2011年10月31日

今年の収穫 @

新しい畑に通うのに、以前お借りしていた畑の端を通っている。

以前の畑はこの先の運命を知らずにのんびりとした様子で、
遠目にもタンポポが咲き乱れているのが見えた。

楽園の最後の姿であるのに、誰も気付いていない。

ミミズさんも天道虫さんも気付いていない。

もうすぐ、一年にいっぺんだけ撒いても良く効くという
強力な破壊力を持つ除草剤を撒かれてしまうのだ。

新しい畑に持って行くのにコンポストを撤去してしまった畑は
急によそよそしい様子に見えなくも無かった。

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けれど、思い返して近付いてみると、
まだ楽園の名残から救済できそうな物もあった。

セージの株だ。

しっかり根付いてかなり大きく育った物もあったけれど
ナンとか引っこ抜いて新しい畑に運んだ。

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畑に植えた苗は徐々に根付いていった。

長ネギはしっかりとした葉をぴんと伸ばし始めた。

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トマトの支柱を立てて、向こうにはピーマンの支え囲いを作った。

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畝に各々の芽が列になって並んでいるのが分かるようになった。

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蓼科に出掛けた時に購入したルバーブの苗があったのだが、
少し水遣りが遅れた所為で枯れかけていた。

勢いの良い2株は友人にあげて、
残りのどうにも萎れかけの苗をダメ元で植えてみた。

しかし、中々に生命力の強い植物らしく、
最初からあった葉が茶色くなって朽ちた様子の後で
「おや?」と気付いた時には小さな芽を出し始めていた。

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これは本来野沢菜のように立派な株に成長する植物なのだ。

隣と問題が起きないようにトマトの列の西端に植えた。


そして畑には直にアマガエルが現れ、
この先の楽園の序章であるように思われた。

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しかし、レタスの葉が巻き始める前に雑草が繁り始めていた。

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そして、ジャガイモの芽がまだ雑草に埋もれていなかった筈なのに
何がそんなに生えてくるのか見ているうちに想定外の事態にまで至ってしまった。

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一面が腰に届くかという猫ジャラシの海になってしまったのだ。

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2011年05月24日

楽園への歩み

新たな楽園への歩みを進めている。


以前畑を貸して下さっていたご主人が、
近所に畑を貸しても良いと言っている方が居る、と仰っていた。

一本向こうの路地を入って行った所にある畑だと教えて下さった。


ナンか、遠くなるんだなぁ、と先ず思った。

人参はある程度まで育つまでは毎日水をあげなければならない。

私はアパートからジョウロとバケツに水を汲んで
畑まで歩いて運んでいる。

少しでも遠くなると思うと、がっかりしてしまうのは否めない。


ご主人がアポを取って下さって、
次に借りる畑のオーナーと面談をする事になった。

オーナーは、小柄な老婦人だった。

皆で畑に行き、境界の確認をした。


「ひつじさんの家はどっちの方だね?」
老婦人に聞かれて、あちらの方だと答えた。

すると老婦人は、以前畑を借りていたご主人に
「ひつじさんがあっちの路地から来ると随分遠くなるから、
 お宅の畑を横切ってここに来てもらってもいいダよね?」
とわざわざ仰って下さった。

ご主人も 「ああ、いいダよ」と言って下さった。


これは大変有難かった。

今まではご主人の300坪の畑の上端の道路っぱたをお借りしていた。

次の畑は300坪の下端をずぅっと横切って行けば、
今までと殆ど距離は変わらない。

そして日を改めて地代のお話しをしにお宅に伺って、
次の畑をお借りする約束は確定した。



ジャガイモの植え時になっていて
急がなければ、と思っていた。


夫に、本宅から久しぶりに鍬を借りてきてくれないかと頼んだ。

以前にも借りた、備中鍬と平鍬の二本だ。

備中とは、フォークのような形状の鍬で、
平鍬は、「鍬」と言ったら誰しもが想像する平らな形状の鍬だ。

初めての畑の土の状態が分からないので、
先ずは備中で耕して様子を見てみようと思った。


夫はすぐに本宅から鍬を持ってきてくれた。

けれど、3日後にはお姉さん達が来て鍬を使うから、
それまでに返さなければならない、と言う。

私はかなりなハイスピードで畑を耕す事になった。


耕してみたら、とてもイイ感じなのが分かった。

前の畑は、区画整理をした時にどこかから土を持ってきたと言っていた。

その所為かどうか分からないが、漬物石位の石がごろごろあったし、
全容が分からない程の石もあった。

今度借りた畑は、漬物石のような物は一つも無く、
石蹴りサイズの石があるだけだった。

そして、藁でマルチをしていたらしく、
至る所に藁があり、鍬で漉き込む事になった。


久しぶりに畝立てをしたら、少々細畝に作ってしまった。

またそのうちに小さなシャベルで畝を整えようと思った。


とりあえず、人参と長ネギとルッコラと大根とレタスを植えた。

長ネギは苗で、あとは種だ。

まだ二十日大根もあるし、今シーズンは初めてケールも買ってみた。


トマトやピーマンやパセリの苗も買わなければならない。

楽園への歩みが始まったのだ。


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長ネギの苗は、売り場の方がお値引きして下さる程くたびれていた。

けれど、植えてみたらすぐに生き生きとし出したのが分かった。


そして、すぐに芽を出したのは大根だ。

大根に続いてレタスが芽を出すだろう。

人参はもっとずっと遅れをとって目覚めるのだ。



楽園への歩みが始まった。

キアゲハやミツバチが私の新しい畑を見つけてくれるのを待っている。

posted by ひつじ at 22:24| Comment(4) | 畑・野菜・虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月23日

ひつじ的 非常事態宣言

いつか、そういう日が来るかもしれない、とは思っていた。

けれど、こんなに早くに現実になる、とは思っていなかった。



お天気の良い月曜日だった。

私はカフェの開店の前にスーパーマーケットに買い物に行こうと家を出た。


見ると、畑を貸して下さっているご主人が作業をしていらっしゃる。

私は大きな声で「おはようございます」とご挨拶をした。


「あ、ひつじさん、おはよう」 言いながらご主人がこちらに歩いてくる。

ちょっと急いで買い物に行こうと思っていたけれど、
いつもなら遠くから「おはよう」と返事だけするご主人が
何やら、わざわざこちらまでいらっしゃるのでお待ちしていた。


「ひつじさん、畑の事だけども」 何だろう?またどこかホジクり返すのかな?

「西洋たんぽぽが随分生えちまったから、除草剤撒かないとと思ってな。
 そんで、向こうに畑持ってる人に話したら使ってもらってイイ所があるって言ってたし。
 紹介はするから、地代とかは相対で話してもらうんでイイかね」


飲み込んで返答するのに、3秒はかかったと思う。

「今お借りしている畑はお返しして、次にどこかご紹介下さる、という事、です、ね?」

そうだ、じゃあ、そういう事で、とご主人との話は終わった。



私は、畑を、返してくれるように、言われてしまったのだ。


放心状態のまま何か買い物をして、帰宅する途中で夫に電話をした。

「あの、さ、畑、返してって、言われちゃった」

夫は驚かなかった。
まぁ、時間の問題だったな。あんなにクサにしてたら当然だな。



イイ感じのクサ具合になってきた、と思っていた。

周り一面が除草剤で砂漠化した片隅にあるオアシス、と自負していた。

人参にはキアゲハの幼虫が育ち、アブラムシを食べる天道虫が活躍し、
ミツバチがぶんぶんと素敵な羽音をたて、赤と黒のクールな柄のカメムシがいた。

そして、ぶっといミミズが沢山いる土の中は、モグラか地鼠のトンネルがあった。

声高く鳴くアマガエルや、鋭い声で鳴くキジのつがいもいた。


だが、その楽園も終焉の時が来た。

「一年にいっぺん」だけでも大丈夫、という、強力な除草剤を撒かれてしまうのだ。



最初はミミズもロクにいなかった。

ホームセンターで「抗生物質を使っていない鶏の鶏糞」を買ってきて鋤き込んだ。

夫からの貢物である「米糠」を撒いた事もあった。

有機的な物を畑に入れたのはその二回だけだ。

私のコンポストはまだ満杯になった事が無く、その中身が鋤き込まれた事は無い。


雨ばかりの年は、トマトはダメだったけれど大根はよくできた。

昨年は、異様な暑さに大根は全くダメだったし、トマトはカメムシだらけになった。

色々な天候の年があるのだと分かった。

自然農の方向で行く事を決め、畝を作り直すのを止めた。

通路に生えたマリーゴールドは切花にしてカフェに飾った。


私にとって、畑は、効率良く作付けして如何に多く作らせるか、という野菜工場ではなく、
居心地が良さそうに集まった虫達を眺めたり、力強く育つ植物の不思議さに打たれながら、
幾ばくかの収穫の楽しみも味わわせてもらえる大切な楽園なのだ。

バクテリアやミミズを始め、様々な虫やそれを捕食する鳥など、
ささやかでも自然のある部分の世界が展開されていただろうと思う。

それは、私の求めた世界であるけれど、私が作った世界ではない。

私は、ただ、皆が来てくれるのを待っていただけだった。


最初備中鍬で起こした時は、ロクにいなかったミミズがいつの間にか増えてぶっとくなった。

こぼれ種で増えたシャンツァイの美しい白い小さな花に、
沢山のミツバチが群れ飛んでいた。

皆、この楽園を気に入ってくれているように見えた。

私は、幸せだった。



皆は、まだ、知らない。

楽園は、もう、無いのだ。


もうすぐ、そこは砂漠になるのだ。

それなのに、私は、ミミズもミツバチも救う事ができない。

「ミミズ君、非常事態なんだよ、逃げて」

除草剤で真っ先に死ぬのは、ミミズだろう。
ミミズ君には、本当に悪い事をしてしまった。



少々気温は低いようだが、春のしっとりした雨が降っている。

マリーゴールドの種が芽吹きが近い事を感じているだろう。

土中に冬眠しているアマガエルも春を感じているかもしれない。


バクテリアやミミズの死を決して無駄にはしない事を誓った。

私は、次の楽園を必ず作る。


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posted by ひつじ at 22:24| Comment(0) | 畑・野菜・虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

初めてのお買い物

夫とは、半同棲生活をしている。

大晦日を本宅で過ごした夫が、
元日にやって来て「明けましておめでとう」と言う。

そんな相変わらずの調子で新年を迎えた。


夫は本宅以外では一泊止まりで、連泊を決してしない。

今夜は夫は毎年恒例の温泉に泊りがけの新年会だ。

それは、その前後も合わせて3泊はウチに泊まりに来ない
という事を意味している。

こうなるともう、半同棲ではなくて、
半分以下同棲、という事だ。


そして、外泊の用事以外にも、夫がこちらに泊まりに来ない事がある。

それはスキー場のインストラクターのバイトがある日の、
早朝出勤の場合だ。

本宅とウチは車で20分程の距離ではあるけれど、
スキー場には本宅の方が近いのだ。

それでスキーの仕事がある日は本宅から出勤する方がラクなので
前の晩はこちらに来る事は先ず無い。

夫は自分の仕事の為に私に決死の早起きをさせないようにと
気遣ってくれているのだ。



夫はお正月の3日からスキーの仕事の予定が入っていた。

元日にやって来た夫に「黒豆煮てあるよ」と言ったら喜んでいる。

しかし、夫は頼んでおいた灯油を持ってきていないようだ。


ねぇ、灯油は? 
年末のちょっと前にタンク持って帰ってもらったよね?
持って来てないの?

あ、忘れた、と夫は言うけれど、
ストーブはそろそろ灯油がカラになりかけているのだ。

ねぇ、すぐは悪いと思うからちょっと前に頼んだんだよ。
もう灯油無くなるよ。
ちゃんと持ってきてよ。

夫は、忘れちゃうんだよ、もっと余裕持って言ってよ、
と言って、本宅に帰って行ってしまった。


カフェのストーブはほぼ満タンにしてあった。

けれど、ウチのストーブはもうすぐカラだった。



その晩は、カフェから小さな円筒形のストーブを持って上がり
それをウチで稼働させた。

ウチにある「会議室用」の強力大型ストーブはもうカラに近く、
点火する気にならなかった。

カフェから持ってきたオモチャみたいなかわいらしいストーブと
手あぶりのストーブで一晩過ごす事になった。



翌朝、私は決心した。

初めてのお買い物に行く事にしたのだ。



灯油を買いに行った事が無かった。

東京のウチでは、給湯と暖房は灯油だったけれど、
備え付けのタンクがあり、灯油屋さんが入れに来てくれていた。

そして暖房は床暖房で、
壁面スイッチを操作するだけで、灯油の匂いを嗅ぐ事は無かったし、
赤いタンクを運んだ事も無かった。

けれど、灯油はガソリンスタンドで売っているのは知っていた。



年末に東京に行く前に、
初めてセルフのスタンドでガソリンを入れてみた。

ガソリンの匂いは好きじゃないし、
普通のスタンドで給油の際に窓を拭いてもらえるのがイイと思っていた。

セルフの方が安いのは知っていたけれど、
窓拭き等のサービス料金がプラスされている、と考えて納得していた。


夫が安いセルフのスタンドに行くと言うので、
私もついて行く、と言った。

夫は驚いて、
「ひつじちゃん、ホントにセルフ行くんだ」と感心している。

だってさ、安いんでしょ?
東京行くなら満タンにしておいた方が安心だし。
でも、初めてだから、ナンか心配だし。

夫の車の後をついて運転して、セルフのスタンドに行き、
夫に丁寧に説明してもらって初めて自分でガソリンを入れてみた。

普段は先ず満タンにしたりしないのだけれど、
東京に往復するのだから、念の為に満タンにする事にした。

「ひつじちゃん、できたね。自分で入れられたね。」

夫に褒めてもらい、
私に説明する為にまだ自分のガソリンを入れていなかった夫を置いて
先にスタンドを出て帰宅した。



セルフでガソリンは一度入れてみた。

まだその後一人では行っていないけれど、
多分、ナンとかなるだろうと思っている。

という事は、灯油もイケるのではないだろうか?


夫は二晩やって来ないのだ。

ウチでビバークするのも決して不可能ではないけれど、
猫のもぅもも寒がるだろうし、灯油を買いに行ってみる事にした。



赤い灯油タンクを積んで、例のセルフのスタンドに行った。

灯油コーナーには先客が二組いて、
いくつものタンクを並べて灯油を入れていた。

邪魔にならないように少し離れて車を停めたら、
一人の方が作業を終えたようだった。

タンクを持って灯油コーナーに近付いた。

パネルを見て、最初から躓いてしまった。

何リットル入れるのか、ボタンを押すようになっているのだが
このタンクは果たして何リットルの容量なのだろうか?

隣で作業を終えた方が去って行こうとしていた。

この方が行ってしまったら、誰も居なくなってしまう。

慌てて声をかけ、教えて頂けるようにお願いしてみた。


タンクは18リットル、という事だった。

そういえば、タンクの横に18という文字がある。

ガソリンと違うのは、先にお金を入れるという所だった。

二千円でも入れてお釣りを貰えばイイんだよ、と教えてもらった。


よくお礼を申し上げてから作業にとりかかった。

ガソリン程の危険性は無いかもしれないけれど、
やはり初めては緊張するモノなのだ。

機械は誤作動を起こす事無く、きちんと18リットルで止まった。


だがしかし、そこからが大変だった。

18リットル満タンの灯油タンクを運ぶのは初めてだった。

いつもは夫に二階まで運んでもらうか、
一階でもう一つのカラのタンクに半分移して軽くしてから運んでいた。

気合いを入れて、心の中で「とおぉぉ!」と叫び車に運んだ。

前に作業していた方々が灯油コーナーに車をぴったり寄せていたのは
この為だったのだという事が初めて理解できた。

この次は私も皆さんのように車を寄せよう、と思った。



夜に夫が電話してきた。

私ねぇ、今日、灯油買ってきたよ。
こないだのセルフのスタンドに行って、
ヒトに聞いてやってみたんだ。

夫はひどく感心した。
「こないだ初めてセルフに行ったのに、灯油もやってみたんだ。
 えらいねぇ。ひつじちゃん、進歩したねぇ。」

でも、運ぶのが大変だったよ。
すっごく大変だった。
重いのにいつも運んでくれてありがとうね。



半同棲生活をしていると、いつも夫に頼るわけにはいかない事もある。

こうして一つでも一人でやってみるのは小さなチャレンジなのだ。


灯油を買いに行く事ができるのは、
冬季における大きな安心を得たという事だ。

猫とひっつきながらビバークしないで済む。

しかし、面白い夫が何日も来ないのはつまらない。

早く明日のお昼にならないかなぁと思う。
posted by ひつじ at 23:36| Comment(2) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

夫のクリスマス、私の年末

夫は、「良いお年を」と言って本宅に帰って行った。

今年も一人の大晦日だ。


それにしても、静かな12月だった。

こんなに静かな12月は、10年振りだ。

昨年まで行っていた東京でのアルバイトは、
一年で一番忙しいのが年末の三日間だったのだ。


12月は、先ずお歳暮で忙しかった。

お歳暮の忙しさはだらだらと続き、クリスマスの前に一段落した。

一息つくと、お年賀の忙しい波がやって来て、
それは大晦日のクライマックスまで尻上がりに続いた。


今年の年末はどうだったのだろうか?

途中で包装紙を切らしたりしなかっただろうか?

大晦日まで誰が出勤するか、シフトでもめなかっただろうか?

10年の間にあった年末における様々なトラブルが脳裏に浮かぶ。

私は、あの喧騒から離れたのだ。



12月になると、毎年夫と同じ会話をした。

クリスマスについての議論だ。

交通費がかかるので、少々長丁場でも私はずっと東京に居たかった。

けれど、夫はクリスマスに帰ってきて欲しいという考えだった。


ねぇ、クリスマスに帰って来なきゃかなぁ。
私、大晦日まで一週間連続シフトなんだよね。

夫は目と眉毛と口を「へ」の字のように動かしながら、
ひつじちゃんとクリスマスしたい、とゴネている。

宗教観も無いのにさぁ。
クリスマス前の別の誰かの誕生日はどうでもイイのに
クリスマスはどうしてそんなに大切なワケなの?

この話になると、いつも夫がする話がある。

それは、夫が幼少のミギリにサンタさんが来なかった、という話だ。

保育園だかで、保母さんが「サンタさんは来たかなぁ?」と言って、
皆、サンタさん来てくれたと手を上げたので、自分も上げておいた。

しかし、内心夫は「サンタさんって何?」と分からなかったし、
何もプレゼントをもらっていない事は誰にも言えなかったのだそうだ。


夫は、その寂しいクリスマスをやり直したいという気持ちなのだろう。

しかし、夫がいくら純真な心の持ち主であっても、
三歳の頃に戻る事はできないのだ。

しかも、私はそういった類の事を重要視していない。

だがやはり、夫のクリスマスの為に毎年長野に帰って来ていた。


今年は、10年振りに静かな12月を過ごしてきた。

そして、私は意外な言葉を聞く事になった。


あれはまだ11月であったと思う。

夫は、スキーの練習チームの合宿に参加するので
クリスマスには居ない、と言い出した。

へぇぇ、そうナンだ。
ふぅん、一泊で白馬に行くんだ、イイねぇ。

私もクリスマス後の日曜日の晩から二泊三日で東京に行く予定だった。

随分暫く夫と一緒にお泊りしない、という事になる。

奇妙なモノだけれど、お互いの都合でそういう事になった。


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夫は土曜日にスキーの練習が終わった頃にメールをしてきた。

随分降雪があり、ホワイトクリスマスだったようだ。


本宅に直帰しないで私の所へ寄ってくれ、
お土産のオヤキを三つ、持って来てくれた。

クリスマスだったから、という理由ではなくて、
泊りがけだったという事で、夕飯はトンカツを食べに出掛けた。



二泊三日で出掛けた東京での忘年会はとても楽しかった。

久しぶりに元のバイト先の店に顔を出し、年末のご挨拶をする事も出来た。

そして、姉の子供達と実に久しぶりにゆっくりと遊んだり話したりした。


バイト先の店にある茶室には、
今頃、お正月飾りの柳がしなやかにしな垂れている事だろう。

あの柳飾りが見られない事だけは残念だ。


一人の大晦日ではあるけれど、
今年の私は一人ではなくて、猫のもぅもと一緒だ。

今年一年の様々な事に深く感謝しながら、
いつものようにもぅもと枕を並べて休もうと思う。


どうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
posted by ひつじ at 23:41| Comment(2) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

洗濯ネット活用術 そのB

私は決心して、「もしもしダイヤル」に電話をかけた。


「もしもしダイヤル」に緊急電話をした事が、過去に何回かあった。

困った時の神頼み、が「もしもしダイヤル」だ。

頼みの神様は、まだ帰宅していない、との事だった。

帰宅したら折り返し電話を下さる、という有難い神様だ。


過去に「もしもしダイヤル」に電話をかけたのは、
もぅもがマタタビの入った紙袋を食べてしまった時だ。

爪とぎダンボールにマタタビの入った薄い紙パックが付いていた。

爪とぎダンボールに少量ふりかけてもぅもの注意を引く為に使った。

その残りの紙パックを、ちょっと開け口を折り返しただけで
もぅもが上がった事の無い少し高い箪笥の上に置いておいた。

だが、私が見ていない時に、箪笥の上に上がったらしく、
気付いたらマタタビの袋を抱えて齧っていた。

夢中で齧っている様子がおかしくて少し構ったら
盗られると思ったのか、飲み込んでしまったのだ。


もぅものお腹の中のどこかで、紙袋が詰まってしまわないだろうか?
吐き出させた方が良いのだろうか?
そもそも、吐き出させる事が私に出来るだろうか?

不安で怖くなり、「もしもしダイヤル」に電話をかけた。

電話の向こうで神様はのんびりした声で、
「自分で吐き出すか、ウンチと一緒に出てくるから大丈夫」と仰った。

あの神々しいお声を聞いただけで、安心できる。


携帯に神様から電話がかかってきた。

いつもの神々しいお声で「どうしたの?」と仰るので、
これは携帯にかかっているので、こちらからかけ直すと申し上げた。

電話をかけ直し、一通りの事情を説明した。

神様は、うんうんと聞いてくれていたけれど、
私が最後に「向こうの部屋で犬に追い駆けられたらしい」と言ったら
「それだ。それだよ」と仰る。

神様は、まるでその現場を見ていたかのように説明をしてくれた。


猫は、逃げようとしてパニックになると、
垂直の壁でも、カーテンでも、上にのぼって逃げようとする習性がある。

恐らく、犬に追い駆けられて壁やカーテンをよじ登って逃げようとし、
爪が立たなくなり床に落下して腰を打つ、というのを繰り返したのだろう。


もぅもがタオルに包まれてオシッコを漏らしながら震えていた様子を
説明しながら私は半泣きになってしまった。

あの時、私はそんな事は全く想像できなくて
あらあらオシッコ漏らしてる、と先ず思ったのではなかったか?

ヒドい飼い主だ、と思った。


神様曰く、足を捻挫でもしていたら、
捻挫した足は痛くて突けないので、三本足で歩く事がよくある。

そうではないようなので、多分腰を打ったのだろう。

痛いうちは食欲も無いし動かないだろうけれど、
暫くすれば元気になると思うよ。


少し、安心した。

そして、飼い主として、こういう時はどうするべきだったのか、
聞いてみた。

もぅもがケージを嫌いになって、二度と入らないのではないか、
というのも心配であった。


うん。獣医さんが嫌いな猫、いるからね。
そういう時には、ネットに入れればいいんだよ。

ネット?

そう、洗濯ネット。
100キンで買えばイイんだよ。
それに入れれば逃げられないし、暴れてもネットを摘んで運べるし、
ネットごとタオルで包めば猫も安心するしね。


神々しい言葉だった。

そのような洗濯ネットの活用術があったとは、想像だにしなかった。

一つ、大きな勉強をさせて頂いた。


もぅもの受難の概要も理解する事ができた。

大きな安心を貰って、今回の「もしもしダイヤル」を終えた。


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かわいいかわいいもぅもが、元気になって本当に良かった。

すっかり元気で、寒くなった今は真剣な様子でストーブに張り付いている。


「もしもしダイヤル」は、夏にもぅもが具合が悪くなった時もかけた。

あの時は、オシッコの間隔が空いて、吐いたりもして緊急であった。

何しろ初めて猫と暮らすのだから、知らない事ばかりだ。

しかし、なるべく自分で調べたりして、
すぐに電話したりしないようにしている積りだ。

「もしもしダイヤル」がある、という事は
とてもとても大切な私の安心なのだ。

年内に一度お供えをして手を合わせたいと思っている。
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2010年11月08日

洗濯ネット活用術 そのA

もぅもの受難の深刻さに気付いたのは、もう夕方になってからだった。


その日、私はカフェの定休日で、
もぅものタコ紐ウンチの問題が一応一段落した積りでいた。

夫も私に合わせてお休みモードになっていて、
二人でランチに出掛け、そのまま少し出歩いて、帰宅したのは夕方遅くになっていた。


帰宅してすぐに、もぅもがイヤに大人しい事に気付いた。

歩こうとしないのだ。

見ていると、ほんの少し歩き始めたけれど、
後ろ足、というか、腰、というか、下半身がふらふらとヨロケている。

ご飯を確認すると、獣医さんに出掛ける前に少しは食べていた筈なのに、
それ以降殆ど食べて減った様子は見られなかった。

どうも、様子がヘンだ、と気付いた。


ナンか、もぅもがヘンだよ、ふらふらしていると思わない?

夫に否定してもらいたかった。

けれど、夫も見てみてすぐに、確かにヘンだ、ヨロケていると言う。

午前中に連れて行った獣医さんにすぐに電話をしてみる事にした。


猫回虫の虫下しの薬を飲ませてもらっていたので、
その薬の副作用ではないかと聞いてみた。

獣医さんは、そういう事は無いとは思いますけれど、と仰ったけれど
様子がヘンなのなら今から連れてきて下さい、と言われた。


連れて行こうと思った途端に、もぅもがおトイレに行ってウンチをした。

二日続けてウンチをする事は普段は無いので、
さっき午前中に飲んだ虫下しが効いているのだろうと思った。

という事は、タコ紐虫がうじゃうじゃしているのだろうかと思ったが
期待に反して虫らしきモノは全く見られなかった。


だがしかし、もぅもは、ケージに入る事を拒否して
入り口の所ですごい力を発揮して意思表示をしていた。


ケージはもぅもにとって、普段は遊んで出入りするおウチであり、
それに私が入れようとする時は、下のカフェに行くか、東京に行くか、
何れにしても、私と一緒に居られる所に移動する時に入る箱であった。

一番最初にケージに入った時に獣医さんに行ったけれど、
初めてケージに入って初めて車に乗せられて初めて獣医さんに行って、
驚いているうちにまた車に乗って帰ってきてしまった。

あの時は、まだもぅもはウチに来てそう経っていなくて、
今から思うとまだまだ「借りてきた猫」状態でソレはおとなしかった。

夏に具合が悪くなって遠くの獣医さんに緊急で行った時は、
何しろ具合が悪かったので、とても大人しかった。

もぅもは、私がケージに入るようにお尻を押すと、
いつでも素直にケージに入っていた。

でも、今朝、私に言われるままにケージに入ったもぅもは、
獣医さんで逆さにされて、犬に追い駆けられるという恐怖体験をした。

あれから6時間程しか経っていないのに、
またケージに入れようとして拒否されるのは無理無かった。

しかし、明らかにふらついて様子がおかしいのだ。

心を鬼にしてもぅもをケージに押し込んで獣医さんに向かった。


獣医さんでは特に異常は見出せず、すぐに帰宅した。

けれど、もぅもは現実にふらついていて、
本当に最低限の移動にしか歩こうとしていないように見えた。


前の晩にウチに泊まった夫は、本宅に帰って行った。

もぅもは、じぃっとした格好のまま、
いつものように遊ぼうとあぅあぅねだったりしてこない。

そして、ほんの少し歩くとよろよろふらふらしていた。

堪らなく心配だった。


決心した。

「もしもしダイヤル」に電話をかけてみる事にした。
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2010年10月30日

洗濯ネット活用術 その@

いつものようにラジオをかけながら料理をしていた。

ニュースの後にクラシック番組が始まっていた。


奥の部屋から、物音が聞こえてきた。

うぐぅ。 むぐぐ。

猫の「もぅも」のいびきだ。

デスク前の椅子に敷いた毛皮の上で丸くなって寝ているのだ。

ラジオを消して、もぅもの小さないびきを聞きながら食事をした。




私は、すっかり、ばか、になってしまった。


猫のもぅもにべったりだ。

かわいくてかわいくてたまらない。

自分がこんなに何かに対して盲目な状態になるのだという事に
今更ながら驚いている。

かわいいかわいい猫のもぅも、元気になって本当に良かった。


先週、もぅもはタオルに包まれておしっこを漏らしながら
体を強張らせて震えていた。


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先週、私は、洗濯ネットの新たな活用術を教わった。


洗濯ネットの活用術として、ごく最近出色だったのは
グリージーフリースと呼ばれている刈り取ったままの羊毛を洗うのに
ネットに入れて洗剤を溶かしたかなり高温のお湯に漬け込むという手法だ。

洗い済みの羊毛よりもお手頃なのでグリージーを購入し
ウチでそれ専用と決めたネットを使用して洗っている。

この手法を教えて下さったのは、羊毛を購入したお店で
さすが専門店だと感心していた。


だが、出色であったと言っても、これはあくまでも洗濯の域を出ていない。

今回勉強したのは、全く新たな洗濯ネットの活用術だった。



事の始まりは、猫のもぅものウンチだった。

夜にもぅものおトイレを掃除しようとしてウンチを片付けたら、
見慣れないモノを見つけた。

夜目に白いタコ紐のようなモノが見えたのだ。

明かりを点けて見てみたら、どうやら虫のようだった。

タコ紐状の白い虫が、ウンチを貫通して、
どちらが頭か尻か判別はしかねたが、そんな格好で死んでいるようだった。

そんなモノは初めて見たので非常に驚いた。

明日、獣医さんに持参しようとビニール袋にウンチを移した。


もぅもはいつもと変わり無く、
追いかけてもらって遊ぼうとして、私にあぅあぅと鳴いて催促していた。

ちょっと逃げる振りをして踏み台の下に潜り込んで、
こちょこちょしてもらおうと尻尾をぴんと立ててお尻を振って待っている。

かわいいお尻をこちょこちょしながら、
このお尻の奥に、タコ紐虫がいっぱい居るのだろうか、と考えていた。



次の日、獣医さんに出掛けた。

丁度夫が泊まりに来ていて、一緒に来てくれた。

私は夫が持ちたがらないウンチを持って、
夫はもぅもを入れたケージを持って診察室に入った。

獣医さんはウンチを貫通している虫を見て「猫回虫ですね」と言っていた。

そして、診察台の上にケージからもぅもを出そうとした。


けれど、もぅもは中々出て来ようとはしなかった。

私はまだ片手にウンチの袋を持っていて、
夫と獣医さんがどうにかもぅもを出そうと躍起になっていた。

獣医さんがケージを逆さにした。

私は、えぇっ逆さにするナンて、と驚いたけれど、
あっという間に中に敷いたペットシートと一緒にもぅもは滑り出てきて
そのままあっという間に診察台から飛び降りて奥の部屋へ逃げ込んでしまった。

そして、かなり暫くの間戻って来なかった。


戻ってきたもぅもは、タオルに包まれてオシッコを漏らしていた。

そして、診察台の上で体を強張らせて震えていた。


奥の部屋で、犬に追い駆けられていたのだと説明された。

「2キロの犬だからこの猫よりも小さいからね」
「それに、本気になれば猫の方が強いんだからね」

そう補足を聞いた。


けれど、もぅもはオシッコを漏らしながらがたがた震えていて、
もう、たまらなくかわいそうであった。


虫下しの薬を飲まされて、ついでに耳ダニの薬ももらって帰宅した。


獣医さんに着いた時、かなり大きな犬を連れた方と駐車場で擦れ違っていた。

多分、あの犬の匂いが診察室に充満していて
ケージから出たくなかったのだろうと推測した。

無理に出されてパニックになって逃げたら、
本物の犬に追い駆けられたのだ。

どんなにか怖かったろう。

小さな小さなもぅもが知らない所で逃げ惑っている姿を想像した。

あぁ、かわいそうだった、と胸が痛んだ。



だが、もぅもの受難はもっと深刻な事だった。
posted by ひつじ at 00:33| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

アレやってる頃(夫婦喧嘩の原因)

今頃、アレやってる頃だ。

アレには、前に一度お付き合いしたけれど、
私は、もう二度とゴメンだ、と思った。

勿論、その時に、夫にもはっきり言った。
「続きがあるんだろうけど、私はもうイイや」

私の人生にアレの為の時間はもう一秒も無くていいと思っている。



夫は今頃アレに夢中だ。

夫はアレを23時まで見る積りなのだ。

「地上波初登場」だとか書いてあった。

もう二度と登場しないでイイよ、と私は思った。



アレの所為で夫婦喧嘩だ。

夫がせっかく一生懸命に作業を重ねて、
ようやくカフェの放映をアップする事ができたのに。

夫はきっと「おいら、イイ仕事したよ」と得意になっていて、
ウチにやって来て夕飯のおかずにお肉の料理でも食べる積りだったのだろう。

けれど、夫はアレの事を言い出した。



大河ドラマが終わった後の時間に始まる「バイオハザードV」だ。


私は大河ドラマは面白いと思うようになったので一緒に見るし、
夫が本宅に居てこちらには来ない晩も一人で見ている。

でも、先々週に、つい夫にお付き合いをしてアレを見てしまった。

「バイオハザードT」だ。

気味の悪い怪獣やらゾンビだかやらがうじゃうじゃ出てきて、
23時まで「ぎょえぇ〜ぐぅわおぅ〜」とやっていた。

そして、来週も再来週もアレの続きをやる、と言っていた。


冗談ではない。

23時まであんなモノを見て、寝るのが遅くなるなんてイヤだった。



前にもこういった事で喧嘩をした。

正確には喧嘩ではなくて、
夫の希望を私が却下して、夫が「堪忍袋」をぱんぱんに膨らませた、という事だ。


前の時は、気味の悪い映画ではなくて、サッカーだった。

何も言わずに「おいら、お泊りに行く」と言ってやって来て、
普通の顔をして「25時からサッカー見る」と言ったのだ。


ねぇ、どうして夜中にサッカー見る日にウチに来るのよ?
テレビ点いてたら、私、寝られないよ。


夫は「堪忍袋」をぱんぱんに膨らませながら、
車に行ってカーナビでサッカーを見ていた。

だが、ご近所で窓を開け放したままサッカーを見ているお宅から
うおおぉ〜という叫び声が聞こえてきたり、夫が玄関を出入りしたりして、
その晩は、結局余り良く寝られなかった。



夫は、あの堪忍袋を膨らませた時の事を思い出したのだろう。

私が「えぇ〜、アレ見るの?」と言ったら、
「じゃあ行かないよ」とすぐに言って、電話を切った。

夫は、私のご飯よりもアレがイイのだ。



夫が人にお願いをして撮ってもらったDVDを、
苦労して編集した事には本当に頭が下がると感じている。

カレーのスパイスについて、
夫が自分で調べて私に進言したように放映されている事については、
どうにもオカシくて仕方ないようではあるけれど、
そういった事を差し引いても、夫は本当に努力をしてくれているのだ。

今夜は、夫が食べたいお肉料理にするか、と一瞬考えた。

ハンバーグかな?と考えている私に、夫はアレ見たい、と言い出したのだ。


夫は、私のご飯よりもアレが良くて、
私は、夫が来てくれるよりも、静かな日曜日の晩が大切なのだろうか。


せっかく再婚したのに、こんなのって寂し過ぎると感じるのは私だけなのだろうか。

夫は、どうしてレンタルを借りてきてアレを見ようとは思わないのだろうか。

私は夫が好まない映画は、自分一人の時間に見るようにしているし、
夫が好まないクラシック音楽は消すようにしているのに。



(暫くご覧頂きましたので削除させて頂きました)




仲良さそうに映っているけれど、
こんな、ツマらない事で、堪忍袋をちょっと膨らませたりシボませたりしています。

posted by ひつじ at 22:27| Comment(4) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

夏を振り返って  過ちと落胆

夏は、既に終わっている。

通り過ぎた夏を振り返って思う。

夏の過ちと落胆を。


若い頃には、沢山の過ちを犯したものだった。

だがしかし、こういう年齢になってまで、
自分がこのような過ちを犯すとは思ってもみなかった。

それは、余りにも救いようの無い過ちであった。

まるで、経験値の浅い小娘が犯すような過ちだった。



初めてインターネットで布地を発注した。

キャミソールとフレアパンティのセットを作る予定で、
用釈に僅かなゆとりがあるだけの生地を発注した。

発注したのは二種類。 リバティとソレイアードだ。

リバティでは、自分のワンピースやブラウスを作った事もあったし、
バイアステープにしてちょっとした所に使ったりした事もあった。


だが、ソレイアードは、使ったことが無かった。


ソレイアードが嫌いなワケではない。

ただ単に、たまたま使った事が無かっただけで、
どちらかと言うと好きな感じではあった。

だが、その未経験なソレイアードを実物を見ないでネットで買った。

それが、過ちの始まりであった。


かなり長い時間がかかって、二種類の生地はウチに到着した。

早速水通しをした。


水通し、とは、生地をしっかりと水に浸して、
水で縮む生地は縮ませて、糊を落としたり、生地の縦横を整えて、
アイロンがけをして仕上げる事を言う。

水通しをしてから、次にパターンを置いて裁断に取り掛かるのだ。


白状するが、私は、やはりリバティの方が好きだ。

リバティを先に裁断した。


久しぶりに扱ったリバティは、やはり素敵な生地だった。

今年のモデルだという新しい模様も素敵だったし、
ネットで見た色違いの中から選んだ色も気に入った。

イイ気分でリバティの裁断を終えた。


次に、ソレイアードの生地を広げて裁断にとりかかった。

けれど、心では、ミシンの作業もリバティからにしようか、
などと考えていたに違いなかった。


私は、その時、まさに過ちを犯していた。



「木を見て、森を見ず」とは言うが、
私は「森を見て、木を見ず」という過ちを犯していた。

裁断を途中まで進めた所で、ソレイアードの模様に
上下があるらしい事に突然気付いたのだ。

用釈に僅かなゆとり分しか無い生地では、
もはや裁断のやり直しは不可能であった。


若い頃には、沢山の過ちを犯したものだった。

生地的な過ちにおいては、コーデュロイ等の毛足の方向のある生地で
右身頃と左身頃で上下逆向きに作った事もあったし、
向きを統一して裁断しようとしたら用釈が足りなくなった事もあった。

経験値の浅い、若気の至りともいうべき恥ずかしい過ちだ。

だが、それと同等に等しい過ちを、犯してしまった。

そして、既にリカバリーは不可能であった。

仕方なくキャミソールは諦めて、フレアパンティだけ裁断した。


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この夏の過ち。
それは、ヒドいものであったと思う。

けれど、落胆もまた、全く以ってヒドいものだった。


カフェの開業届けを出していなかった。

何がナンでも行けなかった、という程忙しかったワケではなかった。

けれど、自分の中で期限も想定していなかったし、
そう遠からず行く、としか考えていなかった。


ある定休日に、ふと思いついて開業届けを出しに行く事にした。

予め税務署に電話をかけて、必要なものはあるか聞いてみた。

「まぁ、ハンコくらいは要るかもしれないので持って来て下さい」
税務署の方は和やかにそう仰られた。

実印も要らなければ、保健所の営業許可証も要らないのか。

以前に頂いてあった事業開始届けに記入漏れが無いかざっと見て、
夫にこれから税務署に行くのだと電話をかけた。

夫はその日は税務署近くの物件に居たので、
後で行って一緒におやつを食べようと思い、バナナケーキも持った。

イイ気分でちょっとしたドライブを楽しむように出掛けた。


税務署での事業開始届けは、写しに税務署の判を押してくれて
あっけないほど簡単に終了したようだった。

書類を仕舞いながら、係りの方が申告はどうするかと言ってきた。

「青色申告にします」と答えた。 (だって、すごくお得そうだモンね)

控除の額だとか、赤字繰越だとか、お得そうな話を聞いていた。


係りの方が、向こうから用紙を持ってきたけれど、
「開業は5月、だったんですよね」と仰った。

先ほど、事業開始届けに「開業 5月○○日」と書いて提出したばかりだ。

「そうです」と答えた。 (さっき書いたの出したじゃん)

すると、係りの方は仰られた。
「青色申告は、事業開始から二ヶ月以内に手続きしなければできないんですよ。
 ひつじさんの場合は、7月○○日までに手続きしなければならなかったんですが
 もう過ぎているので、初年度は白色申告、という事になりますね」


頭が、白色、になった。

控除が、赤字繰越が、遠退いて行った。


三秒位の間、私は、開業日を改ざんできないかと考えたけれど、
恥ずかしくなり、その考えは捨てた。

深い、落胆を感じた。


ナンだか、面倒だよと言う意見もあったけれど、
どうにかやってみて、お得そうな控除や赤字繰越の恩恵に預かろうと目論んでいた。

深く、深く、がっかりした。


そして、コレを話して夫に「だから早く行きなって言っただろ」
と言われて、落胆に追い討ちをかけられる事を思うとゲンナリした。


だが、ウツロな目をした私に、係りの方は更に仰った。

「消費税課税事業者選択届けはどうしますか?」


もう、ナンだか、分からなかった。

「夫に、電話してみます」と答えた。


手短に、開業二ヶ月を過ぎたので初年度は白色申告しか出来ない事を告げ
消費税課税事業者、とかは、どうすればイイのだろうか聞いてみた。

夫は、少し驚いて「えぇぇ!」と言ったけれど、
うんうんと聞いた後で、係りの方に電話を替わるように言った。

暫くお話してもらい、電話を終えた。

そして23年分以降の所得税の青色申告の用紙の写しと、
消費税課税事業者選択届出書を二枚と、決算の手引書と、
国税局の「もしもしダイヤル」を下さった。

簡単なアンケートに記入して、税務署を後にした。



深く、落胆していた。

どのくらい、とか、よく分からなかったけれど、
すごく損をした気分だった。

それも、どうしてもという理由ではなく、
ただ、ちょっと先送りにしていた所為なのだ。

この、深く深くがっかりしている所に、
「だから言っただろ」と言われたら、泣いてしまうかもしれない。

考えてみたら、夫だって二ヶ月以内と知っていたワケではなかった。

「もう、仕方ないじゃない」と言おう、
そう思いながら、夫の待つ物件へと向かった。


夫は「残念だったね」とだけ言った。

きっと酷く落胆してやって来る私に、どう言おうか考えていたのだろう。

持って来たバナナケーキを食べて、
物件で夫と別れて一人で運転して帰宅した。



「ナンだか、すごく損した気分でさぁ。がっかりしちゃった」

えのっちさんにお電話して、白色になった事を話してみた。

少し考えてから、「そんなに損でもないと思いますよ」と言って下さり、
「何でも聞いて下さいね」と励まして下さった。



昔々、私が若かった頃に、
「アッシー君」や「メッシー君」だとかいう言葉があった。

今、私が頼りにしているのは「カイケー君」だ。

会計ソフトの入力の仕方を指導して頂いて、
入力しやすいように設定もして下さった。 頼りになる。

あとで請求書を送りますよ、と言われたので、
プリン換算にしてもらえるようにお願いをした。

会計監査年間プリン契約。



夏を振り返ると、そこには過ちがあり、落胆があった。

けれど、励まして下さる方や、労わってくれる夫もいるし、
また新たな勉強もさせて頂ける機会にもなった。

一歩一歩、進んで行こうと思う。




posted by ひつじ at 00:13| Comment(3) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

荻窪、西荻、テレビ B

テレビ局の方は、放送局と番組の名前を仰られた。

けれど、私は知らなかった。

私は変人で、一週間に決まった二時間程しかテレビを見ない。

テレビ局の名前すら知らなかった非礼をお詫び申し上げた。


KURAという信州の雑誌に掲載されていましたね?と言われたので、
あぁ雑誌をご覧になられた「雑誌効果」ね、と思った。

どちらからのご紹介だとか、何からの効果なのかを把握して、
雑誌効果なのなら編集部さんがお見えになられた時にお礼申し上げようと思っていた。


テレビ局の担当の若い女性は、「なるほど」という相槌を打ちながら、
私の言葉をどんどん導き出して行った。

私が自分で意識していない事や、気付いていない事などを、
ああして上手に引き出すのだなぁと感心した。


火曜日に再度電話がかかってきた。

最初の時のように、「なるほど」と仰りながら電話インタビューは進んだ。


収録は来週の金曜日だ。
その前に一度打ち合わせに来て下さると仰られた。


お見えになられたのは、利発な小鹿ちゃんといった感じの女性だった。

そして、私は驚く事を聞いた。


取材のきっかけは、雑誌効果ではなかった。

テレビ局の人に「取材に行ってみて」というメールをして下さった方がいたのだ。


テレビ局に居る知り合いにメールをしてきたというその方は
「KURAに掲載されているけれど、自分達が店に来た最初のお客さんだと言っていた」
と書いていらしたそうだ。


最初のお客様、と言ったら
お盆中のあのギターコンサートに軽井沢に行った土曜日にみえたお客様だ。


奥様が書く素敵なブログはとても人気のブログらしく、
それを見て来たのだと仰るお客様が二組ご来店下さっていた。

有難いことだなぁと思っていたけれど、
ご主人様からまでそんなご親切を頂いていたとは想像もしていなかった。


余りに有難くて感激したけれど、
これをどうお返しさせて頂けるか考えて、困ってしまった。


色々考えてみた。

奥様のブログにはプライベートメールを差し上げられる機能は見当たらなかった。

お礼の気持ちで、私は自分磨きをする、という事しかないかな、と思った。

プリンを精進する、とか。


あんなふうにさりげなく素敵な心配りをできるようになりたいなぁ。
えのっちさんにお電話して、そんな事をお話した。

応援して下さる方がいて良かったですね、と言って頂いた。


そして思った。

私は、私に出来る小さな心配りをどなたかにお回しして行こう。


一年半前のあの楽しかったひつじプロジェクト物件は、
今、パン屋さんに生まれ変わろうとしている。

私がお役に立てる事が何かあるかもしれない。



テレビに映るのは、やはり恥ずかしいような気持ちがするのだけれど、
ご親切を頂いたという事が、こんなに心を暖かくしてくれるのだという事は
本当に嬉しいなぁ良かったなぁ、と思っています。

皆様、いつもありがとうございます。



posted by ひつじ at 22:36| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月24日

荻窪、西荻、テレビ A

最初のお客様がみえてから、7組12名のお客様がいらして下さった。

そして、私はこの僅かな間に何度も驚かされる事になった。


若い女性二人が、人生について語り合っていた。

会話の中に「吉祥寺」という言葉が出てきた。

思わず「吉祥寺、行かれるんですか?私、西荻なんです」と言ってしまった。

すると、片方の女性が驚く事を仰った。
こないだまで西荻に住んでいた、との事だ。

しかも、私が友人の家へ行く時や、コーヒー屋さんに行く時に
いつも通っていた辺りに住んでいた、と仰る。

あのヘンなら、多分あのアパートだな、とちらっと思った。

暫く西荻や吉祥寺でどんなカフェに行っただとかいう話題で盛り上がった。
もう一方の女性は、今度引っ越す時は西荻にしようと仰っていた。


嬉しくなって早速夫に電話をした。

私が今はもう無い「がちまいや」っていうオーガニックお菓子屋さんに
昔行った事あるっていう話になったら羨ましがられちゃった。

がちまいやさんのお菓子の本を本棚で見て、そういう話になったのだ。
がちまいやさんの後は、今は「ニヒル牛」になっているそうだ。

あぁあ、懐かしいなぁ。
こんなに何ヶ月も西荻行ってないのって初めてかなぁ。


だが、それからすぐに、また西荻と荻窪の話をコッテリする事になるとは
全く想像もしていなかった。



ランチにカレーを一人で食べに行きたいというお電話を頂いた。

男性お一人でランチ。
営業マンさんかな?

しかし、車が練馬ナンバーだった。

東京からいらした、ワケじゃない、ですよねぇ?

最近、こちらに引っ越してきたとの事だった。

そうなんですか。 
私、西荻なものですから、と言ってみたら、荻窪だったと仰る。

荻窪のオーガニックレストランのお話などをしたり、
東京でのお仕事の事などもお話下さった。


長野県東御市のカフェで、
西荻や荻窪に住んでいた方とお話するとは思っていなかった。

驚いた。


しかし、この日の驚きはまだまだ続いた。


女性のお客様がご来店下さった。

荻窪の男性は長居しちゃって、と仰りながらお帰りになられた。


女性は、新聞の折込をご覧になられて
「ひつじ年生まれの洋裁の好きなひつじさん、って私と共通点があるわと思って」
と言って下さった。

聞くと、どうやら少し年上のひつじ年生まれの方で、
洋裁は、好きだとか言うレベルではなく、プロの腕前をお持ちの方であった。

またまた、お話が弾んだ。

弾みついでに、何かの拍子にまた
「私、杉並の西荻窪というところの出身なんです」と発言した。

すると女性は、息を呑むような顔をしてから「私も西荻よ」と仰った。

その女性と私は、小学校と中学校が同じだった。


驚いた。


私はカフェの店長ブログには、西荻の出身だとかは書いていない。

これは、本当にただの偶然なのだ。


だがしかし、この日の驚きはまだ続いた。



女性がお帰りになられたのは16時頃であった。

早速夫に電話をした。

ねぇねぇ、荻窪のヒトと西荻のヒトがみえたんだよ、驚くよねぇ。

夫は、へぇ、そりゃスゴいねぇ、お話も楽しかったならよかったねぇと言って
これから予定があるから、と言って電話を切った。


16時までお昼を食べ損ねた私は、
すぐに食べられるのがプリンしかなかったので、少しプリンを食べようと思った。

プリンをほんの少し食べたところに、電話がかかってきた。


テレビ局からだった。


posted by ひつじ at 21:34| Comment(4) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

荻窪、西荻、テレビ @

とうとう、その時は来た。

知らないヒトがお客様としてカフェにご来店された。


その日は、お盆中の土曜日だった。

昼過ぎに携帯に着信があった。 父からだ。

「おまえ、今日の夕方はヒマか?」と言う。
母と二人で軽井沢に着いたところで、夕方からギターの演奏会があるというのだ。

来るなら演奏会の当日券を買ってくれるとの事だ。

しかし、演奏会の開演は18時だという。

私、18時まではお店やってる時間ナンだよねぇ。

父は私のカフェの事はすっかり忘れていたようで、
あぁそうか、おまえ、店やってたんだっけ、という調子だった。

とりあえず、夫と相談してから折り返す事にした。


お父さんとお母さんが軽井沢に来てるんだって電話くれたんだけど、
18時からギターのコンサート来ないかって。
でも、18時開演じゃ、30分以上前にこっちを出ないと間に合わないよねぇ。

夫は、お盆で混んでいるだろうからもっと余裕をみないと間に合わない、と言う。

そうだ、バイクで行くのはどう?
車じゃ着いてからも停める所を探すのに時間かかるかもしれないじゃない?

たまたま車はこちらに停めてあったので、
もう少ししたらバイクでこちらに来て、天気も考慮してから早目に出発しよう、
という話しになった。


でも、私はすこし迷っていた。

昨日、お客様からお盆中の営業についてお電話を頂いていた。

日曜日に行きたいと仰るお客様だったけれど、
「お盆中も通常営業しています」と答えていた。

そして、そのように店長ブログにも書いていた。


書いた次の日に早速早仕舞い、って、そういうの、良くないよねぇ。

夫は、大丈夫だよ。 どうせ誰も来ないよ、と言った。

「本日は都合により17時閉店とさせて頂きます。明日は通常営業致します」
張り紙を書いて、着替えでもしておこうと上の部屋に行った。


カフェの事を掲載して頂いた新聞の折込を送って下さっていて、
そこに軽井沢の美術館でクラシックギターのコンサートがある事もでていた。


お父さん達は招待券なんだから、
ずっと前から分かってたなら前もって知らせておいてくれればイイのにねぇ。
そしたら予め14日は17時閉店ってブログにも書いたのになぁ。
まぁ、高い当日券を買ってくれると言うんだから、文句言う気は無いけどさぁ。

バイクで出掛ける為に、少し厚めの生地で作ったパンツに着替えた。

その時だった、車が入ってくる音が聞こえた。

入居者さんの車ではない事は、ちらっと見ただけで分かった。


お客様だった。


posted by ひつじ at 22:24| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

夫の病名、ひつじ的発熱 そのB

大シマさんが、心配だった。

夫の病気がうつっていたりしたら、どうしよう、と思った。

大シマさんは、夫と私の間に座って歓談されていた。



東京からAさんがカフェを見に来て下さる事になっていた。

Aさんは、長野県内にお住まいの「織田ゆうじ系原人」さんを誘って下さっていた。

織田系原人さんとおめにかかるのは二度目になる。

ふと、私もひと方お誘いしてみようと思いついた。

大シマさんだ。


お昼前の新幹線で上田に到着したAさんを迎えに行き、
北国街道柳町のルヴァンでパンを購入して暫く散策してから東御に帰宅した。

カフェで織田系原人さんと合流して、私の運転でヴィラデストへ向かった。


ヴィラデストへ向かう前に、携帯に着信があった。
大シマさんからだ。

これから出発してこちらに来て下さるとの事であった。

本当に来て下さる。 嬉しかった。



ヴィラデストでのお食事は、いつも通り、とても素晴らしかった。


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それなのに、私は、またパエリアの事を考えていた。

今夜は皆さんに私の手料理を召し上がって頂く事になっていて、
昨日のうちに何品か支度しておいてあった。

カボチャのヴィシソワーズと、キュウリのサラダと、アンチョビ風味ポテトグラタン
白インゲンのパテ、スペイン風ポテトサラダ、タプナード卵サンドの具。

当日料理するのは、チキンのモモ肉カチャトーラ風一品だけにする予定だった。


それなのに、私は、またパエリアの事を考えていた。


だってさ、ほら、大シマさんが来て下さる事になったから。

大シマさん、お酒飲まないからもうちょっとボリュームある一品があった方が
イイんじゃないかと思うんだけどなぁ。


だが、もう十分だという意見と、早く席に着いてと言って下さるお言葉で
パエリア案はあえなく却下となった。


楽しいお話に時はあっという間に過ぎて、22時頃にお開きとなり
大シマさんはさりげなく車に乗り込んでお帰りになられた。

けれど、私は、大シマさんが心配だった。

夫の病気がうつっていたりしたら、どうしよう、と思っていた。



多発性劇症NNB症候群とDD症候群。

分かりやすく言うと、NEMU-NEMU-BYOU症候群とDARU-DARU症候群なんだそうだ。



大シマさんはクダらない病気に罹患する事無く、
無事にお帰りになられたようで本当に良かった。

けれど、私のパエリア熱は、どうやら慢性化してしまったようだ。


「今夜はお泊りする」とやって来た夫に、今夜のご飯なぁんだ?と聞いた。

夫がえぇとえぇとと考えていたので、ヒントを与えた。

「今夜は何のパエリアだと思う?」

重症だ。


あれから、ベーコンと人参とソーセージのパエリアをもう何度か作り、
その後からはベーコンとシメジのパエリアも作った。

そして、今夜は夫は本宅泊まりで居ないのに、一人でまたパエリアを作って食べた。

今夜はベーコンとエリンギのパエリアだ。


バラベーコンはブロックでたっぷり買ってある。

荒挽きソーセージもあるし、白米もまだまだある。

楽しいパエリア熱とバリエーションの妄想は暫く続きそうだ。

posted by ひつじ at 23:17| Comment(2) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月08日

夫の病名、ひつじ的発熱 そのA

夫が呻いていた。

「おいら、DD症候群にもかかってる」

多発性劇症NNB症候群を発症していて、DD症候群も併発した、となると、
かなり重症化しているという事だ。

辛そうに呻く夫がかわいそうだった。

だが、私の熱もまだ下がっていなかった。



パエリア熱は、エビのパエリアを作っても下がらなかった。

あんなに立派な有頭エビのパエリアだったのに下がらない、という事は、
パエリア熱の慢性化を疑うべきかもしれなかった。


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エビのミソと何匹分ものエビの殻を炒めて煮詰めてとったスープとで味付けをした。

サフランもきちんと使用した。

塩味が薄いという夫からの指摘はあったが、
エビ風味の威力は、さすが高額食品だけの存在感があった。


だが、それにも拘らず、パエリア熱は下がらなかった。


なぜなのか?

それは、パエリア熱ウィルスの変異があったからだ。


「ベーコンが入ったパエリアって、美味しそう」

このウィルスの変異が、私のパエリア熱の慢性化の引き金になったと推測する。


ベーコン入りパエリア。
どうやって作る? あとどんな具材が合うか?

ヴァリエーションを考え出した所を見ると、慢性化は確定的かと思われた。


そして、とうとう慢性化から来る奇行が見られるようになった。


夫が本宅に帰って居ない一人だけの夕飯に、
ベーコンパエリアを作る、という大胆な奇行だ。

だが、まだ幾分かの責任能力が残っていたようだ。

エビのパエリアの時の半分の量である200CCの白米を使用した。


具材は、ブロック状のベーコンと添加物の入っていないソーセージ、
それに大きめに切った人参をたっぷりと使用した。

余り目立たないが、エビのパエリアのレシピと同様、
玉葱とニンニクも少々使用している。


パエリアのレシピ本を確認した。

チョリソーのパエリア、というのが実際にあった。

やはりあるのだ。

ベーコンの変異は想定内であった、という事かもしれなかった。


ベーコンをしっかり炒めて脂を出して、そこで人参を炒めた。

次に水を加えて、煮立ったら弱火にして人参が柔らかくなるまで煮込んで、
顆粒の鶏がらスープの素を加えた。

エビほどの存在感のある味にはならないのは仕方なかった。

だが、スープとしても美味しい味に整えて、
未知のパエリアへと立ち向かいたかった。
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2010年08月04日

夫の病名、ひつじ的発熱 その@

夫が突然言い出した。

「分かった。おいらの病名はNNBだ」


医療系のドラマを見ていたところだった。

確かに、そうかもしれない、と思った。

しかも、多発性劇症NNB症候群、だろうと思われる。

手の施しようが無いのだ。



私は私で発熱していた。

ひつじ的発熱だ。


熱にも色々ある。
例えば、マラリア熱、とか、デング熱、とかだ。

だが、今回は私のひつじ的発熱は、パエリア熱、というヤツだった。


パエリア熱。
それは、料理熱症候群の中の米類熱の一種だ。

堪らなくパエリアが作りたくなった所を見ると、かなりな重症だと思われた。

料理熱症候群にかかると、食べたい、という食欲よりも、
作りたい、という料理欲が先行するのが特徴だ。


今回のパエリア熱は、微熱が出始めた頃を特定できる。

それは、銅のフライパンを見た時だ。

東京のウチを整理してカフェで使いそうな道具を長野に運んだ時に、
そうだ、この銅のフライパンも持っていこう、と思った。

そして、その時に冷蔵庫の中も完璧に整理した所為で、
冷凍庫にしまっておいたパエリア用のトマトソースも持ってくる事になった。


銅のフライパンとパエリア用トマトソース。
お膳立ては整った、という事だ。


私はパエリア鍋を持っていないので、
以前からホームパーティでパエリアを作る時はこの銅のフライパンを使用していた。

というか、この銅のフライパンで他の料理をした事は無い。

おかげで、このフライパンを見るとパエリアを連想するのは必然なのだ。


パエリア熱を下げるには、パエリアを作るしかない。

だが、そこには高いハードルがあった。


パエリアの材料が高額食品である、という事だ。

パエリア、と言ったら、やはり、エビ、だからだ。

エビ、ムール貝などだろうか。


私は、パエリア、と言ったら、エビ、だ。
勿論有頭エビだ。

暫く前から、スーパーマーケットのツルヤで、エビの売り場をチェックしていた。

堪らなく熱が高まっていた。


高額食品のエビを購入してパエリアを作って熱を下げなければならなかった。

だが、高額食品であるというプレッシャーの前に、
何かパエリア的な理由付けが必要だと思われた。

丁度イイところに理由を見つける事ができた。

えのっちさんだ。

長野にみえたえのっちさんは、夫のリフォームを手伝ってくれたり、
お土産を下さったり、カフェのお得意さん兼プリン評論家でもある。

えのっちさんをカモに、イヤ、パエリア的な理由にしてパエリアを作る事にした。



ツルヤでエビを購入した。

胸が高鳴った。

エビは高額食品であると私は認識しているので、そう滅多に買う事は無い。

そのエビを有頭を8匹と無頭を何匹か購入した。


まだ、高いハードルがあった。

精神的ハードルだ。


パエリア熱は料理熱症候群の中の米類熱の一種なので、お米を使用する。

だが、そのお米は、白米、なのだ。


普段玄米食をしている私のウチには白米は存在しない。

正確には、玄米を更に精米すれば白米になるワケだけれど、
精米機が無いので、白米にする事ができない、という事なのだ。


東京のウチには、精米機がある。

姉の精米機だ。

東京のウチでホームパーティをする時は、その精米機で玄米を精米して
白米をパエリアに使用して、米糠を長野に持ち帰り僅かながら畑に蒔いた。

けれど、精米機が無いので、白米を購入しなければならなかった。

ウチに夫が本宅から運んできてくれる玄米があるのにもかかわらず、
白米を購入しなければならない。

この罪悪感はかなり高いハードルであった。


とにかく、準備段階でのハードルは越える事ができた。

どんどん事を運んで、早急にパエリア熱を下げなければならなかった。

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2010年07月22日

奇妙な電話 そのA

奇妙な電話がまた来た。

二番煎じなので、まぁ、驚かなかった。

どういう相違点があるか検証した。


先ほど、カフェを閉店した少し後にその電話はかかってきた。

東京の会社だという事だった。


今回のインタビューアーは、大門さん、という事だった。

「不毛地帯に出演していた」と仰るので、一瞬大門社長を思い浮かべてしまったが
ライバル会社の常務だとかをやっていた、大門さん、という芸名の俳優さんの事だった。


けれど、予想通り「ホームページ見ました」だとかの後で、
取材費もかかりまして、と来た頃に、私は面倒になってきた。

ナンだか、早く電話を切りたくなった。

同じようなお電話を頂いた事がありまして、同じように申し上げたのですが、
開業したばかりで資金繰りが付きませんので有料の取材は辞退させて頂きます。



無料の取材をして頂いた雑誌が発行された。

見本を一冊お送り下さったのだ。

KURA 8月号「信州農道楽」 105ページの左下。

こんなカッコいい号に掲載して頂けるなんて、すごくラッキーだと思った。

定価で3冊購入して友人知人に発送した。



今日あったのは、奇妙な電話だけではなかった。

カフェの看板を立てさせて頂きたいと思ってお手紙を差し上げていた方から
わざわざお電話を頂いたのだ。


知らない人にお手紙をいきなり差し上げるのに、
かなり緊張して書いた手紙だった。

見ず知らずの私から、登記を調べさせて頂きました、と手紙が来たのだ。

夫からは、返事なんていつになるか分からないし、来ないかもしれないよ、
と言われていた。

だが、恐らく、手紙が着いてすぐにお電話を下さったタイミングだ。

お優しく聡明そうな感じの女性だった。

そして、カフェの看板を立てる許可を頂けた。


そして、そして、更に、私はこれからお話をさせて頂けるように願っている。

ひつじプロジェクトは看板から始まり未来へと繋がるのだ。

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2010年07月11日

奇妙な電話

滅多に鳴らないウチの電話が鳴った。

私は、丁度顔を洗おうと洗顔料を手に泡立てている所だったのだが、
洗い流して手を拭きながら急いで行って電話を取った。

「もしもしぃ」

少し高めのトーンで電話に出た。



以前は、長いこと「ひつじでございます」と低音で言って電話に出ていた。
バイト先でも「○○でございます」と言っていた。

けれど、夫と再婚してから「ございます」と電話に出る事をやめるように言われた。
家風に合わない、という事だろうか?

とにかく、それ以来「ございます」と電話に出る事はしていない。

「ひつじです」と言って電話に出ていた。


だが、最近はそれもやめることにした。

「ひつじです」と電話に出ると、
向こうが困惑したように「カフェ…じゃないですか?」と仰る事があったからだ。


それで最近は「もしもしぃ」と言う事にしている。

少し高めのトーンで、という所がポイントだ。



その電話にも「もしもしぃ」と出た。

すると「ひつじカフェさんでしょうか?」と仰る。

そうだと答えるとナンとかいう雑誌の編集部だというような事を仰った。


先日、長野の素敵な情報誌が取材に来て下さった。

取材に来て頂ける様にメールを差し上げなさいと夫からアドレスのリストを受け取って、
何社にもメールをしておいた中の一社だった。

記事がまとまったら掲載前に一度連絡を下さると仰っていたけれど、
その編集部ではなかった。


大阪の雑誌の編集部で、今回長野特集をするのだ、という話だった。

新しく開店した店を、長野の中で12軒回る予定で、
東御市からはひつじカフェさん1軒に取材に行きたいと仰る。

カフェのサイトも見て下さっていて、羊毛製品も扱っているなんて面白いとか、
取材には自分もコーディネーターとして同行する、というような事も話した。

そして、取材のインタビューは、俳優さんがするのだと仰る。


石橋○○さん、ご存知ですよね?

取材当日は、石橋さんと一緒に写真を撮りたいとか握手したいという方に
声をかけて頂いて、来て頂いてイイですよ。


その方を、知らなかった。


東京出身の石橋さんなら知っているが、
大阪出身の石橋さんは全く誰だか分からなかった。


私の歯切れの悪い受け答えに、向こうも「…あ、ご存知じゃないですか?」となったが
すみません私テレビ見ないモノで、と謝って、
明日までにネットで調べて、お目にかかるのに失礼の無いように致しますからと申し上げた。


そうだ。
取材は、あした、という事なのだ。


そして、ここから、話の潮目が変わった。


では、明日またご連絡させて頂きますけれど、
これは、12軒の取材先の皆様にご理解を頂いている事なのですが。


           ナニか、来たぞ、と分かった。


ナンとかいう雑誌の10月号にこの位の大きさの記事がでるのですが、
俳優さんを同行して、こちらから取材に行きます必要経費…
云々…

           7万円、払うように丁寧語で言われた。


やっぱり、ね、と思った。


やっぱり、と思った根拠は、
電話の相手は敬語で滑らかに話しているのに、
その後ろで多数の男性の怒鳴り声がしていたからだ。

そういうのは、オカシな事なのだと思う。


結局、こう言ってお断り申し上げた。

開店したばかりで資金繰りが付きませんので辞退致します。



夕方になってやって来た夫に、この奇妙な電話の話をした。

夫は「石橋○○さん」という名前に、レインボーマンのヒト?と言っていた。


レインボーマン?
それは言っていなかったと思うけどさぁ。

でも、もしも、7万払っても会いたいと思うような芸能人だったらどうしたかなぁ。


だが、しかし、私はアイドルに熱を上げたような経験は全く無かった。

姉は中高生の頃、キョウヘイに夢中になってキッドの公演を見に行ったり、
事務所に行って握手してもらった晩はお風呂に手を入れなかった、だとかやっていた。

友達はマッチに夢中になって、私は彼女を原宿からテレビ局まで案内してあげたり、
次に夢中になったイモキンを見にラジオの公開収録に付き合ったりした。

だが、私自身はそういった事は経験しなかった。


7万払っても会いたい芸能人? 中森明菜!

夫が嬉しそうな顔をして言った。

そうだねぇ、明菜ちゃんになら会いたいねぇ。
でも、7万、ねぇぇ。

悩む事は無い。
明菜ちゃんはそんなインタビュー仕事はしない。


奇妙な電話は、多分食べログでも見て、
まぬけそうな店を選んで掛けてきたのだろうと推測する。

先払いかどうかまで言わせれば良かったかもしれない。

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2010年07月05日

エコロジストを折る時

歯が痛かった。

子供の頃から比較的歯医者さんのお世話になる事が少なかった所為で、
少しでも歯が痛むと非常に辛く感じるのだ。

しかもその時の歯痛はかなり酷いモノだった。


保健所に用事があって、一人で雨の中を運転していた。

夫がセットしたままになっていたラジオが流れていた。

いつもなら全てをオフにしてしまうのだけれど、
少しでも気分転換になるかと思いそのままにしていた。

歯が、痛かったからだ。


ラジオショッピングの時間になったらしく、
いつもの早口の女性がすごい勢いで喋り始めていた。

今日はナンだろう?
ハンコかな? ダイエットサプリメントかな?


違った。

今日は、歯ブラシ、だった。

音波歯ブラシ、というモノがあるのだそうだ。

私は、歯が痛かった。

余りにタイムリーだった。

用事を済ませて帰宅して、夫にあの歯ブラシを買ってとおねだりした。



エコロジストを自任していた。

炊飯ジャーも使わないし、エアコンも無い。

ラップも無ければ、セロテープだって無い。

けれど、電動歯ブラシなんかを欲しがったりしたら、
エコロジストは返上しなければならないのではないだろうか?


けれど、家電に関して言えば、
既に私はエコロジストを折っていたのかもしれない。


遠方から泊りがけでみえた美しい女性と温泉に行った。

温泉施設の備え付けのドライヤーがちっとも利かなくて、
帰宅したらドライヤーを貸してもらえるかと聞かれた。

ウチにはドライヤーは無い。

ストーブに髪をかざして乾かしている。

そう答えたのだが、私は、自分がそう言いながら恥じているのを感じていた。

エコロジスト失格だった。


そして、それから程なくして、
私は、ドライヤーを購入した。

東京のウチにはドライヤーがある。

仕事やバイトを掛け持ちして忙しくしていた頃に購入して使用していた。

だが、長野ではゆっくり乾かせばイイや、と思っていた。

でも、しかし、便利さに負けた。


こうして、今年に入ってから、ドライヤーの次には音波歯ブラシを購入した。

そして、カフェでカレーのスパイスを挽く為に、
電動ミルまで買ったのだ。


私は、エコロジストを自ら折った。



音波歯ブラシは、歯がつるっつるになって最高だ。

おねだりして良かった。
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2010年06月26日

ひつじ絶対絶命? そのB

ぶよに刺された痕が、少しづつマシになるのを待つ間、
実に様々な事があった。


初めてぶよに刺された時は、靴が履けなくなるほど両足が腫れた。

しかも、歩く一足毎に激痛が走った。

今回はアレよりは随分マシな事は分かっていた。

ステロイドの薬が良く効いている所為は大きいだろうが、
ナンと言っても刺された数が違った。

最初に刺された時は、片足に5箇所程だったのが、
今回は右足は2箇所、左足は3箇所だ。

最初の時は短パンだったので、膝より上も刺されたが、
今回はカプリパンツだったので、足首辺りだけで済んだのだ。


最初に刺された時、腫れあがった両足の激痛に耐えながら、
ぶかぶかの靴になんとか足を入れて、
父に頼まれたお中元を出しに新宿伊勢丹に出掛けた事を思い出した。

今回も、どうしても出掛けなければならない用事があった。


「むにゃむ、むにゃむにゃ、むにゃむにゃ、むにゃむ」(仮名)という金融機関に
事業資金のご相談をしてあったのだが、その面談の予定があった。

必要な書類を揃えて、事業計画書を仕上げておかなければならなかった。


事業計画書を仕上げて、必要書類の手配をした所に、
えのっちさんがお見えになった。

折悪しく、カレーだか玄米だかどちらかを切らしていた。

美味しいパンがあったので、サンドイッチでもイイか聞いてみたら、
イイと仰るので、急きょ卵サンドを作った。

そして、「意外と足が太いひつじさん」と思われたくなかったので、
自分からぶよに刺されて足が腫れているのだと告白した。


最近の気候に丁度良かったカプリパンツのスタイルは、
足首辺りがトンでもなく痒くなるので止めた。

まだ季節には少々早かったけれど、ぶよの所為でワンピースを着る事にした。

ノースリーブで膝丈のワンピースを前に何着も作ったので、
ぶよ以来毎日ノースリーブのワンピースを着用している。


だが、膝丈のワンピースを着用するには耐え難いほどに足は悪化していた。

しかし、悪化しているからこそ膝丈を着用しなければならない状況でもあった。


直径12ミリに達しようかという水脹れができていて、
最高に張り切ったモノもあれば、潰れてシルを流しているモノもあった。

アレを見せられる側は気の毒であった。


けれど、その状態でえのっちさんに告白はしたし、
「むにゃむ」(省略・仮名)の面談にも出掛けた。

「むにゃむ」の担当の方は、その後視察にも見えて、
水脹れがカサブタになった経緯も視察する事ができたかもしれない。


おまけにその週は急に暑くなった所為か、
猫の「もぅも」が体調を崩したようになった。

明け方に前日の食事分位を吐き戻してしまい、
その日は一日本当にほんの少ししかご飯を食べなかった。

友人にアドバイスを求め、「むにゃむ」の面談のあった日の夕方に
やはり急遽獣医さんに行く事にした。

前に一度簡単な健康診断に連れて行った近所の獣医さんは、
何度電話しても出なかった。

17時近かったので、インターネットで調べた獣医さんに急いで行く事にした。

もぅもにもしもの事があったりしたらどうしよう、と不安だった。

血液検査と4枚のレントゲン写真の結果、問題のあるデータは無かったのだが、
その後も36時間おトイレに行かなかったのは堪らなく心配だった。


もぅもは、それから少し暑さに慣れたようで、
通常の半分程の日もあるけれど、大体は普通通りの食事をするようになった。

そうして、私の足のぶよの痕も時間と共に変わっていった。


水脹れは大きなカサブタになった。

痒みの為にシャワーで済ませていたお風呂にもしっかり入れるようになった。

そして、風呂から上がった私を待ち構えていて、
濡れているのも構わず足首の周りを擦り回るもぅもに、
痒くて悲鳴を上げる事も無くなった。


絶体絶命かと思われたぶよのダメージから、回復しつつあるのだ。


醜いカサブタの足を晒す私を、
どうか、皆さん許して下さいませ。

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2010年06月23日

ひつじ絶体絶命? そのA

ぶよに刺された最初の晩は、
少々の痒みは感じたものの、ごく普通に就寝できた。

多分、刺されてすぐに羊飼いさんが貸して下さった軟膏がよく効いた所為だろう。


次の日は、午後一番に歯医者さんの予約をしてある日だった。

だんだんと痒みが増してきているのを感じていた。


昨日調剤薬局で教えてもらった皮膚科に電話をしてみたけれど、
もう午前中の診察が終わる頃で、歯医者さんの後で伺う事にした。

病院のハシゴをするなんて、初めてな気がした。


病院へはいつものスタイルで出掛けた。

カプリパンツにブラウスという格好に、
病院でスリッパを履くから、靴下を履いてアンクルブーツを履いた。

だが、これは失敗だった。


カプリパンツの裾と靴下のゴムとアンクルブーツが、
ぶよに刺された痕を刺激して痒みが倍増した。

歯医者さんの診察台の上で、私は足の痒みと戦う事になった。


皮膚科に駆け込む頃には、かなりマズい事になっていた。

左足が腫れて靴が履きにくくなっていた。


皮膚科はとても混んでいた。

かなり待たされてから入った診察室で、先生と看護士さんの反応から察するに、
私の足の虫刺されは大変酷い状態のようだった。

既に左足は靴が履きにくい程に腫れていたし、
両足の足首は、サリーちゃん、ならまだマシで、象の足の如くになっている。


昨夜は何か薬は着けましたか?という質問に、
友人の香港土産の、いつも蚊に刺された時に着けている薬を着けましたと答えた。

それナンですか?とまた聞かれた。

え〜と、白花油っていうオイル状の薬で、すーすーする強烈な匂いがして、
最初アヤシい薬?と思ったんですけれど、蚊にはすごくよく効くんです。

アヤシい薬?という所で、その場に居たみなさんが「ぷっ」と笑った。

ホントによく効くんですよ、
少なくなってきたから今度ネットで買おうと思っているくらいなんです。

先生は笑いを堪えながら、へぇどんなのか見てみたいなぁと仰った。


処方して頂いた軟膏はステロイド系の薬だった。

薬剤師をしている姉に電話して聞いたら、
激しい腫れや痒みではなくなったら、いつまでも着けていない方がイイ
と言われた。

腫れや痒みの症状が一度出てしまった後は、
どんな虫刺されの薬を着けても、時間が経てば治る、との事だった。


時間が経つのを待つ事にした。

だが、待っている間に色々な事が起きる事になった。

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2010年06月21日

ひつじ絶体絶命? その@

血が、流れているのが、見えた。

瞬時に、ヤツにやられたのだ、と分かった。

ヤツに、今度やられたら、死ぬかもしれないと思った、
過去の苦痛と恐怖を思い出した。



カフェを開店してから、初めての臨時休業をした。

新規開業者の為の保健所の講習会があったのだ。

保健所の講習会出席の為、休業致します、という張り紙を書いて、
カフェ入り口のカーテンに磁石で挟んで留め付けた。

ちょっとうきうきした気分で出掛けた。


できたばかりのショップカードを持って出掛けた。

上田の素敵なお店の女の子に、前にカフェを始めるのだと話したら、
開店したら教えて下さいと言って頂いていた。

講習会の後に、その店に顔を出して私のカフェのカードを渡した。


03-06-10image.jpg


極細の滲まないインクのボールペンで実物大の原稿を手書きして、
夫がそれをスキャンしてフォトショップだかナンだかでレイアウトしてくれた。

それを、バイオトップカラーの素敵なブルーの中厚の用紙にプリントして、
カッターでゆっくり切り離して二つ折りにした。

内側には、周辺地図と、ごく近くの拡大図を書いた。

夫が拵えてくれたカフェのサイトのURLとメールアドレスも書いた。


夫が、カフェのサイトを拵えてくれた。

このブログからリンクしているけれど、
カフェサイトからはリンクしていない。

このブログは、非公式の裏ブログ、という事だ。



かわいい女の子に、初めてのショップカードを手渡して、
うきうきしながら運転していた。

そこで、思い付いた。

羊飼いさんに、毛刈りのお礼方々、ショップカードを持って伺おう。


何しろ、カードの「ひ」の字は、サフォーク羊がヒントになったのだ。

通りを曲がり、農場へ向けてぐんぐんと登って行った。


そこで、ヤツと遭遇する事になる、とは、
全く想像していなかった。


羊飼いさんは畑で苗を植えていらっしゃったので、
車を停めて、声をかけながら畑の中まで入って行った。

先日の毛刈りのお礼を申し上げてから、カードをお渡ししたら、
これはご丁寧に、というような事を仰られた。

そして、そう遠くない所で羊を飼っていらっしゃる方が居ますよ、
というお話を聞いている、その時、だった。


あれっ?


足首に違和感を感じた。


血が、流れているのが、見えた。

瞬時に、ヤツにやられたのだ、と分かった。

ヤツに、今度やられたら、死ぬかもしれないと思った、
過去の苦痛と恐怖を思い出した。


理性を失った私は、羊飼いさんに向かって言った。

ぶ、ぶ、ぶよぶよぶよ、ぶよ、が、
ど、ど、どうしよう、ぶよ、が、
私、私、死ぬかもしれないぃ。


羊飼いさんは驚いて、向こうに薬があるからと案内してくれた。

歩いている間に、10年程前にぶよに刺された時の事を話した。

靴が履けないほど両足が腫れ上がり、
堪らない痒みと背骨がみしみし言うような激しい痛みに
寝返りも打てない眠れない日が続いた。

そしてクレーターのような痕が残り、随分後まで痒みがぶり返した。

あの時は、虫刺されだと甘く見ていて、
キンカンだとかを付けただけで病院に行かなかった。

激痛と痒みに苦しみながら、
もしもまた刺されたら、今度は病院に行こう、と思った。


そして思ったのは、
もしもまた刺されたら、今度は死ぬかもしれない、という事だった。



羊飼いさんは、病院に行ったらと仰ったけれど、
既に18時になろうとしていたので、今日はもう無理だろうと思った。

お礼を言いに伺って、かえってご迷惑をかけたトンマな自分が恥ずかしかった。

逃げるように農場を後にした。


じわじわと痒みが増していた。

恐ろしかった。

焦って運転しながら、大通りにある調剤薬局を目指した。


だが、ぶよに刺されたのでも、普通の蚊用の薬しか無いと言う。

そして、蚊用の薬はおウチにお持ちじゃないですか?と言われた。


そこでやっと思い出した。

蚊に刺された時にすごく効く薬が、ウチにあった。

友人のノリオさんの香港土産にもらった「白花油」だ。
すーすーする強烈な匂いがして、ものすごく良く効くのだ。

とりあえず急いで帰宅して白花油を付けて今夜は様子を見る事にした。


だが、結果から言うと、やはり白花油ではぶよの毒には対抗できなかった。

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2010年06月15日

ひつじによる羊の毛刈り

2月の最初の頃に、羊達を見に行った時から楽しみにしていた事があった。

羊飼いさんがお誘い下さった「羊の毛刈り」だ。

気軽に来て下さい、と仰っていた。


5月になり、確かそろそろではなかったかと思い、電話して聞いてみた。

三週続けて、火曜日火曜日水曜日という日程で毛刈りをする予定だと仰る。

せめて一回はお伺いしよう、と思った。


第一回目の毛刈り開催の火曜日は、雨模様でとても寒く、
他に用事もあったので止めておく事にした。

羊の居る農場は山の上なので、きっとかなり冷えただろうと思った。


次の火曜日、今日は伺うぞ、と思い、
夫に頼んで車を都合してもらい、早めにお昼ご飯を食べて向かった。

毛刈りに来ている学生さん達の後ろでレクチャーを聞かせてもらい、
バリカンで羊飼いさんがさぁっと半身見本に刈って見せるのを拝見した。


さて、学生さん達が、自分達が刈る担当の羊を連れ出しに柵に入って行く。

柵から廊下に引き出されても、それでも行くまいと踏ん張る羊も居れば、
案外素直に連れられて行くのや、糞尿をしながら引きずられていくのも居た。

4人程の学生さんで羊一頭を担当し、
バリカンで慎重に毛を刈り込んでいく。


羊飼いさんがやって来て仰った。

どうぞ、刈ってみませんか?

先ほど羊飼いさんが見本に半身刈った羊の、
残り半身を刈らせてくれると仰るのだ。

もしかして刈らせて頂けるかも、と思ってはいた。

ちゃんと長靴を履いて、野良仕事用ズボンで来たのだ。

刈らせて頂く事にした。


夢中で刈った。

刈って刈って刈りまくった。

だがしかし、如何せん初めて密着して触る動物だ。
体の骨の出っ張りや、首周りの感じ等が分からなくて不安だった。

バリカンも勿論初めてだった。

うっかりしたらどんな事になるのか分からないのも怖かった。

しかも、その羊が暴れだした。

羊飼いさんと手伝いの男性が来てくれて、
男性と私とで羊を押さえ、羊飼いさんが首周り等をきれいに刈ってくれた。


刈らせて頂いた半身分の毛を袋詰めにして持ち帰った私に、
夫が来週自分も行きたいと言い出した。

以前農場に行っても、私が羊を見ている間に夫は昼寝をしていた。

毛刈りしたいと言うなんて、これっぽっちも想像していなかった。


そして、今シーズンの毛刈り開催最終日、
長靴を履いて、園芸用のゴムのひいてある軍手を持って出掛けた。

私は前回たっぷりと刈らせて頂いたので、
今回は夫のサポートをするのだ。


26-05-10image.jpg


私が押さえて、夫が刈る。

素敵な夫婦の共同作業だ。

それに、前回と違って、今回の羊は大人しかった。

これぐらい大人しかったら飼えそう、と言ったら、
夫がちらっとこちらを見て、ホンキじゃないよな?という顔をしていた。


羊は、アツくて、大きかった。

アツい羊と密着した楽しいイベントは終わった。

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2010年06月08日

ご来店下さったのは

ご来店下さったのは、大シマさんだ。


土曜日の午後、「今から伺ってもよろしいでしょうか?」と
わざわざお電話を下さったのだ。

一度私一人で走行したので、通る道々を想像してみる事ができる。

小牧を通って、恵那山を通って、駒ケ岳を通って、岡谷を通るのだ。

道中が混んでいなくて、安全である事をお祈りした。


別のアパートにリフォームに出掛けている夫に電話をした。

大シマさんがお電話下さって、今から名古屋を出て来て下さる事になったよ。

え〜、ホント?
じゃあもうちょっとやったら帰るね。


だが、夫の予想よりも遥かに超人的な速さで大シマさんのスーパーカーは到着した。

大シマさんだから、速いだろう、という予想を遥かに超えていたので、
夫は自分のラップタイムとの落差に少々ショックを受けていたようだ。


大シマさんにはアールグレイ、と思っていたけれど、
アールグレイが、現在二種類ある。

私にとっての「いつものアールグレイ」と、
最近購入した「キームンのアールグレイ」だ。

考えてから、「いつものアールグレイ」をお出しすることにした。


そして、ワッフルとスコーンを食べて頂こうと思っていた。


大シマさんが、小牧〜恵那山〜駒ケ岳という頃に、
私は手をべたべたさせながらワッフルの生地を捏ねていた。

スコーンは午前中に製作済みだったのだが、
ワッフルには手を付けていなかった。

ワッフルを作らねば、と思った。


いつも作る本のレシピの二倍量ではなくて、
本のレシピ通りの10個分程のワッフルを作る事にした。

捏ねるのに、二倍かそうでないかはそれ程差は無いように思うのだが、
焼成において大きな差が出る。

ワッフルアイロンで、片面3分かかるので、両面で6分、
一遍に4つ焼けるので、三回の焼成で18分かかる。

実際には、焼成済みのワッフルをアイロンから一つづつ外す時間もあるので、
恐らく20分以上の時間が必要な筈だ。

ワッフルを焼いている間に大シマさんがみえたら、
3分ごとにぴーぴー鳴るキッチンタイマーが余りに無礼だ。

先日は遊びに来てくれた友人と話しながらワッフルを焼成したら、
いい加減にタイマーをかけずに話しばかりしていた所為で焦がしてしまった。

適度な弱火で片面3分。

これを守らなければ、手をべとべとにして捏ねた事が台無しになるのだ。

約一時間、レシピ通りの時間を捏ねてはバターを加えて捏ね、
ざらめを加えて捏ね、きちんと手順を踏んだ。

風呂桶に20センチ程お湯を沸かし、発酵に適温である事を確認した。

二回の発酵を経て、きっちりと温めておいたワッフルアイロンで
10個のワッフルは無事焼成をする事ができた。


そして、大シマさんがみえる前にべとべとだった手を洗い、
用具を全て片付けて、お湯を沸かしてお待ちしていた。


大シマさんはお土産のお菓子と、沢山の紅茶関係の本を持ってきて下さった。

少し長い事になりそうだが、お借りして読み込もうと思っている。

大シマさん、ご来店ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。


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posted by ひつじ at 21:11| Comment(2) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

カレいな悩み

カフェは、ひそかに開店した。


ひそかに、というのは、別に秘密に、という意味ではないのだが、
まぁ、まだ全く宣伝活動をしていないので、お客様がみえる事は無いのだ。

それでも、11時に開店して18時に閉店するまでの時間を、
カフェで「私のカフェを営業しているのだ」という気持ちで過ごすのは
中々どうして緊張するモノなのだ。

 
何人かの方がご来店下さった。

カフェの隣の入居者さんとそのお子さんにプリンを試食して頂いた。

かわいい女の子がお母さんのようにルームシューズを履きたがって、
大人用を「コレかわいい」と言って履いていた。

えのっちさんも来て下さった。

えのっちさんは「プリンおかわり無料権利」一年間保持者で
いつも美味しそうにプリンを召し上がって下さる。

えのっちさんに「うん、美味しい」と言って頂けるように、
手を抜かずにプリンに精進しよう、と思っている。


そして、夫の友人がゲストを連れてカレーの味を見にご来店下さった。


私は、カレーに悩んでいた。

スパイスの香りに納得するまでは、メニューに加えられないと思っていた。


その方が見えるお昼過ぎの時間に合わせて夫もやって来て、
ゲストさんと三人でカレー試食会ランチ、という事になっていた。

予め支度しておいては練習にならないので、
三人揃ってからカレーの分量を量って火にかけ始めた。


三人とも、美味しいカレーであると褒めて下さった。

スパイスについても、現状でとても美味しく、問題無いと仰る。


有難いお言葉であったけれど、
私自身はどうも納得できないでいた。


しかも、意外と手間取ったのは、食後の三人分のコーヒーであった。

三人分のお湯が80度まで冷めるのに、思ったよりも時間がかかった。


三人分のコーヒーを淹れる練習の機会は中々来ない。

貴重な練習をさせて頂いた。


お二人ともイタリアンローストのコーヒーの味を気に入って下さった。

夫と私がとても好きな味なので、気に入って頂けて嬉しかった。


カレーのスパイスについては、
料理上手の友人に相談したり、手持ちのインド料理の本を見たりして、
悩みの本質が見えてきたように思う。

よく炒めて香りを引き出す種類のスパイスと、
火を止める直前に加えて仕上げる種類のスパイスとを、混同していた。

次のカレーの一鍋を作るのが楽しみだ。


こうしてカレいな悩みは、解決の目処が見えてきた。


だが、一難去ってまた一難、というように、
次の悩みを見つけてしまった。

それは、アールグレイの味だ。


私がいつも飲んでいるアールグレイは、立川のエミリーフローゲで購入している。

マリアージュフレールのスモーキーアールグレイも好きだけれど、
やはり手元に置きたい自分のアールグレイはいつものアールグレイなのだ。


今回、お客様用の紅茶全てをルピシアで購入したので、
ルピシアの幾つものアールグレイの中からキームンベースのモノを買ってみた。

だが、「あなた、キームンですね」というように、
アールグレイ、というよりも、キームンの味が勝っているように感じた。

今日、夫とアールグレイの飲み比べをしてみたのだ。

いつものアールグレイと、キームンアールグレイを淹れて、
アイスティーにして飲み比べてみた。


結果、夫も「いつものアールグレイ」の方を推した。


アールグレイについては、これから検討しようと思う。

世界一美味しいと「誰かが言っている」アールグレイを扱いたいワケではない。

私が一番好きな味のアールグレイを誰かに飲んで貰いたい、と思っているのだ。


カフェは、ひそかに開店したけれど、
まだまだ試行錯誤は続くのだ。
posted by ひつじ at 22:58| Comment(2) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

加速するひつじカフェプロジェクト

こつこつと準備を進めてきていた「ひつじカフェ」

とうとう営業許可を頂く所までこぎつけた。


営業許可申請用紙に「ひつじカフェ」と屋号を記入しながら、
本当に、とうとう、ここまで来たのだ、と感慨深かった。



カフェのリノベーション工事は、夫のおかげで殆ど終わりに近付いていた。

だが、最後の最後が片付かないでいた。


そこに登場したのは、えのっちさんだ。

プリンプリンと言いながら、夫を手伝って、
あっという間に搬出と掃除を済ませてしまった。

後に残っているのは、他のリフォーム現場で使う予定の無い材料と、
リサイクル屋さんに持って行こうと思っている衣装ケースだけだ。

プリン男二人で三人工、といった感じであった。


コレで、一気に加速が付いた。


厨房設備の確認をして頂いて、営業許可が出て、
光熱費の引き落としの為の銀行口座を新設して、
ガスと水道の開栓をして、電気使用者の名義変更の連絡をした。


夫が、コレで開店だね、と言った。

まだ開店じゃないよ、と私は答えた。


君は、一体いつまで準備してるワケ?
開店して色々整えながら営業して行くってモンじゃないの?

こういう時、夫と意見が別れるのは残念な事だ。

夫は、多分販売の仕事をした事が無いし、
飲食関係の仕事もした事が無いのだ。

まだ準備中だという理由には、いくつもの項目があるのが夫には分からない。


お客様用ルームシューズの女性用24センチの完成品が、まだ一足だ。
あと二足が途中まで仕上がっているが、あと一息という段階ではない。

お客様用出入り口の三段の階段の基礎がまだできていない。
私が小さなスコップで地面を均してコンクリートのツカ石みたいなモノを据えて
平行を取りながら一番上の段を調整する予定だ。

お客様用出入り口から丸見えのトイレのドアの前、
および、出入り口正面の既存玄関扉の前にパーティーションを付ける。
これは本日お昼過ぎから製作して完成しているので、
明日、取り付けを行って終了の予定。

まだ、他に、大切な事がある。

カレーの味が、キマらない、という事だ。

これは、重要な事なのだ。


今までは、缶入りや袋入りのパウダー状のスパイスを購入して、
きっちり計って「ひつじオリジナルのガラムマサラ」を作っていた。

けれど、夫が、最近余りスパイスの香りがしない、と言うのだ。

そこで、友人に教えてもらった店でホールスパイスを購入してみた。

そのホール状のスパイスを今日初めて使用してみた。


えのっちさんから、カレーとプリンの予約を頂いていると夫から言われていた。

昨夜遅くにスパイスを加える前の段階まで完成させておいた。

そして、ちょっと久しぶりにプリンも作った。

やはり、他に手を取られて忙しくてほぅっておくと、
カラメルは、もくもくと煙を出すほどよく焦げて美味しいソースになる。

だが、問題はカレーだった。


私は、ホールのカルダモンを使用した事が無かった。

潰して使用するとかなり強烈になると書いてあったので、
少々傷を付けた程度でカレーに加えてみた。

けれど、期待した程は香らなかった。


プリンは、美しい仕上がりではなかったけれど、
美味しく召し上がって頂けた。


カレーの味をキメるまで、研究をする決意をした。


早速、今夜またカレーを食べる事にした。

ほぼ同量のカルダモンとクローブを、スパイスミルで一秒挽いた。

お昼に食べたカレーとは随分違う感じになった。

荒挽き胡椒の粒を噛んだ時のように、
時々噛むスパイスの粒が複雑な味わいを出していた。


この、荒挽きスパイスの感じで、夫にまず試食してもらおう。

posted by ひつじ at 23:39| Comment(4) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

新緑前線とラ・カンパネラ

新緑前線は、もうどの辺りまで来ただろうか?

連休前の週末に東京に行った時は、まだ群馬の辺りであったと思う。

この連日の陽気で、そろそろウチの辺りまで来たのを感じている。



連休前の週末に、もぅも連れで一人で東京に行ってきた。

日曜日に、友人のゆきさんの家で食事の約束があった。

ゆきさんと、ノリオさんと、私、の三人での食事会だ。


丁度三ヶ月前の一月下旬にノリオさんの新居であるマンションに集まった。

その時は、随分前から約束していたサムゲタンをメインに、
チヂミやら何やら、全てノリオさんが料理した素敵なコリアンランチだった。

12月に三人で久しぶりに集まって、恵比寿にタジン鍋を食べに行った時に、
新年会にはノリオさんの新居に行こう、と話をした。
そしてノリオさんの食事会の時に、次のゆきさん宅での食事会の予定が決まった。

こういうのも、イモ蔓式、と言ってイイのだろうか。

楽しみなイモ蔓が繋がっていて、とても嬉しい。


当日、もぅもは勿論お留守番だ。

イイ子にしているように言って聞かせて、
ノリオさんとの約束よりも大幅に早い時間に家を出掛けた。

新宿で色々と買い物の予定があった。


当初の予定では、私は食事会の後で日曜日のうちに長野に帰ろうと考えていた。

それは、高速道路料金が週末割引になっているから、であったけれど、
ノリオさんがシャンパンとワインがあるから月曜に帰れないのかと言っていた。

どうしてもの用事が月曜日にあるワケではなかった。

せっかくノリオさんが三人でシャンパンを開けようと言っているのだ。

月曜日に帰る事に決めた。


新宿に向かう途中でノリオさんにメールをした。

明日帰る事にしたよ。
一足先に新宿に行って買い物してるね。

返事に、フランスパンを買ってくるようにゆきさんに言われているが、
どこで買ったらイイだろうか、と書いてある。

バゲットか。
私が新宿で買っておくよ、と言っておいた。

三越で紅茶を買う予定だったので、三越でバゲットも買えばイイと思ったが、
行ったら三越はまだ営業時間前だった。

伊勢丹まで行き、まだバゲットの焼き上がり時間に間がある店が多かったけれど
ナンとか先ず一本買う事ができた。

それから三越に戻って二本目のバゲットを購入した。


三越で予定していた紅茶屋さんに行った。

買う積りだったフレーバーティーを頼んでから、
ゆきさんとノリオさんにもちょっとプレゼントしよう、と思いついた。

普段仕事が忙しい二人の為に、手軽に淹れられるティーバッグにしよう。

ゆきさんは、アールグレイのようなフレーバーティーは余り好まない。

ハーブティーで、ちょっと変わっているモノにしよう。

迷いに迷ってから、違う味を一つづつ買う事にした。

きっと開けて飲むだろうから、残りを混ぜてシェアするだろう。


三越では、製菓材料売り場で使い捨てではないオーブンシートや、
レーズンの大入り袋を購入して、スープ屋さんで一息入れた。

それから新宿での買い物のメインであったオカダヤに移動した。


オカダヤで洋裁材料をたっぷり買い込んで、
バゲットを二本突き出したバッグを持ってノリオさんと田町へ向かった。

ゆきさんの住むマンションは、田町駅からすぐなのだ。

モノレールと新幹線と在来線を見下ろすマンションで、
ゆきさんの心尽くしのお料理を頂いた。


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手前から、タコのカルパッチョのパセリソース添え。
右手のクラッカーに乗っているのは、クリームチーズとリンゴのスライスだ。

真ん中にあるのが、キドニービーンズ等のバルサミコサラダ。
左手がたっぷりパセリ入りポテトサラダ。

真ん中奥に、オカカのかかった空豆の白味噌とクリームチーズ和え。
右手奥が、サーモンと鱈のオードブル、オーロラソースかけ。

この他に、人参のサラダじゅーじゅー雑魚入りごま油かけ。
そして、クリーム添えのシフォンケーキ。

それに、ノリオさんがシャンパンとワインとチーズを持ってきて、
私はバゲットとお茶の差し入れ。

食卓では、ゆきさんらしい華麗な柄のクリストフルがあって、
シャンパンと食事を楽しみながら、ラ・カンパネラの聴き比べをしたりした。


ゆきさんは、ある女性演奏家のラ・カンパネラを聴いてシビレたらしい。

既知の曲でも、それまで特に印象に残るような演奏を聴いた覚えが無かったので
彼女のラ・カンパネラを聴いて、初めて聴いた曲に聞こえたと言うのだ。

その方の演奏をエモーショナルに過ぎる、と言う批評家もいるようだが、
ゆきさんにはフィーリングが合った、という事なのだろう。


私は、以前ミッシャ・マイスキーのチェロ組曲を聴いていた。

でも、そのCDは人に貸して失くしてしまった。

またチェロ組曲のCDを買おうと思ったので、
今度はカザルスにしてみた。

聴いてみて、その違いに驚いた。

マイスキーのチェロは春の芽吹きを思わせるようだとしたら、
カザルスのチェロは、晩秋の静けさのように感じた。

そんな話もしながら、あっという間に時間は過ぎ、
ノリオさんと二人でゆきさんのマンションを出たのは21時になっていた。



月曜日、荻窪のル・クールピューで夫へのお土産のチョコレートケーキを買って
軽くお昼を頂いてから西荻を出発した。

美しい新緑を見ながらゆっくりドライブを楽しんだ。

新緑の中に、葉桜や白っぽい山桜が見える。

そして、私の頭の中は、ラ・カンパネラの主旋律が繰り返し聴こえていた。



次のイモ蔓は、私のカフェに二人が来てくれる。

しっかり準備に励もうと思う。

posted by ひつじ at 00:23| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

猫とお出掛け そのC

もぅもの更なる受難。

それは、子供達の洗礼を受ける、という事だった。


西荻には、中学生から4歳までの5人の子供が居る。
その子供達が、大挙して押し寄せ、もぅもを追い掛け回した。

野良猫は何匹も見かけるけれど、姉の子供達は飼い猫に触るのは初めてだった。

妹の子供達は、犬を飼っているし、旦那さんの実家では二匹の猫を飼っている。
姉の子供達よりは少々猫慣れしているようだった。


「もぅもが怖がるから小さな声でお話してね。
 噛み付いたりしないから大丈夫よ。
 ゆっくり優しく撫でてあげてね」

子供達は、言い付けを守って小さな声でカワイイと言って、
大人しくて柔らかい毛のもぅもにうっとりとしていた。

だが、子供が3人以上になると、撫でる順番に争いが起きて、
結果、もぅもを追い掛け回す事となった。

もぅもは迷惑そうに狭い別荘の中を逃げ回り、
とうとう階段の下の窪みに隠れてしまった。



食事の時間になり、母親に呼ばれた子供達が帰ってしまった後で、
もぅもは自分が寛げる場所を見つけた。

ノートパソコンの奥で丸くなっている。

見てみると、パソコンとコンセントの間にある四角い黒い箱にくっついている。

暖かくて気持ちがイイのだろう。

直に毛だらけになる事が分かっているので、少し大きく布を敷いてみた。


いつものように枕を並べて一緒に布団に入って休んだ。

だが、次の日、もうすぐ帰ろうという時間になっても、
まだもぅもはオシッコをしていなかった。

また、ケージの中でやっちゃうのかなぁ、と心配する私に、
妹がコレも使ってみる?とオシメをくれた。

人間の赤ちゃん用のオシメだ。

ナンでも、前後ろに当てて、ぐっと張り合わせれば着けられると言う。

イヤがるかもしれないけれど、オシッコ塗れになるよりはマシだろう。
試しに着けてみる事にした。

帰る間際にケージに入れる寸前にオシメを着けてみた。

もぅもは、奇妙なガニマタの歩き方になり、
それを見た子供達が笑いコケている間にケージに入れた。


子供達は、車が見えなくなるまで手を振っていた。

こんな事は初めてだ。
もぅもは、スゴい人気者になったらしかった。



次の金曜日に、夫と二人でもぅもを連れてまた東京に行ってきた。

助手席に居るヒトがもぅものケージを抱っこするのだ。

出入り口を開けて手を入れて撫でても、もぅもは出て来ようとはしなかった。

そして、最初の時以来、もぅもはケージの中でオシッコはしなくなった。

勿論、ペットシートを敷いて、更にオシメも着けている。

だが、多分もぅもは、ケージに入ったらオシッコは我慢しようと決めたのだ。

そんな気がする。


もぅもがオシメを外そうとしたりしないので、
車の中に置いたままイケアで買い物をしたりした。

待たされている間、もぅもはケージの中でオシメをしたまま寝ていた。

とうとう、運転しても寝ていられるようになった。

中々な大物振りだが、きっと相当疲れているだろう。
結婚式のあった土曜日は、夕方前まで誰にも邪魔されずにたっぷり休憩した。

そして、また子供達の熱烈な見送りを受けて出発した。
夫も、本当にスゴい人気だと感心していた。



今週末、もぅもは三回目の東京にお出掛けが決まっている。

一月の間に、三回も東京に行く猫はそうそう居ないだろう。

来月、ひつじカフェがオープンしたら、
もう週末は東京に行かなくなる。

そうしたら、ケージを抱っこして高速バスでもぅもと東京に行くのだ。

どこまでももぅもと一緒にお出掛けしたい。






posted by ひつじ at 23:49| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

猫とお出掛け そのB

もぅもと初めて東京にお出掛けする日は、
私が初めて代車であるデミオを運転する日であった。


初っ端から困った事が起きた。

ハッチバックの開け方が分からなかった。

他のアパートで用事があった夫は既に出掛けていて、
一人でごそごそやってみたけれど、埒が明かなかった。

仕方なく夫に電話する事にした。

忙しい所、ゴメンね。
あのさぁ、ハッチバックが開かないんだよね〜。
どうやって開けるのか教えてほしいんだけど。

夫は、給油口を開けるレバーの辺りにあるでしょ?と言う。

あのさぁ、そういう所はもう見たの。
私だってそのヘンにありそうなのは知ってるよ。
ありそうな所に無いから電話したんだけど。
ハッチバックに取っ手があるか、給油口のレバーの辺りにありそうなモンだよね。

夫は、そうじゃなかったら分からない、と言う。

え〜、どうしよう。
後ろ開けてもぅものトイレ乗せたいのになぁ。

勿論、ハッチバックの鍵穴に鍵を差し込んで回したりしてみた。
そういう事はもうしてみたのだ。

困ったなぁ、と夫と話しながら、ふと、鍵穴を押して回してみた。

ふと、ハッチバックが開いた。

あれ?
開いた開いた。ナンか開いたよ?

2、3度試して、押しながら回すと開く事を確認した。

分かったよ。
忙しいのにゴメンね。荷物積んで出掛けるね。


色々荷物を積んでから、最後にもぅもをケージに入れて助手席に置いた。

夫に貸してもらったETCカードの向きを確認して差し込んだ。

もぅもを連れて、珍道中の始まりだ。



土曜日の午前中の東京方面の高速道路は空いていた。

ご機嫌に音楽をかけたかったが、ナンとCDがかけられない車だった。

ETCが付いているからCDは我慢しようと思った。

せっかく道路が空いているので歌でも歌おう。

もぅもと楽しいドライブるるるるる〜
かわいいもぅも〜 るるっる〜


だが、出掛けてまだ一時間もたっていないのに、
安中辺りだったか、もぅもが鳴き出した。

もぅも、あと○キロ位で上里だから、もうちょっと我慢してね。

しかし、もぅもは更に哀れな鳴き方で鳴き続けた。


私はゆっくりドライブをしようと思っていたのだが、
もぅもの様子を見て、急ぐ事にした。

やっとやっと上里に到着した。


車を停めた私は、オシッコ臭い事に気付いた。

あれ、もぅも、もしかして…

お腹に手を入れたら濡れている。

かわいそうに足元もオシッコ塗れになっていた。

一日に、ほぼ一回しかオシッコをしないのに、
よりによってケージの中で羊毛マットを敷いたままオシッコをしていた。

キレイ好きなのに、オシッコ塗れになって堪らなくイヤだったのだろう。

ケージからもぅもを出して、持ってきていた濡れ雑巾で足元を拭いてあげた。

その時に、私のズボンにオシッコの足跡が付いた。

そして、二滴くらい、オシッコの滴が垂れた。

それを雑巾で丁寧に拭いてから、運転席の足元に居たもぅもにハーネスを付け、
引き綱をハンドルに結び付けてもぅもを車の中に固定してから、
オシッコされたケージをサービスエリアのおトイレに運んで洗った。

あぁあ、かわいそうな事になっちゃったなぁ。

さすがに、上里でいつも購入するスィートポテトを食べる気にならず、
そのまま出発する事にした。

上里に着いて、既に30分が経っていた。

こんなに長く休憩したのは初めてだったが、
これは、休憩、という範疇ではなかったと感じていた。

もぅもが、ケージに入ったり、車でお出掛けしたりするのが
嫌いになったらどうしよう、と思っていた。

一人の時とは随分違う気持ちで焦って運転して練馬インターへと向かった。



西荻の別荘に着いても、もぅもは、まだ少々オシッコ臭かった。

かわいそうな事になっちゃったなぁ。

トイレや、いつもの食事用の食器を並べて、
暫くの間、もぅもが別荘の中を探検するのに付き合った。

それから、隣の母屋に居る妹の所へ行った。


妹は犬を飼っている。

もぅもがオシッコをした事を話したら、
ナンだ、ひつじちゃん、ペットシート持ってなかったの?と言われた。

あげるから、帰りに使いなよ、とシートをくれた。

へぇ〜、こういうのあるんだ、知らなかった。
もぅもには、かわいそうな事しちゃったなぁ。


私は、いつか動物を飼いたい、という気持ちを持ったことは無かった。

猫が大好き、とも思っていなかった。

もぅもが路頭に迷うかもしれない、と思った時に、
突然、ウチに連れてきて一緒に居よう、という気持ちになったのだ。

もぅもの飼い主さんが亡くなったのを知って、
もぅもが処分されたり、野良猫になって知らないうちにどこかに行ってしまったり
果ては大通りで毛皮になってしまったりする事を考えた。

もう、会えないかもしれない。

そう思った時に、どんな事があるか分からなかったけれど、
とにかく一緒に居られるようになりたい、と思った。

そうして、もぅもの意思とは関係無く強引にウチに連れてきたのだ。

とうとう、東京まで、一緒に来たのだ。

もぅもとずっと一緒に行くのだ。

だけど、ペットシートというモノがある事すら知らなかった、
ナンてダメな飼い主なのだろうか。

もっと色々勉強するから、今回の事はどうか許して欲しい。



だが、もぅもの受難は更に続いた。

posted by ひつじ at 19:47| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

猫とお出掛け そのA

夫は、マツダのデミオという車に乗って帰宅した。

マツダかぁ。
私、マツダの車って、免許取立ての頃にRX−7運転して以来かもなぁ。


友達が、女の子はすぐマニュアルの運転できなくなっちゃうから、と言って
よく練習を兼ねて二人でドライブしたのだ。

横須賀の方に住む友達の所までお茶しに行ったり、
箱根ターンパイクや首都高や、あちこちドライブしに行ってみた。

RX−7とはエンジンは違うけれど、まぁ久しぶりのマツダだ。


夫が車屋さんから電話してきた時に、ETCが付いている代車はあるか聞いた。

私は、代車ででも東京に行く積りであった。

私程度にしか車を運転しないヒトは、
代車で何時間も遠くまでわざわざ出掛けるのは避けるかもしれないけれど、
私は、それ程心配はしていなかった。


かつて車屋さんでお手伝いをしていた時は、常に違う車を運転していた。

ベンツが多かったけれど、キャディラックやカマロやBMWやオペルもあったし
セルシオやセドリック、という事もあった。

ファザードランプやサイドブレーキ等、分からなくて戸惑う点もあったけれど
少々違いはあっても、現代の車なのだから、運転できない事は無いのだ。


帰宅した夫は、ETC付きのを借りれたよ、と言う。

良かったぁ。
車載機だけモギ取ってきて代車に乗せて出掛けるワケには行かないモンねぇ。

ブレーキがすごく利く、と夫は言ったけれど、
そういうのは、少し運転すれば慣れるだろうと思った。

ブレーキの利きが甘い方が余程コワい。


代車だろうと、ナンとしても今週末に東京に行こうというのにはワケがあった。

来週末に、東京で親戚の結婚式がある。

午前10時前に青山に行かなければならなかった。


問題は、猫の「もぅも」だった。


先日、もぅもをウチに置いて一人で日帰りで東京に行ったけれど、
夫に夕方のご飯をあげて様子を確認してもらい、私は遅くに帰宅した。

夫と二人で東京に行く、となると、
かなりな長時間、もぅもを置いておく事になる。

しかも、午前10時前に青山に到着しようとなると、
モノすごく早起きをして長野を出発しなければならない。


先ず、この「モノすごく早起き」がイヤだった。

そして、慌てて東京に行って、どたばたして、
また慌ててとんぼ返りしなければならないのもイヤだった。


思い切って、もぅもを連れて東京に行ってみよう、と考えた。

だが、初めて連れて行った所で、もぅもの気持ちが分からないウチに
ポンと置いたまま結婚式に出掛けて夕方まで置きっぱなし、というのも
どうも、心配だった。


もぅもは、ケージに入った事も無ければ、車に乗った事も無いのだ。


来週の結婚式のお留守番の前に、
もぅもに東京へのお出掛けの予行演習を体験してもらう事に決めた。



いつかは、もぅもを東京に連れて行こうと思っていた。

だが、抱っこして玄関を出ただけで小さな体を震わせて怖がるような猫なのだ。

アパートの下の階に住む小さな女の子に会って、
「猫ちゃんだ」と触られただけで情けない声を出して怯えていた。

この先、どうなるのだろうと心配だった。


しかし、午前10時前に青山、という予定があるのだ。

もぅもには、チャレンジしてもらわねばならない。



最初にしたのは、ケージに入れて、近所の獣医さんに行ってみる事だった。

いつか健康診断に獣医さんに行く積りで、ケージは買ってあった。

買った時に、試しにもぅもを入れてみようとしたけれど、
ちょっと抵抗したので無理には入れなかった。

トラウマになり、二度と入らなかったら困るからだ。

だが、今回は、どうしても入ってもらおう。

やはりちょっと抵抗を見せたが、少しお尻を押したら素直に入った。

少しでももぅもが落ち着くように、いつももぅもに敷いてあげている
私が作った羊毛のマットをケージに敷いた。

獣医さんまでは、ホンの5分だ。

ちょっと驚いている間に着いてしまったし、健康状態も問題無いと言われた。

ケージを嫌って飛び出すような事もしなかったし、
大人しくてとてもイイ子にしていた。

第一段階は満点で合格だった。


第二段階は、東京に行って、私の別荘に慣れる事だった。

第二段階でいきなりのロングドライブは如何なモノかと思い、
近所を夫と二人でもぅもを乗せて走ってみたけれど、
もぅもにはワケは理解できないのだ。

私と一緒に、私の匂いのする別荘に行くんだよ、と理解して欲しかった。

別荘で寛げるようになってもらえば、置いて出掛けてもそう心配無いだろう。


だが、別荘に着く前に、もぅもには受難が待ち受けていた。

posted by ひつじ at 19:46| Comment(0) | ひつじ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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