と思った。


駅から家までは徒歩25分だ。

途中から夫にメールを出した。

「もうすぐひつじカフェでお茶するんだ」


ウチに帰れば、美味しいコーヒーがあるのだ。

先日友人が来てくれた時に作ったバナナケーキの残りもまだある。

それでお茶にするのだ。

私は自分の「ひつじカフェ」で飲むお茶が一番好きなのだ。



お店に伺って飲ませて頂いたコーヒーが美味しかったので、
少し前に、その店からコーヒーを送ってもらってあった。

ごりごりと手回しのミルで豆を挽いてから、
きちんと温度を測ったお湯で、ネルドリップする。

やはりこのコーヒーは美味しい。

先週、友人に美味しいコーヒーを飲みに来ないかと声をかけた。

軽井沢に行く予定があるから、その帰りに寄る、と言ってくれた。

ひつじカフェ開店だ。



私が行きたいカフェは、私が作るひつじカフェだ。

庭で摘んできた黄色や白の花が飾ってある。

濃い目のコーヒーで、今日はカフェラテにしてみた。


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マリーゴールドは、ちょっと変わった香りがするから、
余り飾る方は居ないかもしれないけれど、私は結構気に入っている。

少しだけなら、そう問題も無いだろうと思っている。

来シーズンはカフェに飾る為の花も畑に植えたいものだ。

色々なモノを見たり触れたりして、
私は私の世界を更に考える機会にさせて頂く。

posted by ひつじ at 23:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月15日

畑の掟

畑には掟がある。

それは、弱肉強食とは趣が違うが、
畑における「モノには順番がある」という点では、少し似ているかもしれない。


畑の掟。

それは、後進に、道、ならぬ、畝を譲る、という事なのだ。


先だって、トマトの木を始末した。

雨降りの間、青い実を幾つもぶら下げていたトマト。

やっと雨が上がり、その実を赤く色付かせた頃には、
もう秋の足音がしていたのだ。

まだ、トマトの木は、生きていた。

だが、その木に、もう赤い実がぶら下がる事はなさそうであった。


既に春採りニンジンの植え時を逃しそうになっていた。

トマトの木は、生きていた。

しかし、ニンジンを植える畝は他に無く、私は決心をしなければならなかった。


私の手が届かないほどに背が高くなったトマトの木だった。

支柱としっかり結び付けてある麻紐を解きながら、
枝を切り取ったり支柱を抜いたりしながら作業を進めた。


私のように覆いをかけないで植えていたトマトにとっては、
今年の雨続きは災厄のような夏だったであろう。

本領を発揮できないまま、
太陽の光は秋の穏やかな日差しに変わってしまった。

こんな穏やかな日差しでは、もう、トマトが赤く色付くのは無理だろう。

ぎらぎらとした夏の激しい日差しを浴びせかけられて、
トマトはこってりとヘタのぎりぎりまで赤くなるのだ。


トマト以外の畝にニンジンを植える検討は勿論した。

だが、プチヴェールをこのあいだ植えた畝や、

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ピーマンの畝や、

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やっと巻き返しを見せているパプリカや、

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バジルは終わったけれど、綿の花が咲いている畝や、

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まだまだこれから赤くなる鷹の爪の畝や、

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あとは、昨シーズンにニンジンを植えていた畝で、
連作は避けたいので、コレもダメだった。

シソがめいっぱい生えている畝と、
カボチャがうじゃうじゃしている畝と、
マリーゴールドが大きく株を作っている畝も、やはりダメだ。


ここは、掟に従って、トマトに後進へ畝を譲ってもらうしかない。


太陽を求めてひょろひょろと伸びたトマトが気の毒であった。

夫が本宅から借りてきてくれた棒では足りなくてトマトが倒れ、
私はホームセンターでもっと太く長い棒を新たに購入したのだ。

よし。
この棒を使って、来シーズンもトマトを植えるのだ。

今年のトマトの雪辱を果たそうと思う。


始末したトマトは、畑の隅に適度な長さに切って積み上げた。

直に他の枝が上に重なり、その内に朽ちて土に還る。

バジルやシソやコリアンダーや、カボチャの蔓や、
色々なモノと一緒に朽ちて行く。

そして、それを分解した微生物と共に、
畑を豊かに育てていくのだろう。



posted by ひつじ at 20:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

お久しぶり、の悲劇

お久しぶりね。

すっかり忘れられたかと思っていたよ。

そんな事無いわ。ちょっとその気にならなかっただけよ。
あなたの事は、ずっと大切に思っていたわ。


そう言いながら、久しぶりにエマホープのパンプスを箱から出した。

黒のスエードで、爪先はスクエアなタイプだ。

ヒールは3センチ程だが、接地面積はとても広い。


東京で黒い服を着なければならない事になったのは、
かなり久しぶりだった。

そして、服が黒くても何色でも、きちんとパンプスを履くのは、
もっともっと久しぶりだった。


昨年の夏前、母屋から離れに引越しをした時に、
随分色々な物を処分した。

どうやらその時に大量のストッキングも処分した、ようだった。

探しても見当たらない。

あんなに沢山あった筈なのになぁ。

どこかをよく探せば出てくるかもしれないけれど、
急いでいるので、今回は新しく買う事にした。

黒い服を着る機会は、突然やってくるのだ。


朝、バイトに出掛ける時に慌てないように、前の晩に準備をしておいた。

買ってきたストッキングを袋から出して、
黒のスカートと、ノースリーブの黒いブラウスと長袖の楊柳のオーバーブラウスだ。

たまたま長野で荷造りをした時に、縮緬のグレーのスカーフを入れていた。

これも持つ事にした。
東京は、どこに行ってもクーラーがかなりかかっているのだ。


最初は、バイト向きな服装で出掛けて、帰り際に着替えようかとも思った。

だが、荷物も増えるし、閉店してからの時間がぎりぎりだったので、
朝から黒い格好で出掛ける事に決めた。


そして、このエマホープの靴ならば、
一日バイトをしてから夜まで出掛けていてもそう疲れない、と思った。


27歳で前の結婚をするまでは、スーツトレンチコートと共に
常に6〜9センチのピンヒールを履いていた。

壊れたワケではないので、
当時履いていたパンプスの中から良い物を選んで仕舞ってある。

エマホープやブルーノマリに出会ったのはパンプスを買っていた最後の頃だ。

今でも靴は好きだけれど、
路線がすっかり変わってしまった。

最近はスリッポンシューズやアンクルブーツという路線だ。

だが、やはり黒い服を着る機会にはきちんとしたパンプスでなくてはならない。

久しぶりにご登場願ったのは、エマホープ、であった。


翌日は下準備のおかげでさっと支度して出掛けられた。

パンプスの響きが、とても女性らしい気分にさせてくれた。


その後に、悲劇がやってくるとは、想像だにしていなかった。


もうすぐバイト先のお店だ、という辺りで、
足元に違和感を感じた。

何か踏んでしまったモノが靴底にくっついたみたいに、
踵の着地感が斜めになったようだった。

イヤだなぁ、ガム踏んでくっついたのかな?


靴底が半分、取れて無くなっていた。


????ナニ????

もう一度踏んでみたら、残りの靴底も2つに分かれて取れて落ちた。


戻って拾っても復元はできそうにない、とすぐに判断した。

パニックになっていたけれど、とにかく店に入らなければと思った。


折悪しく、近所から来ている他のパートアルバイトの方は、
今日は本店から店主が来て慰労会ランチの予定があった。

間もなく2人の方が見えたけれど、
靴底を修理しにどこかに行っている間に代わって頂く事は無理であった。


驚いた事に、お二人はちょっと笑いながら同じ事を仰った。

「その靴、久しぶりに履いたんでしょう?
 久しぶりに履いた靴って、そういう事がよくあるのよ」


片方の方が同情して、バイト中に履くようにとつっかけサンダルを貸して下さった。

仕方ないから、取れて無くなった右足の踵を踏まないで歩こうかと思ったけれど、
それは最終手段にして、先ずは困った時の神頼みをしてみる事にした。


実家の母に電話をして、そして、私の靴を持ってきてもらうのだ。


母は、快く引き受けてくれた。

かわいそうなエマホープの助っ人には、
甲にリボンが付いているバックベルトのフラットシューズにしよう。


母には電話の子機を持ってもらい、私が遠隔操作をするのだが、
「右側の列のワリと上の方」と言っても、その列は5列あり、
幾つも幾つも靴箱を開けているごそごそ言う音はするのだが、
とうとう母は「そういう靴は無いわよ」と言い出した。

昨日、私が見たばかりなので、絶対にある事は確かなのだが、
余り強く言っても母に申し訳無い。

「4センチ位のヒールのが出てきたから、コレでイイんじゃない?」
と言うので、
あぁアレだな、と分かり、アレちょっと古いよなぁと思ったけれど、
きちんと磨いて仕舞っておいたからまぁ大丈夫、かな、という事で、
それを持ってきてもらう事にした。

靴底が無くなって、まるでお尻丸出しみたいになってしまったエマホープの
踵を浮かしながら歩くよりはマシ、だろうと思った。


バイト中はお借りしたつっかけサンダルで事無きを得た。

踵を浮かしながら歩こう、なんて思わなくて本当に良かった、と思ったのは、
友人を待って立っている間だった。


帰宅して、改めて母にお礼を言いに行った。

大切なエマホープは、踵の破損という悲劇に見舞われたものの、
母のおかげで無傷で済んだのだ。


靴は、久しぶりに履くと靴底や踵の底が壊れる事がよくある、というのは、
果たして、一般的によくある事、なのだろうか?


だが、今から思えば、
母に後から持ってきてもらった靴は、エマホープよりも古参だった。

だが、余りに古参なので、
よく履いていた当時に靴底の爪先部分を張り直して強化していた。

修理にはお金を惜しまなかったので、
底の張り直しやヒールの踵は、高くても丈夫で長持ちする方を指定していた。

エマホープは、購入したそのままの踵だった。

接地面積が広いと、踵も減りが遅いのだ。
メンテナンスに出した事が無い靴だった。


久しぶりに陽の目を見たエマホープにとっては悲劇であったけれど、
母のおかげで私はそう困る事無く済ませてもらった。

こんな事で母を当てにして迷惑をかけることが
今後は無いように注意したいと思っている。



お久しぶり、の悲劇、には、後遺症もあった。

もう三日も経つというのに、土踏まずと脛の前側が酷い筋肉痛だ。

今後はタマにはパンプスを履いて、土踏まずを鍛えようかなぁと
今は、少しだけ思っている。

9センチのピンヒールを履いた身長170センチ超の景色を
久しぶりに見てみるのもイイかもしれない。
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2009年09月06日

夏の終わりの決意 A

私は、本気で痩せる決意をした。

すぐに健康雑誌を出してきた。


日経ヘルスという雑誌を何冊か持っている。

いつも購読しているワケではないけれど、
ナンだかんだ言って、何冊か家に買ってある。

夏場の定番は「クーラーや冷たい物の食べ過ぎで冷えた体に良い事」と言った、
私には殆ど縁の無い特集が多いだろうと思う。

私は余程の事が無い限りクーラーはかけないし、かけても最小限度なのだ。

そして、冷たい物も殆ど飲食しない。

この夏、4回位、自分でアイスコーヒーやアイスティーを作ったが、
それもキンキンに冷やしたりはしなかった。


私が興味を持って見るのは、「体のゆがみを解消しましょう」といった特集だ。

そして普段にも増して「生姜で体を温めましょう」といった特集も読む。

自分のやっている事を強化する為だ。


だが、今回は違う。

体を引き締める為の特集を見てみた。


一つ、コレ、と思う体操を決めた。

暫くはコレ一本でやってみようと思った。


魔法の様にあっという間に痩せる体操などは無い、と思っている。

楽しみながらする事ができそうな事を見つけて、
ぼちぼちと続けて行ってみようと思う。


すぐに夫にも体操を教えてあげた。

夫も面白がってシェイプアップ体操を始めた。


昨日から東京に来ている。

夫は一足先に夕方に長野に帰った。

こちらに置きっ放しにしていた体重計を持って帰ってもらった。


予期しなかった事が起きた。

黒い服を着る用事ができたのだ。


20歳の時に作った礼服をこちらに置いてあった。

だが、残念ながらやはり入らなかった。


27歳の時に買った礼服になりそうな服があった。

こちらは、決死の思いでトライしたら、どうにか入った。

本式の礼服ではないけれど、仕方が無い、こちらにしようと思う。


良い機会、では決してないけれど、
それでも、自分を見つめる機会である事には違いないのだ。

これから長い先の事を思って、
自分の為にきっちりと方向転換をして、ぼちぼち楽しみながらやってゆこう。


posted by ひつじ at 23:53| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月03日

夏の終わりの決意 @

先日の日曜日、ショッキングな出来事があった。

別に選挙について、ではない。

選挙は、私の思うように行かなくても、そういう事もある、と思える。

ショッキングだったのは、全く違う事だ。


それは、
自分がとてつもなく太っていた、という事実を突きつけられたという事だった。


とてつもなく、未知の領域まで、太っていたのだ。


最近少し太ったな、と「少し」としか思っていなかった。

余りの数値に、その晩は、ご飯が喉を通らなかった。



選挙のあった日曜日に、自治体の健康診断があった。

尿検査や血液検査や心電図もとるし、勿論、身長体重も計る。

心電図の次に測定のブースに入った。

身長が1センチ伸びていた。
嬉しかった。

体重計に乗った。
服の分の1キロは最初から引かれている、と説明書きがある。

「△△キロですね」と係りの女性が読み上げる。

勿論私もそれを見ているのだが、
私に見えている数値は、まるで未知の領域だった。

「えぇ〜」とか「あぁ〜」とか何か言ってしまった。

私の狼狽を見て、係りの女性は慰めるように「身長がおありだから」と仰る。

身長は20何年前からこの位あるんです。

更に追い討ちをかけたのは、胴囲だ。

ナンだかもう倒れそうになってしまった。


余りのショックに茫然自失したまま、
次は血圧と問診だった。

血圧は低めだった。

ショックの余りの低めだったのかは分からない。

だが、この問診で、一年前の検診から余りに増えている体重について問題視され、
間違いかもしれないから、再度測定ブースに行き直すように言われる。


計り間違いじゃないですよ、
間違いなくこの数値でしたから。

そう申し上げても、問診の係りの女性は折れない。

ナンだか、イジワルをされているような気分になった。


再度測定ブースに行き、勿論数値に間違いは無く、
測定ブースの女性は、申し訳無さそうに、ご苦労様でした、と仰った。


あとのブースを機械的に回り、検診会場を出て、
呆然としたまま選挙会場に向かった。

これから一体どうすればイイんだろう、と思った。

こんなに、太っちゃって、どうしたらイイんだろう、と思ったのだ。


選挙を終えて、少し後に夫と合流した。

夫は今夜は私のウチに泊まると言って、
夜は選挙速報を見るんだ、と嬉しそうにしている。

私は鬱々としながら、
明日の朝見ればイイんだから、速報なんてどうでもイイ、と思った。

それよりも、こんなに、太っちゃって、ご飯食べたくない。


一年前、イヤ、半年前位までは、もう少し太っていなかった。

高校生の頃の体重プラス3キロ位だった筈だ。

それが更にプラスされて、こんなに、未知の領域まで太っていた。



高校生の時に、友人のゆきさんが言った。

「××キロもあったら怪獣よね〜」

私は既に××キロあったのでギョッとしたけれど、
その場に居たもう一人もその位はあった筈だ。

ゆきさんはほっそりしたタイプだし、
その頃は「伊代ちゃん」だとかのホソホソタイプが流行っていたのだ。

私はホソホソタイプよりもメリハリタイプに憧れていた。

だが、メリハリタイプにはなれないのも分かっていた。
骨太で柳腰タイプの家系なのだ。

だから、せめて太らないでいよう、と思っていた。

幸い手足が長めな所為で視覚的に細めに見える。

実はそう細いワケではないのだけれど、細く見えるらしくて、
昔からの知り合いは私の事を痩せていると認識している人が多い。



太った原因は分かっている。

基礎代謝が落ちたところに、運動不足の所為だ。
ミシン仕事のオーダーがあると、家から一歩も出ない日もあったりする。

私は基本的に非常に粗食なので、食事を減らす事は論外だと思った。


これから、どうすればイイのか。


体を動かして代謝を上げて、
腹筋を鍛えてシェイプアップしなければならない。

週末に東京に行くので、体重計を持って帰ってこよう。


私は決意した。

この腰周りをビシッと引き締めるのだ。

夫は痩せた女性が好みなのだ。

posted by ひつじ at 23:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月29日

考察 大家さんの仕事 B

随分長い事考えていた。

先週末は夫と名古屋にお伺いしてきた。

色々な物件を見せて頂いたし、様々な事を考えさせて頂いた。


名古屋から帰ってきてから、本も読んだ。

夫から借りた不動産の本と、玄侑宗久さんの本だ。

それで、また、考えてしまった。



この先に、何時頃にどれ位の住宅が余ってくるのか、
そういった事は、どなたかのデータにお任せしよう。

私にとって、自分が少し注意して見ることが出来る範囲においても、
既にかなりな数の住宅が空いている事がわかる。

これから先、大家さんはどういう仕事をすれば良い仕事にする事ができるのだろう。


入居者さんに、選んで頂ける物件である事。

ここが一番新しいから。
ここが一番安いから。
ここが一番広いから。

しかし、こういう要素だと、もっと新しい物件に負ける事になるし、
もっと安い物件、もっと広い物件、と後出しジャンケンに負ける事になる。

大シマさんがコメントに書いて下さったように、
賃貸住宅を決める時に恋愛の「恋」のように決めるのだとしたら、
私が思うに、一番強いのは、
「こんな物件、他に無いから」だろうと思うのだ。


最初に選んだ時は、「ここが一番××だから」と何かの要素で選んだとしても、
住むうちに何か別の要素が重要になってくる事もあると思う。

「住んでみたら、意外と△△だったから」という感じだ。



「こんな物件、他に無いから」という事において、
大家さんの個性や、発想が重要になってくるように思う。



個性的な物件を作る、という事もあるだろう。

でも、物件が個性的ではなくても、大家さんの発想や行動も大切だと思うのだ。


何かトラブルがあった時に、迅速に丁寧な対応をしたり、
普段からコミュニケーションをとったり、
そういったサービスは、自主管理をしている大家さんの大切な仕事だと思う。


管理会社を使っていても、何かあった時には報告してもらい、
大家さんの考えで指示を出せば良いのではないかと思う。

管理会社を使っていても、
その管理会社の担当者の方と普段からコミュニケーションをとって、
大家さんの意思を担当者の方に体現して頂けるようにしたいものだ。



個性的な物件を作る事においては、
何も奇抜だったりする事だけではないと思う。

大家さん自身の経験や好みを反映させた個性を活かせばよいのではないだろうか。


バイクや車の好きな大家さんだったら、
使い勝手の良いガレージのある物件を考案する事が出来るだろうし、
スキーやゴルフをする大家さんだったら、
玄関先にどの程度のスペースを確保したいかと考えるだろうし、
服飾を大切にする大家さんだったら、
コート掛けや十分な靴入れは必須だと考えるだろうと思う。


クロスや塗装、という、表面のお化粧でハッとさせる事もできるだろうけれど、
それが恋愛だとしたら、
恋愛におけるキモとは、「意外と△△だった」という事なのではないだろうか。

すぐに目に付く何かでインパクトを与えてハッとさせて、
でも「意外と△△だった」でグッと掴んで、
「こんな物件、他に無い」と定着して頂く。

お化粧や服装でインパクトを与えてハッとさせても、
「意外と家庭的だった」ならイイけれど「意外と浪費家だった」では困る。

イヤ、派手だと浪費家は想定内、かもしれない。

物件なら「意外と使い勝手が悪かった」という事が困ることだろう。

「意外と光熱費が安かった」というのは、
「意外と肉じゃがが上手だった」といった感じで喜ばしい事だろう。



私が物件を考案する時に私の個性として提案したいのは、
やはり「畑付き物件」という事になる。

畑から直接入る事ができる玄関か勝手口は、
泥の付いた長靴でも差し支えないように考えなければならない。

長靴ならどうしても必要というワケでもないだろうが、
地下足袋だとしたら、脱ぎ履きする時に腰掛られるようにしなければならない。

そして、収穫した野菜などを仕舞っておく、
凍らない程度に冷涼な保管スペースも用意したい。


色々なアイディアを考えるのはとても楽しい。

私の個性を反映させた物件を作る事ができたら、
「こんな物件、他に無い」と思って下さる方に巡り会いたい。



「インパクトの後で、意外と△△だった」という件を夫に話したら、
夫は面白そうな顔をして、
「君がそうだよ」と笑っていた。

「こんなひつじ、他に居ない」と思っているのかもしれない。

posted by ひつじ at 23:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

考察 大家さんの仕事 A

リフォームが終わった部屋に立ち、夫が言った。

「かっこいい部屋を作るのが大家の仕事、じゃないんだよなぁ」


その通りだ、と思う。


かっこいい部屋、じゃなくて、ずっと住みたい部屋、だと思うのだ。


ずっと住みたい部屋を作るのが大家の仕事、なのだと思う。


ずっと住みたい部屋、って、どんな部屋だろう。

こう思った時に、人気のある部屋のタイプ等を調べたりもするだろう。

そして、そういったデータも鑑みながら、
私は、自分だったら、どういう部屋にずっと住みたいか考えてみる。


残念ながら、夫には、この手は難しい。


夫には、自宅である本宅があるからだ。


夫だって、大学生時代は都心に下宿していたし、
勤めてからも東京の西郊や、長野でも集合住宅に住んだ経験はある。

それでも、きっと夫の頭の中には、
いつかは本宅に戻るのだ、という事が刷り込まれていたに違いないのだ。

賃貸に住んでも、それは本宅に戻るまでのホンのひと時だけだった。


夫には、ずっと住みたい好きな所を選んで住む、という発想を、
そもそも自分の実感としては想定する事が難しい、という事だ。


まぁ、そうは言っても、一般的に家族で住む場合は、
男性には選択権は余り無い、という話しをよく聞く。

最初に職場からの距離は考慮されるだろうが、
次には、子供が居る場合は、どこの学区だとか、徒歩何分かだとか、
幹線道路を渡るかだとか、様々な事が考慮されるであろう。

そして、女性が考える事は、買い物の利便性や文化的施設だとかだろうか。

東京でJ-WAVEを聞いていると、
週末の番組の途中で、「近くに公園があって、おしゃれなカフェがあって」という、
賃貸住宅の徒歩範囲の周辺環境に求めている条件の例を、CMで聞く。

そうだ。
スポーツジムがそう遠くない所にあって、
美味しいランチができるお店や、
センスの良いネイルサロンや、
そういった、私には中々思いつけない周辺環境条件を想定する女性も多いだろう。


私が想定している徒歩範囲の周辺環境条件は、
できたら美味しいパン屋さんがあったら良いけれど、
ハズせないのは、やはり手作りのお豆腐屋さん、といった所だ。

だが、これは、東京での周辺環境希望条件だ。

長野では、全く違う条件も加わってくるし、優先順位も大きく変わる。


長野では、一般の方は、先ず、徒歩は条件には入れない。

子供の小学校の登下校に30分かかるとしても、
ちょっと天気の悪い時は車で送り迎えが普通だ。


ご夫婦の、お互いの実家からの距離や、ご主人の職場との距離や、
子供の学区を考慮した、という話を実際に聞いた事がある。


私が長野で買い物の利便性を考慮する時に大切にしているのは、
スーパーマーケット「ツルヤ」までと野菜の直売所まで徒歩何分かという事だ。

そして、幹線道路や高速道路から適度に離れているかどうか、という事も重要だ。

だが、住んでみて、私がこの先拘りそうだと思う点は、標高だ。

この東御に居て、色々な所に行ってみるだけでも、
その標高の違いで、景色が大きく違ってくる事に気付いた。

そして恐らく風の吹き方も少しづつ違うのだろう。


戸建リノベーションプロジェクト物件は、
駅まで徒歩3分の立地で、電車に乗れば、直通なら軽井沢まで30分程だった。

浅間と蓼科は、物件からは少しだけでもちゃんと見えるし、
ツルヤまで徒歩12分の途中の農振地域からは、それは素晴らしく見える。

あの、浅間が見えて、振り返ると蓼科が見える、という景色が好きだ。

毎日徒歩で買い物に行きたくなる道だ。
愛らしい石仏もあって、本当に歩いて気分のイイ道なのだ。

あの物件は郵便局も小学校もそう遠くなかったし、
一般的な周辺環境条件から言っても、結構良かったと思う。


長野では、私が一番大切にしたい周辺環境条件は、
静かで景色が良い事、なのだ。


一般的な皆さんの車の使用の仕方を見ていると、
買い物に徒歩で行こうと思っている方は、本当に殆ど居ないらしい。

景色を気に入っている方が居るかは、実はよく分からない。

けれど、子育てをするのに、
幹線道路から離れていて、安心していられる道路付け、という事はよく聞く。


そういった条件をよく考慮して物件を買う、という事は最初の大切な事で、
買った後は、子育てに安心なアパートですよ、というアピールをする事が大切だ。


posted by ひつじ at 23:05| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

考察 大家さんの仕事 @

リフォームが終わった部屋に立ち、夫が言った。

「かっこいい部屋を作るのが大家の仕事、じゃないんだよなぁ」


長々リフォームに時間がかかった所為で、夫は疲れていて、
ちょっと愚痴を言いたかったという気持ちはあったのだろう。


私が、キッチン玄関から目隠しする為の壁を作ろう、だとか、
もっと大容量の靴入れを作ろう、だとか言ったので、仕事が増えたのだ。


目隠し壁を作り終えた夫が、もう下駄箱はイイよ、と言う。

ダメだよ、こんなかっこいい部屋で靴入れだけ古びていたらおかしいよ。

そんな事言ったって、どうやって作るんだよ、と言う夫に、
横の側板にこんな風に棚板付けて、ここをこんな金具で固定すればイイんじゃない。

まぁ、コレならそんなに材料費もかからないか、わかったよやるよ。

ちゃんと作る事ができるのが夫のすごい所だ。

私では、実際には作れないだろう。 
重いモノが持てないし、電気工具が怖いし、力が無くてネジが回せない。
私は、クチだけ、なのだ。


大家さんの仕事とは、かっこいい部屋を作る事、ではない。

入居者さんに選んでもらえる部屋を支度して提供する事だろう。

仕様を決めて業者さんに発注してもいい。

大家さんでなければできない仕事は、考えて決める事、なのだ。



中谷さんという方がこう書いている。

「人には @政治人 A経済人 B文化人 という3つの人種がいます。

 「出世したい」「偉くなりたい」という人が、政治人です。
 「お金儲けをしたい」と言う人は、経済人です。

 文化人は、「偉くならなくてもいい、お金もいらない。
 でも好きなことは極めたい」という人です。

 政治では、「もっと偉く」という基準があります。
 経済では、「もっと大きく」です。

 ところが、文化の世界は、「もっと深く」です。

 目指している基準がそれぞれ違うのです。 」


これは中々に面白い、と思い、何かあるとこれを引き合いに出して考えている。

大家さんもこの分類に当てはめるとナルホドと思う事がある。


政治人的な「もっと偉く」というのは、
「人からスゴいと思われる」と変えれば当てはまるのではないかと思う。

「人から、スゴい物件を持っていてスゴいと思われる」という感じだ。

経済人なら「もっと沢山の物件、もっと沢山の家賃」に加えて、
「もっとコストカット」だろう。


そして、文化人的に「もっと深く」というのは、
「人からスゴいと思われる物件を持たなくてもイイし、家賃も相場程度でイイ。
でも、自分で納得した物件にしたい」

こんな感じではないだろうか。


posted by ひつじ at 23:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

雨が降らなかった日

今日は、雨が降らなかった。

本当に降らなかった。

雨が降らなかったのは、いつ振りだっただろうか、
考えてみたけれど、分からなかった。


もうずっと畑は乾く事が無かった。

畝の表面には苔が生えている箇所がある程、じめじめとしていた。


梅雨に入ってしまい、掘り損ねたジャガイモがそのままになっていた。

地上部はすっかり枯れて、朽ちてしまい、雑草が蔓延り出していた。


やがて奇妙な事が起きだした。


赤くなりだしたトマトが無残な姿で落下していた。

そこには、ホジクった跡があった。

人間の仕業ではない事はすぐに分かった。

人間なら、ヘタを残して食べてしまうだろう。

明らかに鳥の仕業であった。


鳥も、本気ではなかったようだ。

鳥が本気でコレは美味しい、となったら、
本当に芯を残してキレイに食べてしまう。

鳥も余りの天候不順の所為で虫が食べられなかったのか、
空腹を紛らす為にちょっと赤いモノを齧ってみたのかもしれない。


余りに毎日鳥にちょっとずつトマトを齧られたので、
しまいにはヘタがまだ黄色っぽいうちに収穫してしまう事にした。

今日は、とうとう二十日大根まで齧られていた。

二十日大根が引き抜かれてホジクられているのナンて、初めて見た。


11-08-09_0832.jpg


昨年の今頃は、二本植えたピーマンから毎日10個位の収穫があったのに、
今年は三本植えたピーマンからまだ延べ15個位しか収穫できていない。


パプリカは、せっかく大きく実っていた実が、
二つ、クサって落ちてしまった。


除草剤の脅威か雨の所為か分からないが、
ズッキーニはとっくの昔に朽ちてしまった。


せっかく列になって発芽していたクミンも、一度全てが枯れ果て、
ごく最近になって発芽が遅かった3〜4本が芽を出しているという始末だ。


この先の天候は一体どうなるのだろうか。


11-08-09_1008.jpg


今日はピーマンが頑張りを見せていた。

トマトは、雨の所為でひび割れが入っていたけれど、
中と小で6個の収穫ができた。



どうせ、今日も夕方になるまでに雨が降るんだろう、と思っていた。

昨日ホームセンターで買ったプチヴェールの苗が4つあった。

どうせ降るだろうからと思い、
プチヴェールの苗とレタスの種と二十日大根の種を植えたのに、
水をかけないで帰ってきた。

そうしたら、今日は、雨が降らなかったのだ。


本当に降らなかった。

次の雨はいつだろうか?

次の雨までに畑がもう少し乾いたらジャガイモを掘りたいのだ。


明日は水を持って行って
プチヴェールとレタスと二十日大根にあげようと思っている。




posted by ひつじ at 22:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

ひつじプロジェクト 出会いと別れ C

それは、農業用水ではなくて、川の暗渠だ、との事であった。


農業用水だとしたら、その上に建物は建てられないのだ。

だが、夫が、農業用水の暗渠って、見た事無いけど、と言っていた。


川の暗渠だったのだ。



暗渠。

イヤな感じだった。

すぐに村上春樹の小説を思い出した。


この話をしたら友人も村上春樹を思ったらしいが、
彼女が想像したのは最新刊だ。

私が思い出したのは、昔々の懐かしい小説だ。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド

あれは都心の話だが、都心だろうと地方だろうと、
暗渠の不気味さは私にとっては変わりは無い。


不動産屋さんは、土木事務所に出向き調べてもらったけれど、
中々簡単には分からない、と、少し時間がかかるように言われた。

分かったのは、どうやら人が立って歩ける程の大きさの暗渠だという事だった。


人が立って歩ける?

とんでもない空間があの楽園の下に広がっている、という事らしい。

どうやら楽園なのは地上だけで、
その地下には、蜘蛛やムカデがうじゃうじゃいる湿った暗い空間があるのだ。


ナンだか、ダメ、なんじゃないか、と思い始めていた。


それでも、ひつじカフェ計画は一歩一歩進めていた。


上田に用事があって出掛けたので、
食品衛生の事で資料でも頂こうと思い、保健所に行く事にした。

そこには、土木事務所もあるのだ。

勿論、土木事務所にも行った。


職員の方は、ああ、その件ですね、とすぐに分かったようだった。

昭和50年代に工事したのは分かったんですけれど、
どこを通っているのかはまだ調べている所です。

その方は仰った。  「一級河川の暗渠ですね」


え? 一級河川って? あの暗渠が、一級河川、なんですか?


これは、もう、本当に、ダメ、なんじゃなかと思った。

だが、まだ、その経路は分かっていないのだ。


突然、昔からの友人が、土木工事監理の仕事をしていた事を思い出した。

彼は土木のプロであると共に、「あなたの知らない世界」にも精通している。

彼の土木的見地と、彼の直感的見地を聞いてみようと思った。


しかし、まさに彼にメールを書いている最中に、
暗渠の経路が分かった、という連絡が来たと夫から電話がかかってきた。

出先の夫は、不動産屋さんから聞いた筆番号を控えていた。

私は手持ちの一筆隣接図を見ながら、経路の確認をした。


暗渠は、建物の下に掛かり、恐らく増築をするであろう真下を通っていた。


これは、ダメ、だな、と思った。


作りかけた友人へのメールは、それでも完成させ送った。

友人は時間を作ってくれ、すぐに話すことができた。



先ず、土木的見地から言うと、
暗渠のある所は地盤が弱い事が考えられるから止めた方がいい。

それに、一級河川の上に建物を建てるとなると、
確か許可申請がものすごく面倒なはずだよ。

それと、直感的見地ね。
暗渠のある所は、絶対に止めた方がいいよ。

それから、住居と水の関係のレクチャーを少ししてくれた。



やはり、止める事にした。


大深度、というような地下なら、もう想像を超えているけれど、
ほんの何メートルかの足下に大きな大きな穴があるのだ。

例え保障があったとしても、誰かが怪我をするような事になったり、
何かがあったらどうしよう、と思うような所ではダメだ。

とても楽しい気分や寛いだ心地にはなれない。

例えどんな荒地だろうと、
地上の楽園なら、時間をかけて少しづつでも実現することはできるかもしれない。

だが、それが、地下の穴の事になったら、
それはいつまでもそこにそのままあるだけだ。

暗い暗いぽっかりあいた穴に、湿った風がひゅーひゅー吹いているのだ。


この物件との別れを決意した。


次の日に、骨を折ってくれた不動産屋さんを訪ねて、
購入を止める事を申し上げた。

不動産屋さんは、一級河川の上に建物を建てるのに面倒だったりしないと思うが、
と腑に落ちない様子だった。

けれど、問題は許可申請ではないのだ。


私は、暗渠がイヤなのだ。



物件にはさよならをして、二度と行っていない。

だが、あの、地上の楽園を目にして、
私のひつじプロジェクトのスイッチは、きっちりとオンに入った。


ひつじプロジェクトはこれからもその計画を進めていく。

未来の楽園に出会う日がそう遠くない事を願っている。

posted by ひつじ at 23:49| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

ひつじプロジェクト 出会いと別れ B

その物件の敷地は、変形地で、一部が川に面していた。

しかも、未登記の既存建物がその川に面した一角に建っていた。


もしも、河川法に抵触した場合、
川から一定の距離を取らないと建物が許可されない、という事が考えられた。


既存建物が許可されないか、
或いは、移動しなければならない、という事だ。


これは、予算に大きく影響がある事になる。


それに加えて、気になっている事があった。


川に面した部分に、水路が川に注いでいる様子が地図にも出ていた。

農業用水だろうか?

だが、不動産屋さんが売主さんに確認したところ、
そうではないと思う、との事であった。

農業用水であったら、その上に建物は建てられないのだ。

しかも、水路がある部分は、
果たして敷地内に当たるのかどうかも分からなかった。

水路の経路も確認してもらえるようにお願いした。



河川法が心配だった。

これで、伸るか反るか、が決まる、と思った。


だが、河川法は、インターネットで調べてみても、
どうも、難しくて、該当するのかどうか、全く分からなかった。


中途半端な気分のまま、ひつじカフェの事業計画書を作っていた。


何日かして、不動産屋さんから連絡が来た。

河川法には抵触せず、
建物はそのままの状態で使用可能であるという事だった。


良かった。
非常に大きな問題が解決した、と思った。


だが、同時に、良くない事も聞く事になった。

川に注いでいる水路の事だ。

農業用水ではなかった。

川の暗渠だ、というのだ。


暗渠?

イヤな感じがした。


不動産屋さんには、その暗渠なら暗渠の経路を
確認してもらえるように重ねてお願いをした。

ナンだか、分からないんですけどね、と、
不動産屋さんは「どうしてそんなに問題視するんですかね」と言いたげだった。


だが、最終的に、その暗渠が問題になった。

posted by ひつじ at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

ひつじプロジェクト 出会いと別れ A

ここで、ひつじカフェやりたい。


私の言葉に、夫は少しは驚いたけれど、
一呼吸後に、まぁ、そういえば、そう言いそうな所だな、と納得したらしく、
具体的に、どんな感じに思ったのか、聞いてくれた。

そして、本気なら、事業計画書を作りなさい、と言った。


コンセプトを決めて、色々な事の試算をして、
参考になりそうな書籍を取り寄せて、
事業計画書の例をインターネット上から探して、
そういった事を、昼間ミシン仕事をした後で夜にやった。


夫も本気になって考えてくれた。

会社の定款を増やして、会社の業務の一つとしてやる事にして、
金融機関にそう話して進めようと言ってくれた。



しかし、中々簡単には行かない事情のある物件だった。


農転がかかっていた。

売主さんが、住宅建てる積りで農地転用申請をしていたのだ。

だが、私は、半分以上を、農地、のままで使う積りなのだ。


不動産屋さんに、私の「ひつじカフェ計画」を話して、
夫と三人で話し合いをした。

そして、夫の農家資格で農地のまま買う、という事ができないか、
聞いてみた。


不動産屋さんは、暫く考えていたけれど、
手前入り口側は、雑種地として会社名義で購入して、
奥の現在畑部分は、農家資格で農地として購入する、
という提案をしてくれた。

農地部分が多ければ、税金は勿論だし、
下水道負担金も随分少なくなるという利点もあるのだ。


しかし、夫の農家資格は、自治体が違い、
遠隔地としての距離自体は恐らくそう問題でも無いと思われたが、
遠隔地の農地を購入可能、という、総耕作面積に心配があった。

とにかく、急いで耕作証明書を取ってくる、という話で、
その時の話し合いは終わった。


夫が、本気で、私に畑を買おうとしてくれていた。

私もまた、そこでただのんびりとしているのではなく、
本気で、対価を頂きながら回して行ける世界を作ろう、と思った。


耕作証明書は全く問題なく、むしろ、意外なほど多かった。

ぎりぎりかな?足りないかな?と言っていた夫が、少し驚いていた。

不動産屋さんに証明書を持って行き、
この方向で金融機関に話を進める、という事で行こうと思います、
と申し上げた。


だが、そこで次の問題が提示された。

それは、河川法、だった。




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2009年07月31日

ひつじプロジェクト 出会いと別れ

出会いと別れがあった。

今日、まさに、別れがあったのだ。


ひつじプロジェクトは、昨今始まったワケではない。

それは、もうずっと以前から温めていたモノだった。


しかし、この出会いがあって、
プロジェクトは現実味を持って私を突き動かしたのだ。


それは、ある物件との出会いであった。



長い付き合いの友人が、今月の最初の月曜日にやって来た。

友人は、私が描いて壁に張っていたマンガを見つけた。

「畑付きアパートとひつじカフェ

ひとしきり、その話で盛り上がった。


次の日の火曜日、
前の週に夫がお中元を配り切れなかった最後の一軒の不動産屋さんに伺った。

そこでその物件と出会った。


イヤ、正確には、その物件は、私が春先にインターネット上で既知のモノだった。

夫はそうとは知らず、その足で物件現場を確認してから帰宅した。

そして、次の日の水曜の朝、二人で現場に向かった。



そこに、私は、私の理想とする楽園を見た。


ゆるりと作られた畑があり、桔梗やアジサイが所々に植えられていた。

そして、アマガエルがぴょこぴょこ跳び回り、
トカゲがちょろちょろと動き回っていた。

山椒の木には、黄緑色のアゲハの幼虫が居た。

ここは、農薬が使われていない、という事だ。


私は、ここは春先にインターネットで見ていた物件だ、と気付いた。

特徴のある木に見覚えがあった。

戸建リノベーションプロジェクトが終わりに近付き、
次の事を考えようとして見つけた物件だった。

だが、程なくして、その物件はインターネット上から消えた。

ちょっと変わった条件だったけれど、売れてしまったのだろうと思った。



夫と建物の周囲の確認をしたりした。

メジャーで周囲を測りながら、私は夫とは違う事を考えていた。


そして、一通りの確認を終えてから、
私は夫に私の考えている事を言ってみた。


ここで、ひつじカフェやりたい。


そして、アツい三週間が始まった。

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2009年07月29日

今日の畑 大切な宝石

ナンだか、雨降りばかりだ。

東御は少雨地域なので、恵みの雨、と最初は思っていた。

だが、ここまで雨降りが続くと、具合の良くない事も起きてきそうな気がする。


大体、ジャガイモを掘る事ができないでいる。

夫は、地上部なんて無くなってしまって、どこに埋まってるかなぁ
と思いながら掘ったりするモンだから大丈夫、と言っている。

無理に畑が乾かない内に掘る積りは無い。

時間が経って天気が回復するのを待つしかない。


調子が良さそうなのは、ニンジンだ。

葉がこんもりと繁ったニンジンを抜いてみた。

昨年よりも明らかに成長している。


しかし、畑の中で調子良さそうにしている野菜はニンジン位かもしれない。


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除草剤の所為で、ネギは半分がダメになってしまった。

除草剤の所為か分からないが、すぐ脇のズッキーニも半分死にかけていた。

雨降りの所為で、トマトの実にヒビが入っていた。

せっかく実ったパプリカも、このまま雨降りが続けば間違いなくダメだろう。


とても暗い気分だった。


その時、宝石を見つけた。


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小さな小さな宝石は、キアゲハの卵だ。

こんな雨降りの中を、いつの間にかキアゲハはやって来ていたのだ。

少し楽しい気分になった。

そうしたら、今度はトンボを見つけた。


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トンボが逃げないように結構ウマく写真を撮れた事で、
もっと楽しい気分になった。

そうしたら、つやつや光る次の宝石を見つけた。


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トマトの芽欠きをしていたら、アマガエルが居たのだ。




上田にアマガエルが沢山いるアパートがある。


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昨年はそこから何匹ものアマガエルを捕まえては畑へ持ってきた。

少しの間は畑に住んでくれたけれど、
いつの間にか、皆、どこかに行ってしまった。

水場の無い畑にアマガエルを連れて来るなんて、かわいそうだと
夫はいい顔はしなかった。

だが、アマガエルは意外と結構な距離を移動しているようだ。

トマトの葉にとまっていたアマガエルは、とても小さく、
明らかに昨年私が持ってきたアマガエルではなかった。

昨年持ってきたアマガエルは、暫くすると結構大きくなって、
よく大根の葉にとまって、くわっくわっと大きな声で鳴いていた。


私の畑で、宝石のように美しいつやつやしたアマガエルが鳴いている。

なんて素敵なんだろう、と私は思うのだ。


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posted by ひつじ at 22:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

天国と地獄 ネギのデッドライン

天国と地獄を見た。


雨降りの合間に、ほぼ毎日畑に行き草刈をしていた。

やはり梅雨の頃の雑草の繁る勢いには、凄まじいモノがある。

畑の北西端の草刈をしていて、ふと気付いた。


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畝の途中に生えてそのままにしてあるマリーゴールドは、
それは美しく葉を繁らせて咲いている。

しかし、畝から外れたマリーゴールドが、ぐにゃり、としていた。

明らかに異常な様子であった。


手元ばかり見ていて気付かなかったが、
少し離れた視点で見てみると、分かった事があった。


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除草剤が撒かれたに違いなかった。

畑を貸して下さっているご主人が撒いたのであろう事は、
想像に難くなかった。

全く顔を合わさない日が続いた、というワケでも無かったけれど、
まぁ、除草剤撒いた、と私に言い忘れたのだろう。

シーズンは、除草剤撒いたダよ、と言われたので、
それなりの覚悟をして畑の変化を見守っていた。

だが、今年は違った。

除草剤がその猛威を振るい始めて、慄然とする事になった。


畝は、斜面に対して横向きにした。

だが、八ヶ岳に出掛けた時に道の駅で購入したネギの苗は植える所が無く、
畑の端に離して置いたコンポストの間に一列に植えた。

そのネギを境に西側は地獄と化したのだ。


しかし、余程マリーゴールドを除去したかったのか、
コンポストの周りまで除草剤は撒かれたようだった。

コンポストの縁のマリーゴールドが全滅していた。

だが、その一繁りのマリーゴールドの間には、
私のアスパラガスが一株と、ジャガイモが一株二株あるのだ。

かわいそうに、一網打尽に除草剤を被ってしまった。

アスパラガスは一体どうなるのだろう?

3日程後に見てみると、ネギの4分の1程もぐにゃりとしている。

ネギがデッドラインだと思ったが、
既にネギはその猛威に晒されていたのだ。


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降雨量の少ない東御では、恐らく今が一番たっぷりと水分を得られる季節であろう。

雨でトマトに割れ目が入っていた。

コリアンダーは雨風に倒れ掛かっている。


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手前右に鷹の爪、左にコリアンダーとバジルが一株ある。

その奥の畝には、レタスとシソがどうにか同居して、
その向こうにトマトが2畝、そして地上部が枯れたジャガイモがあり、
ニンジンの畝、サラダゴボウとカボチャが同居する畝がある。


しかし、西側の畝は、ネギのデッドラインの向こうは地獄なのだ。

南側は、玉葱の跡地に植えたセージが最南端の楽園となった。


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厳しい自然、という言い方があるが、
その自然、をコントロールしようとする厳しい人為的な措置がある。


どうか、畑の皆さんには強く生きて欲しい。

また、雨が降り出したようだ。


posted by ひつじ at 22:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

鯵ならぬプルーンの開き

開き、と言えば、鯵やサンマだが、プルーンも開きにするとよろしい。

以前はプルーンは丸齧りにしていた。

だが、ある事件があってから、決して丸齧りはしない事にしたのだ。


元々余り果物を好む方ではなかった。

だが、長野に来てからは、旬の果物を頂くのが好きになった。

好きになったといっても、そこには傾向と言うものはある。

元来余り好まなかった瓜系の果物と酸味の強い果物は、
やはり急に好きになったりはしない。

私は甘い果物が好きなのだろう。

長野に来て進んで購入し食べるようになったのは、
プルーンやキウィだ。

桃や葡萄は、結構高額だから購入は控えている。


キウィは今時分に木に生っているのを摘果し、霜が降りる前に収穫する。
そして凍らない所に置いてゆっくり追熟させる。


プルーンは、今時分から出始めて、
詳しくは分からないが段々種類が代わりながら出回る。

昨夏は、うっかりしていてプルーンを食べ損ねてしまった。

農協の直売所に久しぶりに出掛けて行き、プルーンは?と聞いたら、
もう終わりましたよ、と言われてがっかりしたのだ。

今年はそのような事がないように、スーパーマーケットの棚を点検していた。

スーパーマーケットでは、地元の旬でなくても、輸入物が置いてある。

その中から、「信州産」等と表示のあるモノを探すのだ。

今年は初物のプルーンはツルヤで買った。


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プルーンを必ず開きにしてから食べるようになったのは、
ある事件がきっかけだった。

長野に来て最初の夏に、直売所かどこかで買って来たプルーンを食べていた。

当時は丸齧りしていた。

半分くらいの見当で一口目を齧り、
手に残った方の種を外してから二口で食べていた。


その時も軽く水洗いをしたプルーンの一口目を齧った。

多分窓の外の景色でも見ながら食べていたのだと思う。

もぐもぐと二秒位咀嚼してから、手に持った残りのプルーンの
種を外そうとして手元を見直した。


手に持った残り半分のプルーンの種の周りに、何か蠢いていた。

ごく小さくはあったけれど、それは、イモ虫、であった。


次の瞬間に、咀嚼していたプルーンを、べべべ、と吐き出した。


アレ以来、プルーンは必ず開きにする事にした。

デリケートな神経の方であったら、プルーンをイヤになってしまったかもしれない。

だが、私はそれ程デリケートではなく、
うがいを何回かした位で済んだ。

飲み込んでいなくて幸いであった、と、本当に思う。


西荻の姉にその事を仰天した事件と思って話した。

しかし姉は驚かなかった。 結構そういう事あるよ、と平気そうだ。

さすが無農薬の食材を宅配で取っているだけある。

いつの間にか、妹の私には分からない位に太い神経を持っていたようだ。


こうして、今年もプルーンの旬が始まった。

近々農協の直売所に出掛けてみようと思う。

posted by ひつじ at 17:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

既にキュウリ優勢、更にインゲン登場

トマトの棒をお返しに伺った時に、奥様から言われていた。

明日、ウリをやるから、取りに来るダ。

奥様は嬉しそうに見えた。

明日のキュウリターゲットを既に一つ確保したぞ、
という微笑みだったのかもしれない。


今日も畑へは朝食前に行った。

そして午後は結構集中してミシン仕事をしていた。

18時頃にワンピースを2着仕上げて、買い物に出掛ける事にした。


アパートを出掛けて、先ず奥様の所へ伺った。

余り遅いから、ウリはもう他所にやっちまったダ、というのを期待していたが、
やはりキュウリはちゃんととってあった。

これから買い物に行くダか?
じゃあ、帰りに寄るダ。


買い物を済ませて、また奥様の所へ伺った。

奥様はにっこりと笑いながらスーパー手提げ袋を持ってきた。

一番上に乗っていたのは、インゲンだった。


インゲン?
あれ? インゲンも?


ちょっと大きくなっちまったのは、スジをこうやって剥くダ。

奥様は一つスジを剥いて見せてから、私に袋を渡す。

袋はずっしりと重く、先日のキュウリの袋以上の重量を感じて気が重くなった。


帰宅して買い物して来た物を冷蔵庫に仕舞った後に、
奥様が持たせて下さった袋の中を点検した。


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ナス?
あれ? ナスも?


大きなナスが4本とキュウリが11本とインゲンが一山。


7月の半ばだと言うのに、既にキュウリが優勢だ、という事になる。

先日頂いたキュウリがまだ3本あるのだ。

今夜私一人でサラダに2本入れて食べても、まだ前回のキュウリが残ってしまう。


そして更に追加だ。

てんこ盛りのインゲンだ。

茹でてゴマ和えにしたらイイダ、と奥様は仰った。

ゴマ和えもイイけれど、私は味噌和えが好きだ。

いずれにしても、ゴマでも味噌でも、傷む前に食べきれるだろうか?


スーパーでアジの開きを買ってきていた。

だが、山のようなキュウリとインゲンを見たら、
ナンだか、食欲が無くなってしまった。

常軌を逸した量の野菜に対峙した所為で、戦闘意欲がそがれてしまった。


戦いは、既にキュウリが優勢で、更にインゲンが登場したのだ。

イヤ、ナスもだった。


どうか、ナスの事は、今夜は忘れさせて欲しい。
posted by ひつじ at 22:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デモンストレーターには及ばなかったトマト

関東甲信越地方は昨日梅雨明けしたそうだ。

友人からのメールで知った。

暫く前から日差しが強くなり、畑に行く時間を早めようと考えていた。


明日こそは、朝食の前に畑に行く「飯前仕事」をしようと思っていると、
朝強い雨の音で目が覚める日が二日続いた。

その次の日は、強い風の音で目を覚ました。


これじゃ、今朝もダメだなぁ。
暑くなさそうだし、イイや。

普通に朝食をとってから畑に向かった。


いつもの、特に変わりの無い積りで、こんにちはと言いながら畑に入った。


すぐには、気付かなかった。


多分、コンポストに昨日の分の野菜屑やお茶ガラを捨てて、
もう一呼吸何かをした後くらいに、ソレに気付いた。


トマトがコケかけていた。


夫のカービングスキーの角度よりもキツく、
トマトは倒れ込んでいた。

トマトを植える時に、夫が本宅から持ってきてくれた竹の棒が折れていた。


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これは一ヶ月前のトマトの様子だ。

夫が持ってきてくれた棒は、竹もプラスティックも割りと細めな棒であった。

プラスティックの棒はバッテンに地面に刺し、
竹の棒をそのバッテンの上に乗せて固定して、トマトの支柱にも使用した。

その、バッテンの上に乗せた横向きに使用した棒が折れていた。

そして、デモンストレーターのカービングスキーの如くに倒れ込んでいた。


せっかく育ったトマトが、根元から折れていたらお終いだった。

だが、いくらデモンストレーターでも、手が着く位までしか体を倒さない。

有難い事に、トマトも根元を限りなく湾曲させながら、
ちょっと手を着く位の角度に留まっていた。


トマトの体勢を立て直した。

だが、一度折れてぶらんぶらんになった棒は、支柱をきちんと支えられない。

別の箇所から解いた麻紐を持って来て、応急処置をするしかなかった。

しかし、元々が細い棒だった。

最近背も伸びて次々と実を付け出したトマトには、役不足であろう。


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考えてみたが、夫は今日はこちらには来ない予定であった。

そして、この暑い中を徒歩30分でホームセンターに行くのはイヤだった。


考えてみた。

畑を貸して頂いているご夫婦にお願いしてみる事にした。


体勢を立て直したトマトを、どうにかこうにかバランスをとらせて、
私のカービングスキー程度の角度で持ちこたえさせる事ができた。


少しだから、待っていてね、とトマトに声をかけて、
大急ぎでご夫婦を訪ねた。


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運良くご在宅で、棒も快く貸して下さった。

棒置き場に案内して下さり、要るだけ持って行くようにと言われた。


コケかけたのは、5本のトマトのうちの、中玉の3本だったので、
考えてから5本の棒をお借りする事にした。

アパートに戻り麻紐も切って持ってきた。


畑に戻ると、トマトはナンとか私のカービングスキーの角度で待っていてくれた。

お借りした棒で新たなバッテンを二箇所作り、横棒を渡した。

トマトの支柱をしっかりと固定して、
二度とデモンストレーターの真似をできないようにした。


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夫に頼んで本宅からプラスティックの長い棒を8本持って来てもらった。

支柱もプラスティックの棒に取り替えた。

新たな横棒を渡しながらお借りしている棒を外すのは結構面倒な作業で、
一時間近くかかってしまった。

トマトはもう私の身長163cmを越えているのだ。

どうにか棒の補強と交換を終える事ができたので、
19時頃にお借りしていた棒を返却して帰宅した。


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トマトは、中玉3本の他に、桃太郎が一本とミニトマトが一本ある。

全てに心配が無いように棒を配備するには、全部で20本程は必要かもしれない。

トマトにはお役御免になった竹の棒は、
ピーマンやパプリカで活躍してもらおう。


梅雨が明けた。

トマトを5本も植えたら、ドンだけデキるか、スゴいぞ、と夫が予言していた。

危機を回避したトマトは、これからが本番の季節だ。

さて、ドンだけデキるのだろうか?
posted by ひつじ at 13:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

キュウリが実を滅ぼす、実から出るサビ

首都圏の方とお話をしていると
「キュウリとか、収獲しているんでしょ?」とよく言われる。

夏の畑、というと、どうやら皆さん、キュウリ、を連想するらしい。

だが、残念ながら、私はキュウリは植えていない。

キュウリって、ほら、設備が要るんですよ、と答えると、
あぁ棒立てたりしなきゃならないんだよね、と納得してくれる。

だが、実は、棒はトマトの為に夫の本宅から借りているのだ。

余り大きな声では言えないが、
私はそれ程キュウリが好きではないから植えないのだ。

植えなくても、キュウリは夏になると必ず頂く事になる、というのが
農振地域での常識、というか、生活の知恵であるかもしれない。


なにしろ、キュウリ責め、というか、キュウリ地獄、というか、
苦しいくらいキュウリを頂く事になる。

キュウリを下さるのは、畑を貸して下さっているご夫婦だ。

奥様は、漬物普及委員会、長野県東信支部、支部長であるので、
勿論キュウリは漬物にもされているに決まっている。

そして、何十年も農業をされてきたので、
幾つくらいキュウリの苗を植えるとどの位の収量になるかの予測もできている筈だ。

それにも拘らず、家族では消費できない程の量のキュウリを作ってしまう。

そして、有り余るキュウリの行き先を思案する事になるのだ。


キュウリの行き先のターゲットは幾つかあるようだが、
本日は普段のターゲットに行き渡る以上の収獲があったようだ。

夕方、滅多に鳴らないウチの電話が鳴った。

奥様が「ひつじさん、ウリ、デキてるダ?いるダか?」と仰る。

あ、私、キュウリは作ってないですよ、いつもありがとうございます。

頂きにお伺いした。


キュウリターゲットに、まだあるからイイ、と言われてしまったのだろうか?

下さったキュウリは、13本もあった。


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今日とったのだから、ウマいダよ、
ウチの冷蔵庫には、まだ昨日のがあるダ、と仰る。

どうしてなのだろうか?

どうして、そんなに沢山作ってしまうのだろうか?

聞くワケにもいかないので、
お礼だけ申し上げて、帰ってきた。


昨年の8月の13日と18日に、地産地消のデッドヒートと、
そのヒートアップについて書いている。

冷蔵庫がキュウリとナスでいっぱいになった光景を思い出す。


キュウリが実から出たサビでその実を滅ぼす、という事を知ったのは、
長野に来て夏のキュウリ責めを体験してからだ。

東京では、キュウリは一本から売っていた。

余りキュウリが好きではない私は、余程気が向いた時に一本買う程度で、
キュウリで頭を悩ました経験は無かった。


長野で季節の始まりに初めてキュウリを頂いた時は、
デキたては、花ガラがまだくっついているのだ、と感心した。

だが、程なくして、キュウリ責め、キュウリ地獄、を体験する事になった。


そして、私は、経験から学んだ。

キュウリが実を滅ぼすのは、その実から出たサビ、からなのだ。


キュウリの実から出たサビ。

それは、その花ガラなのだ。


花ガラは、くっついたままで冷蔵庫に仕舞うと、
じきにぐにゃりと傷んでキュウリ本体に張り付き、カビが生えてくるのだ。

そして、本体が傷んでぐにゃりとしてきて、
そう遠くないうちに、どろり、として、びとびとしてくる。

こうなると、もう、隣のキュウリも、どろり、びとびと、だ。

ビニール袋の中で、何本もいっぺんに、どろり、びとびと、にしてしまった。

いくら、コンポストがあって、生ゴミリサイクルされる、としても、
びとびとなキュウリは、コンポストの中がどろりと水っぽくなる原因であるので、
好ましい事では決して無いのだ。

そういった事態を避ける為に重要なのは、
頂いたら、すぐにでも、全ての花ガラを撤去する、という事だ。

新鮮ナンだなぁ、と感心するのは、3秒だけでイイ。

ぽろっと取れても、まだ結構しっかりとくっついていても、
とにかく、全ての花ガラを撤去するのだ。


小鉢にとった二本は、お味噌を付けて美味しく頂いた。

初物のキュウリを頂いて、
キュウリ取り扱い最重要項目について再確認した日であった。

posted by ひつじ at 23:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする